俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

プロローグ 終わりの日の酒場

「では、貴女にお願いしたい事がある」

　そう言って、隣に座っていた大男は床に座し、片膝をついた。
　女にしては大柄なアタシでさえ見上げるほどの長身の男に、どうしても威圧感を感じていたのだが、視点が変わるだけでこうも印象が変わるものかと、思わずたじろぐ。

「俺の子を産んでもらえないだろうか」

　誰かが咽こむ音、エールのジョッキが床に落ちた音、それらだけを残して、騒がしかった筈の馴染みの酒場「穴熊の隠れ家亭」は静まり返った。

　酒の回った頭で、あれ？自分は一体いつ寝惚けるほど寝入ったんだっけ？と振り返る。
　少し前の戦闘で痛めた足の腱が、酒精のせいでずくずくと痛んだ。それのおかげで、今が夢の中ではないことを認識する。

　目の前の男は静謐な目でアタシを見続けていた。
　からかい半分、て訳ではなさそうだ。

　手にしていた酒を一口飲む。
　それから、ごとん、とジョッキを机の上に雑に置き、ゆらり立ち上がった。
　たった一拍の時間稼ぎだ。
　その短い時間に、自分の心の声を聞くために。


「ああ、スカーレットも流石に怒るだろ」
「まあそうさな、嫁ぎ遅れの女傭兵といえども、引退の夜にそんな事言われちゃたまんねえだろうよ」
「不憫だな」

　ヒソヒソと、常連客たちが軽口を叩いているが、いつもの事だ。知ったことではない。
　魔獣と対峙し、その日暮らしをしている荒くれ者たち。刹那に生きる我々は、他からの評価より自分の意見と判断を尊重するのだ。
　今際の際に、後悔なんて何の役にも立たないのだから。

「相あい分かった。いいよ、アタシの胎で良ければ」
「……いいのか」
「おうさ！　ただひとつ、アタシにも子供を育てさせておくれよ。それを約束してくれるなら、何人でも、神サマが赦すだけ産もうじゃないか！」

　自らそう言っておきながら、驚いたような表情を見せる男に対し、不敵に笑う。

　からりとした性格の、弓も使える女傭兵。
　女では珍しく二つ名も持つスカーレットが、王国でも悪名高い戦闘狂の元へ嫁ぐことを決めたのは、雪の降り始めたとある冬の夜のことだった。