騎士様の異世界トリップ〜死に別れした夫にどこか似ている美丈夫のことがほっとけません〜

4.怒涛の一日

　あの後、処置は予想より短い時間で完了した。

　といっても、運ばれてから三時間ほどは経過していたけれど。
　それがあっという間に感じたのは、その間に警察から状況説明を求められたからだろう。

　警察とのやり取りの後、医師からの説明をうけたときには夜も遅かった為、一度帰ることにした。病院の何かあればまた連絡すると言う言葉に甘えて。

　病室で眠る彼をみた後、病院を後にした。
　暗いから顔色はわからないけど、苦痛も何も無い落ち着いた様子で、深く眠っている。

　もう遅いし、今日は諦めてタクシーを呼んだ。色々あって疲弊しきった身体に鞭を打ち、何とか家に帰る。


　築二十年の賃貸マンションの三階。
　玄関の灯りには小さな蛾が舞っていた。
　パチリパチリと、時折蛍光灯にぶつかるガラス音がエントランスに響く。

　一人で暮らすには少し広い３ＬＤＫは、もう少ししたら引越しを予定している。

　ただいま。と誰もいない家に呼びかけ洗面所に直行する。
　濡れた服は時間の経過とともに少しだけ乾いていたけれど、それが尚更張り付いて気持ち悪い。
　臭くならないように洗剤だけでなく、漂白剤も洗濯機に入れておく。
　時間も遅いから回すのは明日だ。
　熱めにしたシャワーを浴び、体温が戻ってようやくひと心地ついた。



　対面式のキッチンで、水をグラスに注いでいたとき。





　(ーーほら、ちゃんとお水飲みなさい！)
　(あとでー！)


　不意に、頭にそんな過去のやり取りが響く。


　リビングのテーブル越しにコップを差し出した私と、風呂上がりの濡れ髪をそのままに、ソファに腰掛けゲームのコントローラを片手に夢中になる小さな背中。
　同じくソファで、マグカップ片手に仕方なさそうな顔で苦笑した夫。




　それらを搔き消すように、頭を振ってグラスの水を飲み干した。

　家の要所で浮かぶ幻影。

　夫を亡くし、同時に息子が姿を消した私にとって、この思い出が多い場所を愛でるには、まだまだ時間が必要だった。

　居間に置いている、簡易型の仏壇にそっと近寄る。
　雑に火を灯し、お線香をあげて手を合わせた。

「今日は、本当にいろんなことがあったよ……」

　聞いてくれる？と夫の遺影に話し始める私の姿は、側から見たら相当なものだろう。
　思いつくままに語りかけ、幾分か整理をつけた私は寝台に寝転がる。

　疲れがもたらした眠りに吸い込まれるようにして、怒涛の一日を終えた。


　◇◇◇



　今私は、電車の中。

　彼が運ばれた病院は、私の自宅から数駅離れた場所にある少し大きな総合病院だ。
　彼と出会ったあの日から２日経って、意識が戻ったと病院から連絡を受け現在向かっている。

　私は他人だが、彼は身分証明書の類はもとより、財布やスマートフォンさえ持っていなかった為、一時的に病院、そして第一発見者として警察に連絡先を渡した。

　正直、これはその後を考えた病院による連絡先の交換だろう。主人にはお人好しだと言われそうだ。
　小さく自嘲する。

　ちなみに警察が出てきたのは、彼の怪我の状態からひき逃げにあった可能性があるからだ。
　加えて持ち物を何も持っていなかった事からも、強盗に襲われたのではないかと懸念されている。

　それが本当なら踏んだり蹴ったりじゃないか。可哀想に。心底同情する。





　でも、いま振り返ればここがきっと分岐点。

　仮でも、彼の身元引受人となった事。
　それが私の未来を激変させるものになるなんて、この時は微塵も予想出来なかった。