上 下
31 / 31

31.海と空が交わる場所

しおりを挟む

 そんなに泣いて、どうしたの?

 空の色を映した水面の上で、春の風が、私の頬をなでる。

 大丈夫よ。
 治癒に痛みを伴うのは、仕方のないことなの。

 泣かないで。と、しっとりとした花びらが、鼻先をくすぐった。立ちこめるのは、嫌味のない芳醇な百合の香り。
 彼女の挙動にあわせて、淡い桜の花びらが舞っている。
 頬を両手で包むようにして、女神様は私の額と額を合わせた。
 髪に触れるのは、桃色のスイートピーに、瑞々しいラナンキュラス。どこまでも黒い背景に、花々は幻想的に映えていた。

 フローラ。愛しい子。
 貴女の最愛に逢えたのね。

 おめでとう、と、嬉しそうに微笑む彼女の背中で、白い芍薬が次々と花開いていく。

 大丈夫よ、フローラ。
 泣かないで、フローラ。
 ほら、顔を上げてご覧なさい。

 小さい子のようにしゃくりあげる私の頬を、女神様は何度も優しく撫ぜた。促されるままに、濡れた顔のまま顔をあげる。

 前世で見た有名な塩湖のような場所だ。
 目が慣れたからか、もしくは認識したからか。だんだんと辺りは明るくなり、黒いだけだった背景に鮮やかな色が戻り始める。
 ものの数秒でもう、夜明けのような空になった。どこまでも続く空と、足元の水面の境がわからない。

 ぼんやりと辺りを見回す。

 時間の感覚がないのに、空に薄くたなびく雲が流れていく様をじっと見ていると、太陽もないその場所の光源が、いつか見たあの命の河である事に、しばらくしてから気付いた。

「女神様、私、死んじゃったの?」

 まあ!

 微笑みながら驚き、女神様は言う。

 いいえ、フローラ。貴女がたくさん魔力を使ったから、少し深く眠っているだけよ。

 彼女の笑い声に混じって、水の音が耳に届いた。こぽこぽと、水面に気泡が浮かんでくる音だ。

 さあ、そろそろ起きましょうね。

 水の音と気泡はだんだんと大きくなり、足元の水面を強く波立たせていく。足がとられて、ぐらりと体が傾いだ。
 反射的に女神様に掴まろうとした手は、何も触れられずに空を切る。

 幸せにおなりなさい。前世の分まで。

 灯籠を川に流すような挙動で、女神様は私の頬をそっと離した。と同時に、水面から大きな手と男の人の腕が私を捕まえる。

「フローラ!」

 倒れるように振り返った先。
 腕の主は、海よりも深い青い眼をしていた。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

完結 貞操観念と美醜逆転世界で薬師のむちむち爆乳のフィーナは少数気鋭の騎士団員を癒すと称してセックスをしまくる

シェルビビ
恋愛
 前世の名前は忘れてしまったが日本生まれの女性でエロ知識だけは覚えていた。子供を助けて異世界に転生したと思ったら17歳で川に溺れた子供を助けてまた死んでしまう。  異世界の女神ディアナ様が最近作った異世界が人手不足なので来て欲しいとスカウトしてきたので、むちむち爆乳の美少女にして欲しいとお願いして転生することになった。  目が覚めると以前と同じ世界に見えたが、なんとこの世界ではもやしっ子がモテモテで筋肉ムキムキの精悍な美丈夫は化け物扱いの男だけ美醜逆転世界。しかも清楚な人間は生きている価値はないドスケベ超優遇の貞操観念逆転世界だったのだ。  至る所で中出しセックスをして聖女扱いさせるフィーナ。この世界の不細工たちは中出しを許されない下等生物らしい。  騎士団は不人気職で給料はいいが全くモテない。誰も不細工な彼らに近づきたくもない。騎士団の薬師の仕事を募集してもすぐにやめてしまうと言われてたまたま行ったフィーナはすぐに合格してしまう。

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

絶倫獣人は溺愛幼なじみを懐柔したい

なかな悠桃
恋愛
前作、“静かな獣は柔い幼なじみに熱情を注ぐ”のヒーロー視点になってます。そちらも読んで頂けるとわかりやすいかもしれません。 ※誤字脱字等確認しておりますが見落としなどあると思います。ご了承ください。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...