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1.旅のはじまり
しおりを挟む「思い出を!」
「たくさんつくった!」
「「「修学旅行!!」」」」
クラスの男子がぎゃあぎゃあはしゃいでいる。
高速道路をひた走るバスの車窓から外を眺めて、私はため息をついた。
山間の木々は所々黄色だったり赤だったりと鮮やかに色付いている。最近生物の授業で見たアカハライモリを何と無く思い出した。
薄い雲に、優しい陽の光。
からりとした天気の、まさしく行楽日和だった。
「アキラ、食べる?」
隣の席から、にゅっとハートの形をした小さなグミが差し出された。
ふわりとただよう合成された桃の香り。
私も好きな味だ。
「ありがとう。もうヒナは大丈夫なの?」
「今さっきまで酔ってたでしょ?」と、聞きながらグミを頬張った。舌の裏がキュンとして、じゅわり唾液が分泌される。
「久々に食べたわこれ」
「マ? 好きだったじゃん、私今回みんなで食べようと思っていろんなお菓子たくさん買ってきた」
「岡センにバレんようにね」
「はあい。あ、カバン空いてんなら少し持って」
「適当入れといていいよ、あ、まって馬鹿。ペットボトル何本も入れるのはやだ」
「バレた」と笑うヒナを軽く小突く。くすくす笑っていると、窓の外が暗くなった。トンネルだ。
黒い窓越しにヒナが大きなあくびをしたのが見えた。
「もうじき着くと思うけど、寝とく?」
「ありがと~。昨日?てか朝?コンビニだったの」
スマートフォンを充電ケーブルに繋いでから、おやすみ~と言いつつ、ヒナはパーカーのフードをかぶって目を閉じた。
猫っ毛のロングヘアがフードから流れている。
しばらくすると胸の上でゆっくり上下し始めたから、あっという間に寝入ったらしい。
日の光を返す艶のいい黒髪に、最近切りすぎたマニッシュショートの私は羨望の眼差しを送った。
最近少し痩せたような気がする、親しい友人。
ヒナは家族との折り合いが悪く、家に居るのも気まずいからとバイトに明け暮れている。
いつもからりと明るく過ごしているが、時々眠たそうにしているから疲れているのだろう。
ちょっとの間だけでも寝させてあげたいな。と、私はジャージを膝にかけた。
「ヒナ、ついたっぽい。起きて」
鹿で有名なお寺近くの駐車場に、バスが到着した。男子達のテンションは最高潮で、ドタバタと外へ飛び出している。
もみくちゃになってしまうのも億劫で、ある程度人が出るまで座って待つ。
今日はこの近くのホテルに泊まるから、荷物を持てよと担任が声を張った。
そのときだった。
「わ!!」
「うおっ」
「やだ、なに??」
ぐらぐらっと、震度四くらいだろうか。
しっかりと揺れを感じるほどの地震でバスが揺れた。車内に残っていた私たちは、揺れがおさまってから外に出る。
外はスマホを確認している同級生や、他の学校の修学旅行者たちでざわついていた。
「おい、全員いるか?」
「岡先生」
「まだバス乗ってるやつはいないな?ちょっと確認してくるから、荷物受け取ったら整列して待っててくれ。頭の上になんかある所には行くなよ」
「はい」「はーい」
担任の岡先生とすれ違うと、バスの中腹あたりで荷物を受け取った。
「ああ、びっくりしたねえ」
「うん。幸先悪いね」
「でも不思議だね、地震速報入ってない」
「山だからかな」と言いながら、ピンクのスマホケースを振る動作をしているヒナ。私もリュックから水色のスマートフォンを取り出した。
電波もあるし電池もある。
エリアが認識されていないのだろうか。
「とりあえず皆んなと合流しよ」
「りょ」
バチン
ヒナは白いボストンバッグを。
私は黒いバックパックを抱えたところで、何かが弾けるような、割れるような音が聞こえた。
「は」
「えっ」
踏み出したはずの一歩は地に着かない。
何となく、それこそほぼ反射でヒナに手を伸ばす。ヒナのボストンバッグを絶対離さないよう握り込んで、浮遊感に目を閉じた。
こうして。
ぬうっと立ち上った黒い影に、私とヒナは飛び込むような形で、囚われてしまった。
「……朝比奈と田岡はまだ来てないのか?」
ざわつく同級生達。
岡先生の声が、駐車場でこだました。
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