回帰したら、厳しく指導してくれていた騎士団長が溺愛してくる

キシマニア

文字の大きさ
上 下
2 / 33

2.そうして回帰した先

しおりを挟む

 ほんの鼻先で、落雷が轟いた。

「!!!!、っは、ハァッ、は」

 それと同時に飛び起きた場所は、薄暗く狭い、慣れ親しんだ騎士団宿舎の自室だった。
 オーク材のベッドと、洗いざらしのシーツがぎしぎしがさりと硬い音を立てる。
 段々と呼吸が落ち着いても、しばらくの間心臓は早鐘を打ったままだった。

「心臓、動いてる……私、わたしは……」

 夢?

 そんなまさか。とかぶりを振る。今さっきまで感じていた火の反射熱も、団長の温度も覚えているほどなのに。悪夢にしては、あまりにも精密すぎた。
 じっとりと蒸した空気に、鈍く頭痛がする。

 ザアザアと、雨戸を強い雨が叩いていた。
 入隊時に先輩隊員から貰った、寝巻きにしている男物のシャツ。大きくはだけさせた胸元を、そっと見る。

「生きてる……」

 日にやけた首の下、女性にしては筋肉質な胸には治癒しきった細かい傷しかなかった。夏に鎧で蒸れて掻きむしった痕とか、訓練中の滑り込みによるかすり傷だとかばかりで、団長の剣によるものではない。
 団長の剣は、体格に合わせて通常より大きい。あれに貫かれていたとしたら、現状が治癒魔法をかけられたあとだったとしても説明がつかない。一般的な治癒魔法は、あそこまで深い傷なら跡が残るものだからだ。

 ざらり、と項垂れた頭から灰色の髪が落ちてくる。そのまましばらく、意図して深呼吸を繰り返した。冷静さが今は必要だった。
 雨だからズレているかもしれないが、体感では未だ夜明けまで数時間ほどあるだろう。
 眠気などどこかに行ってしまっている。

 深呼吸などでは混乱を鎮めきることが出来ず、どうしても確かめたくなって、寝巻きの上から雨天用の外套を着た。

 ギイギイ軋む宿舎の玄関を抜けて、宿舎の入り口で不寝番ねずのばんをする門番の静止に構わず外へ飛び出す。石畳から補正されてない土の道へ入り、ゴミが散乱するドブくさい小道へ進んだ。
 その先に、スラム街はそのままあった。記憶よりゴミの量や位置が変わっているが、燃えた跡などない。

 あれは、やはり夢だったのだろうか。

 ザアザア。雨に打たれたままの私に、そろりと小悪党が近づいてくる。
 スリにでも狙われているんだろうな。と、意識の端でぼんやり思ったが、何となく気怠くて動けなかった。
 外套の下には寝巻きしか着てない。金目のものなんて無いから無駄足だぞ。なんて他人事のように考えながら。
 フードから滴り落ちる雨水をぼんやり見つめ、そっと瞼を閉じたのと、スリが伸ばした手が届くのが、ほぼ同時だった。

「おい、そいつはやめとけ」

 雨音の中でも不思議に通る声。
 びくりと肩を揺らしたスリが、跳ねたように飛び退いた。気配なく声をかけてきた男の顔を見るや否や、慌てて暗闇へ逃げていく。
 それを一瞥いちべつして、男は肩をすくめた。

「いよォ、久しいじゃねえか。こんな夜更けに巡回ですかい? 騎士さま」
「……ルフタ」

 縮れた赤髪に、鳶色とびいろの瞳。
 共にスラムでの幼少期を生き抜いた、いわゆる幼馴染だった。必要悪を人間にしたような奴で、この街の秩序を拳で守る荒くれ者。
 だが生来は情に厚く、下から慕われるようなカラリとした性分だった。

 大火の日に、一番に私が殺した。

「ンだよ、幽霊でも見たような顔しやがって。ちゃあんと生きてるよ」

 トン、と手の甲で軽く胸元を叩かれる。
 ああそうだ。本物だ。
 容姿だけでなく、すぐに片眉を上げるクセさえ全て以前通りだった。あの日もこうしてスラムへやってきた私を、里帰りした家族を受け入れるかのように迎えた彼。片手を上げ挨拶代わりに寄越す悪態を無視して、私は。私の手は、短剣をその腹に刺した。
 困惑と苦悶に歪む表情はしっかりと記憶している。ただ一つ、大火の日にあったはずの口元の傷痕が、今夜のこいつには見当たらない。

「ルフタ、ッ」
「……お前、本当にどうした?」

 ガバリと距離を詰めた私の顔を、訝しげに覗き込む。両肩に手を置いて「冷えてんじゃねーか」と怒ったような顔で心配するところは、幼い頃と全く変わっていなかった。
 自分以外も生き返っていることに喜びを感じ、あわせて一つの確信を得る。
 震えてしまう声で、私は尋ねた。

「……ルフタ。今日は、何日だ……?」
「あァ?」
「変な事を聞いている自覚はある。答えてくれ。今日は、何年、何月、何日だ?」
「暦さえわからねえ奴だと馬鹿にしてる訳では無さそうだな……霜の月、二十四日だ」

 私が火をつける二日前だった。二日しか猶予がない。と思っていたら「帝国歴533年」と付け加えたルフタの声に、さらに一年前だと気付いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...