59 / 64
第59話 砂塵に呑まれて
しおりを挟む
「君の裁判も、処刑も引き延ばされたよ。魔人に感謝するんだな」
ボクは八つ当たり気味に言葉を吐いた。仕事は誠実に。なんて、そんな寛容な心は今の精神状態では到底待ち合わせることはできない。
牢の中で痩せ細った囚人の女は、斜めに見据える黒い瞳に無念の色を浮かべて、軽蔑の言葉を並べたボクを見ようともしない。それが何とも腹立たしかった。
「そうですか」
やっと口を開き、そう言うとすぐに口を閉じた。
女の罪は国家反逆罪。騎士でありながら、悪党に心を喰われた哀れな奴。この囚人がこの先どうなろうとボクの知れたところではなかった。
「お前の――オーム領は大変な騒ぎだったぞ」
怒りに身を任せてツラツラと守秘義務を話しているが、自分では止められない。たが、ボクがオーム領での魔物襲来の話をした途端、女の目色が変わった。
「オームは、騎士団や民に被害は?!」
「な、無いと聞いている」
「そう……良かった」
この女は今でも騎士のフリを続けるというのか。ボクの怒りは留まることなく溢れ出した。
「お前はもう騎士ではない! 他人《ひと》の心配をする前に自分のことを考えたらどうなんだ」
「それでも私は騎士でした。過去のこととはいえ、今でも仲間や家族、領民の心配をするのは普通ではないですか?」
何を言っているんだこの女は。
コイツは仲間や家族、民を裏切った身でありながら心配をするなど。
ボクにとって彼女の言葉全てが挑発的に聞こえてしまう。
「……もういい。お前の処刑は既定路線だ。そこで怯えながら待つといい」
あぁ、いつからボクはこんなにも――バルトは今でもあの頃のように笑っているのだろうか。
◇◇◇◇◇
ここは、とある孤島から沖合数十キロ、お手製の筏《いかだ》で漂流中の男が独り。
水死体の如く身動きひとつせず、ただ流れるままにボンヤリと空を見上げていた。
「宝探しは難航を極めた、か」
文字通りうわ言であるが、男の心は未だ死んでいない。“想い人”と言うと重過ぎるだろうか。男の探している宝というのは、まさしくひとりの女性であった。
流れ着いた孤島で自分が独りだと悟った時、彼は生きることを選択した。きっとどこかでまた彼女の世話を焼く――そんな夢を見て。
「おーい!」
誰かの呼びかけに、痩せ細った身体を起こす。しかし周りを見渡しても、船どころか魚の一匹も跳ねやしない。
「ははっ、とうとう潮時ってか?」
男は幻聴が聞こえたのだと思い、また筏に寝そべると、陽気に口笛を吹き始めた。
「うるさいうるさい! その音嫌い!」
「五月蝿いのは幻聴さんでしょう? 最期くらい陽気に逝かせてくれませんかね」
――あの人が自由だったように、ね。
「ふぅーん。じゃあ助けなくても良いんだ?」
「幻聴さんに何が出来るとは思えませんが……」
「あぁもう! ゲンチョウって名前じゃないもん!」
幻聴にも名前が付いているのか。
面白い話だ。
「信じてくれないみたいだから姿を見せるね」
幻聴がそう言った直後、筏がユラユラと揺れて海面に波の花がモコモコと湧き出し始めた。やがてそれが何かの仕業だと分かった時、海底からの気配に呑み込まれる他なかった。
「まさか……」
「どう? これで信じてくれた?」
姿を現したのはイカだ。
「あ、今しょーもないこと考えたでしょ?」
「いいえ」
「ホントにー?」
訝しげな目線はコレが魔物だと思えないほどに可愛げのあるものだった。
「クラーケン、でいいのですよね?」
「うん! そうだよぉ」
魔物が人のように話すとは。いや、確かに過去の文献によれば『上位の魔物であれば、他種族との意思疎通が可能』というのは事実。
しかし、このクラーケンはそれだけではないような気がする。
言い方が正しいか分からないが、この魔物は――
「人間らしいが過ぎる」
ボクは八つ当たり気味に言葉を吐いた。仕事は誠実に。なんて、そんな寛容な心は今の精神状態では到底待ち合わせることはできない。
牢の中で痩せ細った囚人の女は、斜めに見据える黒い瞳に無念の色を浮かべて、軽蔑の言葉を並べたボクを見ようともしない。それが何とも腹立たしかった。
「そうですか」
やっと口を開き、そう言うとすぐに口を閉じた。
女の罪は国家反逆罪。騎士でありながら、悪党に心を喰われた哀れな奴。この囚人がこの先どうなろうとボクの知れたところではなかった。
「お前の――オーム領は大変な騒ぎだったぞ」
怒りに身を任せてツラツラと守秘義務を話しているが、自分では止められない。たが、ボクがオーム領での魔物襲来の話をした途端、女の目色が変わった。
「オームは、騎士団や民に被害は?!」
「な、無いと聞いている」
「そう……良かった」
この女は今でも騎士のフリを続けるというのか。ボクの怒りは留まることなく溢れ出した。
「お前はもう騎士ではない! 他人《ひと》の心配をする前に自分のことを考えたらどうなんだ」
「それでも私は騎士でした。過去のこととはいえ、今でも仲間や家族、領民の心配をするのは普通ではないですか?」
何を言っているんだこの女は。
コイツは仲間や家族、民を裏切った身でありながら心配をするなど。
ボクにとって彼女の言葉全てが挑発的に聞こえてしまう。
「……もういい。お前の処刑は既定路線だ。そこで怯えながら待つといい」
あぁ、いつからボクはこんなにも――バルトは今でもあの頃のように笑っているのだろうか。
◇◇◇◇◇
ここは、とある孤島から沖合数十キロ、お手製の筏《いかだ》で漂流中の男が独り。
水死体の如く身動きひとつせず、ただ流れるままにボンヤリと空を見上げていた。
「宝探しは難航を極めた、か」
文字通りうわ言であるが、男の心は未だ死んでいない。“想い人”と言うと重過ぎるだろうか。男の探している宝というのは、まさしくひとりの女性であった。
流れ着いた孤島で自分が独りだと悟った時、彼は生きることを選択した。きっとどこかでまた彼女の世話を焼く――そんな夢を見て。
「おーい!」
誰かの呼びかけに、痩せ細った身体を起こす。しかし周りを見渡しても、船どころか魚の一匹も跳ねやしない。
「ははっ、とうとう潮時ってか?」
男は幻聴が聞こえたのだと思い、また筏に寝そべると、陽気に口笛を吹き始めた。
「うるさいうるさい! その音嫌い!」
「五月蝿いのは幻聴さんでしょう? 最期くらい陽気に逝かせてくれませんかね」
――あの人が自由だったように、ね。
「ふぅーん。じゃあ助けなくても良いんだ?」
「幻聴さんに何が出来るとは思えませんが……」
「あぁもう! ゲンチョウって名前じゃないもん!」
幻聴にも名前が付いているのか。
面白い話だ。
「信じてくれないみたいだから姿を見せるね」
幻聴がそう言った直後、筏がユラユラと揺れて海面に波の花がモコモコと湧き出し始めた。やがてそれが何かの仕業だと分かった時、海底からの気配に呑み込まれる他なかった。
「まさか……」
「どう? これで信じてくれた?」
姿を現したのはイカだ。
「あ、今しょーもないこと考えたでしょ?」
「いいえ」
「ホントにー?」
訝しげな目線はコレが魔物だと思えないほどに可愛げのあるものだった。
「クラーケン、でいいのですよね?」
「うん! そうだよぉ」
魔物が人のように話すとは。いや、確かに過去の文献によれば『上位の魔物であれば、他種族との意思疎通が可能』というのは事実。
しかし、このクラーケンはそれだけではないような気がする。
言い方が正しいか分からないが、この魔物は――
「人間らしいが過ぎる」
8
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー
ジミー凌我
ファンタジー
日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。
仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。
そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。
そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。
忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。
生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。
ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。
この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。
冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。
なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。
転生幼女の引き籠りたい日常~何故か魔王と呼ばれておりますがただの引き籠りです~
暁月りあ
ファンタジー
転生したら文字化けだらけのスキルを手に入れていたコーラル。それは実は【狭間の主】という世界を作り出すスキルだった。領地なしの名ばかり侯爵家に生まれた彼女は前世からの経験で家族以外を苦手としており、【狭間の世界】と名付けた空間に引き籠る準備をする。「対人スキルとかないので、無理です。独り言ばかり呟いていても気にしないでください。デフォです。お兄様、何故そんな悲しい顔をしながら私を見るのですか!?」何故か追いやられた人々や魔物が住み着いて魔王と呼ばれるようになっていくドタバタ物語。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる