凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

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第54話 狙い

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 海面を覆う漆黒の影。
 それは迫り来る濁流の如くこの地に向かっていた。その光景に今にも心臓が張り裂けるような感覚が襲う。

 ――怖い。

 ただそれだけの感情が脳内を渦巻く。
 かつてこの地を蹂躙した“オームの大災害”は、思い出の町を消したばかりか、敬愛する僕の師匠2人を呑み込んで消えた。それなのに、今の僕はその光景に恐怖することしかできず、敵《かたき》であるはずの奴らを呆然と見ている。

「悔しい……」

 自分の口から出た不意の言葉に驚いた。
 そうだ、僕は悔しいんだ。最早恐怖している場合ではない。あの災悪をまた引き起こすわけにはいかないのだから。

「総員乗船、戦闘準備!」
「「「おう!」」」

 海将の号令に皆の気が引き締まった。
 海洋騎士団の中には、あの日の大災害で親族を失った者も少なくない。だが、それでも。

「……やれるか?」
「当たり前です」

 震えた手で僕の背中を叩いたダリウス少尉は、その恐怖を悟られまいと不器用に笑って見せた。

 数分後、海洋騎士団の総戦力は沖から迫る魔物らを正面に、海岸には行かせまいと一列に体制をとった。船首にはそれぞれ先制攻撃要員が立ち、鋭い眼光で奴らを睨みつけている。

 だが――

「何かおかしい」

 最初に気づいたのはエリク大尉であった。
 今の今まで侵攻を続けていた魔物らは、我らの船団から50メートル付近でその動きを止めた。攻撃を仕掛けるわけでも、逃げ出すわけでもなく、ただこちらを睨み付けているのだ。

 魔物とは本来、特定の種族を除いて統率を取ることはなく、各々が本能のままに人々を襲う。その中には人間を食料だと思っている種族もあれば、虐殺を娯楽としか思っていない種族もあるという。

「まさか、上位個体がいるということか!?」

 異変に気づいた大尉はすぐにキャプテンに報告。その後に魔導通信を使い、地上で指揮を取る海将へと報告がなされた。

「その可能性は高いです。ここまで一矢乱れぬ統率力があるということは、魔族がいる可能性も」
「魔族……か。もしそれが本当だとしたら奴らの狙いは一体なんなのだ」

 隊列を組んだ両者の睨み合いはまさに一触即発。どちらかが攻撃を仕掛ければ、すぐに全面戦争となるだろう。

◇◇◇◇◇

「おい、婆さんも早く逃げろ! 魔物の群れがすぐそこに――」
「やかましい!!」

 オーム領では警備隊による住民の避難が進められていた。領主であるピグレット・オーム伯爵は、前回の教訓から独自の避難経路の作成と住民の避難訓練を行なってきた。領民らは手足の震えを押し殺して訓練通り、迅速に避難を行なっていた。だが、1人だけ頑なに作業の手を止めない老婆がいた。

「頼むから避難してくれ、トミヨ婆さん!」
「まだ、もう少しで……」

 彼女の手元には過去に起きた災害のうち、【テラドラックの怒り】と伝えられた大災害の文献が散乱している。

「早く、婆さん!!」
「こ、これはまさか」

 そうして、彼女はたったひとつの答えに辿り着く。

「どうして今まで気づかなかったのか。海神テラドラックなど存在しない。これは全て女神の――」

 ゆっくりと鋭い眼差しで天を仰いだ老婆は呟く。

「どうして……」

◇◇◇◇◇

『グゴゴゴゴ……』

「魔物が侵攻を再開したぞ!」

 海洋騎士団本部内に設置された指揮所で海将イザベラ・ブラックプリンスは覚悟を決めた。

 やるしかない――と。

「全部隊に通達、総員魔法攻撃を仕掛けろ! 決して陸には近づけさせるな!」
「伝令、伝れえええい!!」

 息も絶え絶え、今にも意識を失いそうな斥候兵が海将の目前で膝をつく。

「何事だ!!」
「たった今、王都から魔導通信が……」

 呼吸を忘れるほどの緊張感が指揮所を覆う。

「王都に、突如として魔物が――魔物の群れが出現しました」
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