50 / 64
第50話 裁かれる者
しおりを挟む
真っ白な天井と眩しいくらいに差し込む陽の光。窓辺の椅子に腰掛け、うたた寝をしている影が人だと分かった時、僕はゆっくりとその者の顔を覗き込み、それが誰かを確認した。
「ば、バルト!? やっと起きたか!」
覗き込んだ僕を、さも幽霊か何かを見たかのように驚いたのは、我が海洋騎士団の一員であり、僕の教育係だったダリウス少尉であった。
「ダリウスさん、こんにちは」
「澄ました顔をして何が『こんにちは』だ!」
「痛ってええ!!」
彼はあろうことか重症である僕の腕を強めに引っ叩いた――と、そこであることに気がつく。斬り落とされたはずの片腕が見事に元通りになっているではないか。
「ああ、腕のことならトミヨとかいう老人が客船に乗っててな、魔法で治してくれたんだよ」
「トミヨ婆さんが?!」
「なんだ? 知り合いだったのか。なら、後でちゃんとお礼を言っておけよ」
まさかトミヨ婆さんがあの船に……まあ、確かに金は持っていそうだし、あの人なら腕の一本や二本は繋げてしまっても不思議はない。“見た目”もそうだが、元聖職者だしね。
「ダリウスさん、リラ中尉は?」
「あ、ああ……」
彼はふっと息を吐いてからゆっくり立ち上がり、徐に窓の外を眺めた。船がぽつりぽつりと浮かぶ水平線に、もうじき夕陽が沈む。そんな儚げな景色に、ダリウス少尉もまた、暗い表情を浮かべていた。
「彼女は、リラ中尉は国家反逆罪の容疑で投獄された」
「国家反逆罪!?」
この世界の法律は国によっての差はなく、全ての国で公職に就く者が犯罪を犯した場合は厳正に処罰される。
「それじゃあ、リラさんはこれからどうなるのです……?」
ダリウス少尉はゆっくりと首を横に振り、項垂れた。
先も言った通り、この世界では公職が罪を犯すというのは最悪も最悪。例え罪を犯したのが王家の人間であろうとも、公平に裁かれることとなり、そのほとんどが極刑を科される。
もちろん、それが騎士だとしても同じこと。
「そんな……」
「会うか?」
暗くてじめっとした石畳の廊下。その1番手前の鉄格子の中に彼女はいた。
すっかり痩せ細り、かつての熱意のこもった目も今となってはその面影すらない。鉄格子の中に差し込まれた質素な食事にもまったくと言っていいほど手をつけていないようだ。
「リラさん」
大して気の利いたセリフも出ず、絞り出した僕の声に彼女は顔を上げた。
「……良かった。目を覚ましたのね」
彼女もまた、心ばかりの笑顔を見せると、すぐに虚な表情を浮かべる。
「本当にごめんなさい。君を巻き込むことになってしまって」
「謝るなら――」
「君が何を言いたいのかは分かる。でも、これは全て私の責任だし、それを償うのもまた私の使命なの」
地下牢へ来る少し前、ダリウス少尉から聞いた話だが、あの事件の後、彼女を庇おうとしたダリウス少尉他海洋騎士団の面々に自らの罪を吐き出したという。それを聞いてしまっては騎士団としては逮捕しない訳にもいかず。
「良いのですか、このままで。処刑になるかもしれないのですよ」
「ええ」
彼女は一向にこちらと目を合わせることなく頷いた。
「自分勝手だな、中尉」
そう言って現れたのは、我らがキャプテンセリーナとエリク大尉の2人だった。キャプテンは表情を一切変えることなく懐から一枚紙を取り出し、読み上げた。
「リラ・ライトニング元中尉、並びに直属の上官であるエリク・ウォータース大尉の裁判を執り行う為、これより王都騎士団本部へと移送する」
キャプテンの言葉に彼女はハッとしたように顔を上げた。
組織に属する者からすれば当然といえば当然のこと、中尉が問題を起こせば直上官であるエリク大尉も裁かれるのだ。それを彼女は知らなかった。
「お待ち下さい! 裁かれるべきは私だけで、大尉に責任はありません」
「何を言う? 監督不行届という言葉を知らんのか。大尉には同じように裁判にかけられることになる」
「そんな……どうか、どうかキャプテンのお力で」
「この大馬鹿者が!!」
湿った地下牢に響いたその声は、いつまでも僕らの頬を濡らし続けていた。
「ば、バルト!? やっと起きたか!」
覗き込んだ僕を、さも幽霊か何かを見たかのように驚いたのは、我が海洋騎士団の一員であり、僕の教育係だったダリウス少尉であった。
「ダリウスさん、こんにちは」
「澄ました顔をして何が『こんにちは』だ!」
「痛ってええ!!」
彼はあろうことか重症である僕の腕を強めに引っ叩いた――と、そこであることに気がつく。斬り落とされたはずの片腕が見事に元通りになっているではないか。
「ああ、腕のことならトミヨとかいう老人が客船に乗っててな、魔法で治してくれたんだよ」
「トミヨ婆さんが?!」
「なんだ? 知り合いだったのか。なら、後でちゃんとお礼を言っておけよ」
まさかトミヨ婆さんがあの船に……まあ、確かに金は持っていそうだし、あの人なら腕の一本や二本は繋げてしまっても不思議はない。“見た目”もそうだが、元聖職者だしね。
「ダリウスさん、リラ中尉は?」
「あ、ああ……」
彼はふっと息を吐いてからゆっくり立ち上がり、徐に窓の外を眺めた。船がぽつりぽつりと浮かぶ水平線に、もうじき夕陽が沈む。そんな儚げな景色に、ダリウス少尉もまた、暗い表情を浮かべていた。
「彼女は、リラ中尉は国家反逆罪の容疑で投獄された」
「国家反逆罪!?」
この世界の法律は国によっての差はなく、全ての国で公職に就く者が犯罪を犯した場合は厳正に処罰される。
「それじゃあ、リラさんはこれからどうなるのです……?」
ダリウス少尉はゆっくりと首を横に振り、項垂れた。
先も言った通り、この世界では公職が罪を犯すというのは最悪も最悪。例え罪を犯したのが王家の人間であろうとも、公平に裁かれることとなり、そのほとんどが極刑を科される。
もちろん、それが騎士だとしても同じこと。
「そんな……」
「会うか?」
暗くてじめっとした石畳の廊下。その1番手前の鉄格子の中に彼女はいた。
すっかり痩せ細り、かつての熱意のこもった目も今となってはその面影すらない。鉄格子の中に差し込まれた質素な食事にもまったくと言っていいほど手をつけていないようだ。
「リラさん」
大して気の利いたセリフも出ず、絞り出した僕の声に彼女は顔を上げた。
「……良かった。目を覚ましたのね」
彼女もまた、心ばかりの笑顔を見せると、すぐに虚な表情を浮かべる。
「本当にごめんなさい。君を巻き込むことになってしまって」
「謝るなら――」
「君が何を言いたいのかは分かる。でも、これは全て私の責任だし、それを償うのもまた私の使命なの」
地下牢へ来る少し前、ダリウス少尉から聞いた話だが、あの事件の後、彼女を庇おうとしたダリウス少尉他海洋騎士団の面々に自らの罪を吐き出したという。それを聞いてしまっては騎士団としては逮捕しない訳にもいかず。
「良いのですか、このままで。処刑になるかもしれないのですよ」
「ええ」
彼女は一向にこちらと目を合わせることなく頷いた。
「自分勝手だな、中尉」
そう言って現れたのは、我らがキャプテンセリーナとエリク大尉の2人だった。キャプテンは表情を一切変えることなく懐から一枚紙を取り出し、読み上げた。
「リラ・ライトニング元中尉、並びに直属の上官であるエリク・ウォータース大尉の裁判を執り行う為、これより王都騎士団本部へと移送する」
キャプテンの言葉に彼女はハッとしたように顔を上げた。
組織に属する者からすれば当然といえば当然のこと、中尉が問題を起こせば直上官であるエリク大尉も裁かれるのだ。それを彼女は知らなかった。
「お待ち下さい! 裁かれるべきは私だけで、大尉に責任はありません」
「何を言う? 監督不行届という言葉を知らんのか。大尉には同じように裁判にかけられることになる」
「そんな……どうか、どうかキャプテンのお力で」
「この大馬鹿者が!!」
湿った地下牢に響いたその声は、いつまでも僕らの頬を濡らし続けていた。
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー
ジミー凌我
ファンタジー
日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。
仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。
そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。
そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。
忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。
生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。
ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。
この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。
冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。
なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。
転生幼女の引き籠りたい日常~何故か魔王と呼ばれておりますがただの引き籠りです~
暁月りあ
ファンタジー
転生したら文字化けだらけのスキルを手に入れていたコーラル。それは実は【狭間の主】という世界を作り出すスキルだった。領地なしの名ばかり侯爵家に生まれた彼女は前世からの経験で家族以外を苦手としており、【狭間の世界】と名付けた空間に引き籠る準備をする。「対人スキルとかないので、無理です。独り言ばかり呟いていても気にしないでください。デフォです。お兄様、何故そんな悲しい顔をしながら私を見るのですか!?」何故か追いやられた人々や魔物が住み着いて魔王と呼ばれるようになっていくドタバタ物語。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる