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第50話 裁かれる者

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 真っ白な天井と眩しいくらいに差し込む陽の光。窓辺の椅子に腰掛け、うたた寝をしている影が人だと分かった時、僕はゆっくりとその者の顔を覗き込み、それが誰かを確認した。

「ば、バルト!? やっと起きたか!」

 覗き込んだ僕を、さも幽霊か何かを見たかのように驚いたのは、我が海洋騎士団の一員であり、僕の教育係だったダリウス少尉であった。
 
「ダリウスさん、こんにちは」
「澄ました顔をして何が『こんにちは』だ!」
「痛ってええ!!」

 彼はあろうことか重症である僕の腕を強めに引っ叩いた――と、そこであることに気がつく。斬り落とされたはずの片腕が見事に元通りになっているではないか。

「ああ、腕のことならトミヨとかいう老人が客船に乗っててな、魔法で治してくれたんだよ」
「トミヨ婆さんが?!」
「なんだ? 知り合いだったのか。なら、後でちゃんとお礼を言っておけよ」

 まさかトミヨ婆さんがあの船に……まあ、確かに金は持っていそうだし、あの人なら腕の一本や二本は繋げてしまっても不思議はない。“見た目”もそうだが、元聖職者だしね。

「ダリウスさん、リラ中尉は?」
「あ、ああ……」

 彼はふっと息を吐いてからゆっくり立ち上がり、徐に窓の外を眺めた。船がぽつりぽつりと浮かぶ水平線に、もうじき夕陽が沈む。そんな儚げな景色に、ダリウス少尉もまた、暗い表情を浮かべていた。

「彼女は、リラ中尉は国家反逆罪の容疑で投獄された」
「国家反逆罪!?」

 この世界の法律は国によっての差はなく、全ての国で公職に就く者が犯罪を犯した場合は厳正に処罰される。

「それじゃあ、リラさんはこれからどうなるのです……?」

 ダリウス少尉はゆっくりと首を横に振り、項垂れた。
 先も言った通り、この世界では公職が罪を犯すというのは最悪も最悪。例え罪を犯したのが王家の人間であろうとも、公平に裁かれることとなり、そのほとんどが極刑を科される。
 もちろん、それが騎士だとしても同じこと。

「そんな……」
「会うか?」

 暗くてじめっとした石畳の廊下。その1番手前の鉄格子の中に彼女はいた。

 すっかり痩せ細り、かつての熱意のこもった目も今となってはその面影すらない。鉄格子の中に差し込まれた質素な食事にもまったくと言っていいほど手をつけていないようだ。

「リラさん」

 大して気の利いたセリフも出ず、絞り出した僕の声に彼女は顔を上げた。

「……良かった。目を覚ましたのね」

 彼女もまた、心ばかりの笑顔を見せると、すぐに虚な表情を浮かべる。

「本当にごめんなさい。君を巻き込むことになってしまって」
「謝るなら――」
「君が何を言いたいのかは分かる。でも、これは全て私の責任だし、それを償うのもまた私の使命なの」

 地下牢へ来る少し前、ダリウス少尉から聞いた話だが、あの事件の後、彼女を庇おうとしたダリウス少尉他海洋騎士団の面々に自らの罪を吐き出したという。それを聞いてしまっては騎士団としては逮捕しない訳にもいかず。

「良いのですか、このままで。処刑になるかもしれないのですよ」
「ええ」

 彼女は一向にこちらと目を合わせることなく頷いた。

「自分勝手だな、中尉」 
 
 そう言って現れたのは、我らがキャプテンセリーナとエリク大尉の2人だった。キャプテンは表情を一切変えることなく懐から一枚紙を取り出し、読み上げた。

「リラ・ライトニング元中尉、並びに直属の上官であるエリク・ウォータース大尉の裁判を執り行う為、これより王都騎士団本部へと移送する」

 キャプテンの言葉に彼女はハッとしたように顔を上げた。
 組織に属する者からすれば当然といえば当然のこと、中尉が問題を起こせば直上官であるエリク大尉も裁かれるのだ。それを彼女は知らなかった。

「お待ち下さい! 裁かれるべきは私だけで、大尉に責任はありません」
「何を言う? 監督不行届という言葉を知らんのか。大尉には同じように裁判にかけられることになる」
「そんな……どうか、どうかキャプテンのお力で」
「この大馬鹿者が!!」

 湿った地下牢に響いたその声は、いつまでも僕らの頬を濡らし続けていた。
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