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第14話 真実

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「ん、ここは?」
「エンタ様、お目覚めですか」
 
 どこかで見た顔だが、思い出せない。
 僕は彼に連れられ大きな広場へと向かった。

「エンタ様が目を覚ました!」
「おお、エンタ様だ!」

 歓声に迎えられるのは嫌な気分ではないが、後ろめたさが勝ってしまった。

 この人たちは僕のことを覚えているのに、僕は彼らのことを全く思い出せないのだから。

「良いんですよ。エンタ様が無事だったというだけで、我々にとっては喜ばしいことなのです」

 彼らとの交流を終えた僕は彼女のところに案内された。

「あ、あのっ……」
「――私がここの領主である」

 なんだ、この胸がポッカリと空くような感覚は。不快とは違う、虚無感にも似た感覚。

「はい……」
「顔を上げなさい。君は私の屋敷の使用人として働いていました。これからも働いてくれるか?」
「僕でよろしいんでしょうか?」

 何も思い出せない僕だ。また一から仕事を覚えるのなら、他の人でも良いはずだ。

「当たり前でしょ……」

 彼女は俯き、肩を小さく震わせながら小さく呟いた。

「当たり前だ! お前は仕事を途中で投げ出し、戦争から逃げたのだ!」
「しかし、それなら――」
「黙れ! 異論は認めぬ」

 彼女の頬に伝う止め処ない涙は、何も知らない僕にとって哀れに映った。

 そうして、魔女と僕との生活が始まった。

 屋敷の掃除、洗濯、食事。本当に僕が1人でこなしていたのかと思うほど大変な仕事だ。

「魔女様、終わりました」
「――ご苦労」

 記憶が無くなる前は、どのように話していたのだろう。これも違和感がある。

「エンタ様とカリン様は大丈夫かしら」
「前とは随分変わっちまったよな」
「カリン様も昔に戻ったみたい」
「思い出せないんだから仕方あるまい」
 
 街に出れば皆口々に話し始める。
 
 やはり戻って来るべきではなかった。

「魔女様、お話があります」
「なに……?」
「勝手ではありますが、使用人を辞めさせて下さい」

 こんな状況なら、許してくれると思った。しかし、魔女は何ひとつ表情を変えぬまま切り捨てた。

「そんなこと許さないわ」
「どうしてですか?! 僕の記憶は戻りません。僕は貴女の知っているエンタではないのです!」
「待って!!」

 僕は彼女の呼び止めを無視して屋敷から飛び出した。行く当てもなく、ただ真っ直ぐに。

 前にもこんなことがあった。あの時はなぜ歩いていたのだろう。
 逃げたかったから、なんて簡単な話ではない気がする。

「エンタ様?」

 振り返ると木こりの老人が立っていた。
 僕は彼に全てを話した。

「そうか、辞めるのか」
「はい。僕はここに居るべきではないと思うのです」
「カリン様はなぁ――」

 老人は火に薪を加えながら、ゆっくりと話し始めた。

「昔、ご両親が健在の頃はヤンチャな子でねぇ。よくこの森まで来とったじゃ。まるで今のアンタみたいにな」

 あの堅苦しいカリン様にもそういう時期があったのか。

「元気な子だったよ。でも戦争になり、彼女は孤独になってしまった。どうにか生き残った者たちで立て直してきたが、あの人の心の穴は埋めれんかった」

 僕は顔も覚えていない両親と兄を思い出した。幼い頃、病弱な僕を抱え雪の中を医者まで走った母。父や兄は厳しかったけど、他人に親切を絶やさない人だった。

「カリン様の心を唯一埋めることができたのは、エンタ様だったんじゃよ」
「僕が……?」
「ああ、まるで新婚の夫婦のように仲が良かったんじゃよ」

 にこやかに語る老人の言葉には、嘘偽りは何も無かった。

「ワシにできるのはここまでじゃ。あとは自分の力でなんとかするんじゃよ」

「ここに居たのね、エンタ」
「!? 魔女様……」

 息を切らし、胸を抑えながら僕を見つめる彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。

「すみませ――うわぁあっ!」

 僕は地面に押し倒された。

「どうして、どうしてなの?! 私はずっとあなたのことを考えていたのに!」
「すみません……」
「それしか言えないの?!」

 他に言葉が見つからない。

「僕を助けてくれたことは感謝しています。でも、これ以上は貴女を傷つけられません」
「何言ってるのよ……助けてくれたのはアンタじゃない!!」

 そうだ、あの時――。

「とにかく死んじゃダメだ!」
「……死ななかったら何してくれる?」
「なんでもするさ!」

 彼女があの時、本当に命を絶とうとしていたとしたら……。

 をさせたのは彼女ではなく、僕の方だった。

 勘違いが生んだ僕たちの出会い。
 記憶を無くして気付いた真実。

「すみません。カリン様……」
「それしか言えないのっ!」

 消えかかった焚き火は更に大きく、僕たちの心と体を温めたのだった。


◇◇◇◇◇第一章(完)◇◇◇◇◇
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