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第13話 記憶の欠片

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 この国に来てから、約半年が過ぎようとしていた。

「名前くらいは思い出せたかよ」
「いえ……」

 相変わらず僕の記憶は戻らないまま、尋問は続いていた。

「思い出せないと自分が後悔するぜ。故郷のこととか、恋人のこととか」

 故郷、恋人――。
 そんなものがもしにあったなら、その人たちは今の僕を見てきっと幻滅するだろう。

「上からやれと言われているからやってるが、これはもう尋問じゃねえ。言うなれば心の治療だ」
「心の、ですか」

 確かに最近は面談に近い。何を思い出すべきなのかもあやふやになり始めていた。

「あまり大きな声では言えねぇが、テュールフでお前さんを待ってる人が居るんだろうよ」
「テュールフ……」

 これまでの尋問で度々聞いてきた名だが、知っているようで何故か思い出せない。

「失礼する」
「!? 憲兵長殿、お疲れ様です」
「下がって良いぞシザテス」

 久しぶりに見た憲兵長は痩せ細り、どこか弱々しくなって見えた。

「大丈夫ですか?」
「私を心配できるほどには回復したようだな」 
「おかげさまで」

 タバコに火をつけながら鼻で笑う憲兵長。僕が言えたことではないが、心身共に疲弊しきっているようだ。

「お前に良い知らせがあるんだ」

 随分と嬉しそうな表情だ。いくら憲兵長が頑固顔でも、半年も付き合いがあれば読み取れるようになるものだ。

「勿体ぶらないで教えて下さいよ」
「お前の名前が分かった」
「僕の名前……」

 何故だろう。知りたいはずなのに、聞きたくないような気もする。名前を聞いたら全て思い出してしまうような。

「お前は」

 止《や》めてくれ。

 いや、僕は何を嫌がっているのだろう。何がそんなに怖いんだ?

「テュールフの屋敷で――」
「憲兵長!!」

 あと少しのところでさっきの憲兵が飛び込んできた。

「何事だ」
「何者かがこの兵舎屋に忍び込みました!」
「なんだと?! 早急に対処する。シザテスはここを守れ」
「はっ!」

 緊張感を漂わせながら憲兵長は出て行った。
 こんな厳重な施設に侵入できる者なんて相当な手馴れか、魔女のどちらかだ。

 魔女――。
 その言葉に妙な親近感を覚えた。前の僕は魔女と親しい仲だったのだろうか。

「良かった。エンタ!!」
「?!」

 憲兵は勢い良く僕に抱きついた。
 しかし、この匂いは何か違う気がする。

「私のこと、覚えてる?」
「あ、あなたは……」

 黒く長い髪に華奢で白い腕。そして、この美しい瞳には見覚えがある。

 でも――。

「誰ですか?」

 思い出せなかった。

 彼女の表情から悲壮感が溢れ、やがて一粒の涙となってこぼれ落ちた。

「とにかく、早くここから出ないと」
「で、でも僕は……」

 僕は眠るように気を失った。


 夢の中で誰かが呟いていた。

「ど、どうしてそんなこと……」
「言った通りよ。近くここは戦場となるでしょう。私は君の命が大切なの」

「ありがとう。元気でねエンタ」


 それは決して忘れられない記憶のような気がした。思い出せないのは、僕が彼女を遠ざけているからだろうか。

 無意識の中の意識は表面上には現れない。きっとこの記憶も。目が覚めれば思い出せなくなる。

「僕の大切な人って――」
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