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第12話 失意

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 目が覚めると、見たことのない景色が僕の前を光のように通り過ぎて行った。

「ま、待ってくれ! 止まってくれ!」
「やかましいぞ小僧」

 馬車には、僕の他にも何人かの男たちが乗っていた。

「すみません、この車はどこに向かっているのですか?」
「知らねぇで乗ってたのかアンタ。まぁいい、これは東シューゲンへの避難用馬車だ」
「避難?」
「まさか、それも知らないのか?」

 周りの男たちも驚いたように僕を見た。
 
「今は戦争の真っ最中だ。既に陥落した領地もあると聞く」

 そんな馬鹿な。僕がいた時には――。

「君の命が大切なの」

 カリン様、カリン様はどこに?!

「うわあああ!」
「だ、大丈夫か兄ちゃん……」

 僕は錯乱し、泣き叫んだ。
 もしあの人が命を落としていたら、僕は生きていけない。

 頭の中が真っ白に燃え尽き、やがて気を失った。

「おい、おい兄ちゃん」
「う、ううう……」
「着いたぜ。東シューゲンだ」

 東シューゲンは元々、田園や田畑が広がる、耕作が盛んな領地だった。その景色も今では枯れ果て、ボロボロの衣服に身を包んだ者たちが下を向いて歩いているだけ。

「ひでぇもんだ。ここいらも戦争の影響を受けたんだな」
「戦地からそれほど遠くはねぇからな……」

 テュールフから110キロメートル余りの東シューゲンでさえこの惨状だ。

「カリン様は……テュールフはどうなったか知りませんか?」
「アンタ、テュールフ領の人間か。いいや知らないな」
「そう、ですか」

 僕は行く当てもなく歩き始めた。何を考えるでもなく、ただひたすらに真っ直ぐ。

「おい、ここで何をしている」

 どのくらい歩いたのだろう。やがて疲れて座り込んでいると、憲兵から話しかけられた。

「すみません。道に迷ってしまって」
「お前、その足……」

 ああ、気付かなかった。

 僕の足は酷くやつれ、血が滲んでいた。
 もう歩く気力も、生きる気力さえ無くしてそのまま倒れ込んだ。

 いっそこのまま楽になれたら――。
 
「生きていれば良いことがきっとある! 死んだらどうにもならない!」

 さっきの憲兵か?
 都合の良いこと言いやがる。無責任にも程があるぜ――いや、これは僕の言葉か。

「おい、しっかりしろ!」
「ううう、ここは……?」

 ボヤけた視界に、綺麗な白い天井と汚れた憲兵の顔が映る

「城の医務室だ」
「城……?」
「ここはユジュノ王国、ツユリス城だ」

 意識が朦朧としていて、何が何だかまるで理解できないが、周囲の音だけはハッキリと聞き取れた。

「憲兵長、何故このような怪しい男を――」
「死にかけの人間を助けて何が悪いのだ」
「しかし、あのペンダントはテュールフの物です。スパイかも知れません!」

 ペンダント?
 スパイ?
 
 
 この人たちは、一体何の話をしているんだ?


「何も覚えていないだと?! このクソ餓鬼があぁ!」

 意識がある程度回復し、まともに話せるようになったところで僕は尋問を受けていた。

「自分がどこで何をして、何という名前なのかさえ思い出せません。本当に何も覚えていないのです……」

 僕は記憶喪失になっていた。
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