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第一章 万華鏡
第一話 遺されたもの
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なんで、どうして。
コーヒーカップの中をかき混ぜるように、脳内に渦巻きが起きる。
だっておかしいじゃないか。僕の両親は感謝されこそすれ、決して恨まれるような事はしていなかった。
「お前がシント・レーブルだな」
「憲兵さん? 知ってることは全て話しましたよ」
憲兵は悲惨な事故だと言っていた。でも、確信があった。あれは事故じゃない。僕たち家族の幸せは、何者かに奪われたんだ。
「俺が憲兵に見えるのか。お前の目は節穴だな」
なんだコイツ。僕を茶化しに来たのか?
「言い返せないのか。節穴どころか、愚か者だな」
「黙れ!」
僕は男に殴りかかった。どれだけ憎まれ口を叩かれようが、手を出した方の負けだ。そう、負けで良かった。だからこれは八つ当たりに近い。
大人相手に殴りかかって勝てるはずもない。いつもなら返り討ちにあって、唾を吐きかけられて終わりだ。でも男は避けなかった。それどころか反撃すらしなかった。
「親方、また殴られてる」
「笑えます」
背後から2人の少女が現れ、嘲笑っている。男も先ほどまでとは雰囲気が違う。この人はわざと殴られたんだ。僕にそう仕向けた。
「大丈夫?」
「変なことされなかった?」
少女たちは僕を慰めようと近づく。
「やめろ! 来るな!」
何故こんな事を言ったのか、未だに分からない。3人は静かに去って行った。
「ただいま……」
ネズミすら居ない暗闇に言葉をかける。当然、返事が返ってくるはずもない。
このカビ臭い山小屋が僕の家だ。ここの地主さんは両親の知り合いで、畑をやっていたが、病気を患ってからは使っていないらしい。
「災難だったね。君の両親には返しても返しきれないほど恩がある。ここは好きに使ってくれ」
こんな優しい言葉をかけられて号泣しない者は居ないだろう。この人との繋がりは、両親が遺してくれた唯一の宝物かもしれない。
僕は昔から手先が器用だった。
「凄いじゃないか! これでいつでも工場を継げるな」
「本当に素敵ね。シントは立派な職人になれるわ」
幼いながら余った材木や破れた布きれなんかで、ぬいぐるみや装飾品を作っていた。物心ついてからは、家具や日用品まで作れるようになった。
失敗しても成功しても、両親は僕を褒めてくれた。「立派な職人になれる」これが2人の口癖だった。
「さすがレーベル殿ですな」
「恐れ入ります伯爵」
父は国内でも有数の建築士で、この町の領邸も見事に作り上げ、貴族からも一目置かれる存在だった。それのおかげもあって、衣食住に困ったことなんて一度も無かった。
「いつかお前はこの工場を継いで、世界一の建築士になるんだ!」
「なれるかな?」
「なれるさ! だって、父さんの息子だぞ?」
「そうだね、なってみせるよ!」
次の春が来たら、父の工場で本格的に弟子入りする。そう約束していた。
でも――そんな日は来なかった。
「急いで火を消せ!」
「ダメだ、水魔法が効かない!」
沢山の思い出が詰まった家は、両親共々火に包まれて灰となった。
「しっかりしろ、シントくん!」
そして僕だけ、僕だけが生き残った。
「寒い寒いよ。父さん、母さん……」
なんで、どうして。死んでもずっと一緒に居たかった。雪が降り始める山小屋で、ひとりぼっち。
『キィイ』
小屋の扉が開く音がして、涙を拭った。
「本当にこんなボロ小屋に居るのか?」
なにやらコソコソと声が聞こえる。僕は斧を片手に臨戦体制に入った。でも、現れたのは山賊でも人攫いでもなく、昼間に出会った3人組だった。
「やあ」
そして、気を失った。
ろくに食事も摂っていなかった僕の身体は酷く衰弱しており、あれこれ考えているうちに死ぬ寸前まで追い詰められていたようだ。
「シント愛してるわよ」
「愛してるぞ、息子よ」
父さん、母さんどうして……。
聞きたいことは山ほどあった。でも、今はそれよりも元気だった頃の2人をじっくり目に焼き付けておきたい。
これがただの夢だということも分かっていた。それでも僕は嬉しかったんだ。
だって、父さんも母さんも笑っていたから。
「死んでる?」
「たぶん生きてる」
「息はあるからな」
この声はきっとあの3人だ。それが聞こえて、両親は少し寂しそうだった。きっと、お別れの時間なのだろう。
また会える?
「もちろんだ」
「ええ、きっと」
僕は安心して目を開けた。まじまじとこちらを見ている少女が2人。
「あ、起きた」
「ここは?」
「「工房」」
どうやら僕は彼女たちの言う『親方』の工房に連れて来られたらしい。暖炉の火がとても暖かく、大層立派な家のようだ。
「やあ、目が覚めたようだね」
この男が通称、親方。聞けば町一番どころか、世界一の錬金術師らしい。しかし、どうしてそんな男が僕を誘拐したのだろうか。
「誘拐だなんて失礼だなぁ」
「じゃあ、どうして」
「シントくんの両親とは古い仲でね。君のことを頼まれていたんだ。それに、君には特別な力がある」
特別な力? そんなものは僕には無い。特別と言えば、この世界にはスキルというものが存在する。有名なところだと『勇者』や『魔法使い』あとは『魔王』がある。
「シント・レーブル」
「は、はい」
「君は、世界一の錬金術師になれる」
コーヒーカップの中をかき混ぜるように、脳内に渦巻きが起きる。
だっておかしいじゃないか。僕の両親は感謝されこそすれ、決して恨まれるような事はしていなかった。
「お前がシント・レーブルだな」
「憲兵さん? 知ってることは全て話しましたよ」
憲兵は悲惨な事故だと言っていた。でも、確信があった。あれは事故じゃない。僕たち家族の幸せは、何者かに奪われたんだ。
「俺が憲兵に見えるのか。お前の目は節穴だな」
なんだコイツ。僕を茶化しに来たのか?
「言い返せないのか。節穴どころか、愚か者だな」
「黙れ!」
僕は男に殴りかかった。どれだけ憎まれ口を叩かれようが、手を出した方の負けだ。そう、負けで良かった。だからこれは八つ当たりに近い。
大人相手に殴りかかって勝てるはずもない。いつもなら返り討ちにあって、唾を吐きかけられて終わりだ。でも男は避けなかった。それどころか反撃すらしなかった。
「親方、また殴られてる」
「笑えます」
背後から2人の少女が現れ、嘲笑っている。男も先ほどまでとは雰囲気が違う。この人はわざと殴られたんだ。僕にそう仕向けた。
「大丈夫?」
「変なことされなかった?」
少女たちは僕を慰めようと近づく。
「やめろ! 来るな!」
何故こんな事を言ったのか、未だに分からない。3人は静かに去って行った。
「ただいま……」
ネズミすら居ない暗闇に言葉をかける。当然、返事が返ってくるはずもない。
このカビ臭い山小屋が僕の家だ。ここの地主さんは両親の知り合いで、畑をやっていたが、病気を患ってからは使っていないらしい。
「災難だったね。君の両親には返しても返しきれないほど恩がある。ここは好きに使ってくれ」
こんな優しい言葉をかけられて号泣しない者は居ないだろう。この人との繋がりは、両親が遺してくれた唯一の宝物かもしれない。
僕は昔から手先が器用だった。
「凄いじゃないか! これでいつでも工場を継げるな」
「本当に素敵ね。シントは立派な職人になれるわ」
幼いながら余った材木や破れた布きれなんかで、ぬいぐるみや装飾品を作っていた。物心ついてからは、家具や日用品まで作れるようになった。
失敗しても成功しても、両親は僕を褒めてくれた。「立派な職人になれる」これが2人の口癖だった。
「さすがレーベル殿ですな」
「恐れ入ります伯爵」
父は国内でも有数の建築士で、この町の領邸も見事に作り上げ、貴族からも一目置かれる存在だった。それのおかげもあって、衣食住に困ったことなんて一度も無かった。
「いつかお前はこの工場を継いで、世界一の建築士になるんだ!」
「なれるかな?」
「なれるさ! だって、父さんの息子だぞ?」
「そうだね、なってみせるよ!」
次の春が来たら、父の工場で本格的に弟子入りする。そう約束していた。
でも――そんな日は来なかった。
「急いで火を消せ!」
「ダメだ、水魔法が効かない!」
沢山の思い出が詰まった家は、両親共々火に包まれて灰となった。
「しっかりしろ、シントくん!」
そして僕だけ、僕だけが生き残った。
「寒い寒いよ。父さん、母さん……」
なんで、どうして。死んでもずっと一緒に居たかった。雪が降り始める山小屋で、ひとりぼっち。
『キィイ』
小屋の扉が開く音がして、涙を拭った。
「本当にこんなボロ小屋に居るのか?」
なにやらコソコソと声が聞こえる。僕は斧を片手に臨戦体制に入った。でも、現れたのは山賊でも人攫いでもなく、昼間に出会った3人組だった。
「やあ」
そして、気を失った。
ろくに食事も摂っていなかった僕の身体は酷く衰弱しており、あれこれ考えているうちに死ぬ寸前まで追い詰められていたようだ。
「シント愛してるわよ」
「愛してるぞ、息子よ」
父さん、母さんどうして……。
聞きたいことは山ほどあった。でも、今はそれよりも元気だった頃の2人をじっくり目に焼き付けておきたい。
これがただの夢だということも分かっていた。それでも僕は嬉しかったんだ。
だって、父さんも母さんも笑っていたから。
「死んでる?」
「たぶん生きてる」
「息はあるからな」
この声はきっとあの3人だ。それが聞こえて、両親は少し寂しそうだった。きっと、お別れの時間なのだろう。
また会える?
「もちろんだ」
「ええ、きっと」
僕は安心して目を開けた。まじまじとこちらを見ている少女が2人。
「あ、起きた」
「ここは?」
「「工房」」
どうやら僕は彼女たちの言う『親方』の工房に連れて来られたらしい。暖炉の火がとても暖かく、大層立派な家のようだ。
「やあ、目が覚めたようだね」
この男が通称、親方。聞けば町一番どころか、世界一の錬金術師らしい。しかし、どうしてそんな男が僕を誘拐したのだろうか。
「誘拐だなんて失礼だなぁ」
「じゃあ、どうして」
「シントくんの両親とは古い仲でね。君のことを頼まれていたんだ。それに、君には特別な力がある」
特別な力? そんなものは僕には無い。特別と言えば、この世界にはスキルというものが存在する。有名なところだと『勇者』や『魔法使い』あとは『魔王』がある。
「シント・レーブル」
「は、はい」
「君は、世界一の錬金術師になれる」
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