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八日目

第37話

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「ううぅぅ……頭がぁ……痛てぇ……」

 閉じた瞼の上を通り過ぎる光の束。
 寝心地最悪な路面から伝わってくるロードノイズ。
 僕は重たい瞼をわずかに持ち上げた。

「おお、めぇ覚ましたかザーメンマン」
「ああ、滑川さん」

 前列に座る滑川さんが煙草を差し出してきたが、僕は首を横に振った。
 窓の外に視線をやると、刺すように鋭い朝陽が僕の横っ面を通り過ぎていく。
 どうやら僕は滑川さんの車の三列目シートで眠っていたみたいだ。

「あんなにはっちゃける奴だとは思いもよらなかったぜ!」
「はっちゃける?」
「酔払って、覚えてないってか! まぁ、そういうことでも良いけどよ」

 酒に酔いつぶれたのは一週間ぶりだろうか?
 あの時は家に帰り着くことが出来たけど、今日はいったい何処にいるのやら?!
 横に寝そべっていたシートから起き上がって外を見ると、コンクリート塀の先に浮かび上がる高層ビル群、どうやら首都高辺りでも走ってるのだろう。
 しかも身体の節々が痛い。
 てか、服を上に被せてあっただけで靴と靴下以外は真っ裸な僕。
 よく見ると、擦り傷や青アザが至るところに!

「僕はいったいどうしちゃったんでしょうか?」
「全裸でVIPルームからダイブして、ダンスフロアで客にワッショイされながらチンポを思いっきりシコシコしごいてたんだが、ホントに覚えてないのか? よくもまぁあんな大量に射精できるなって感心されてたぜ!」

 あれ? VIPルームからダンスフロアに向けて射精したまでは覚えてるんだけど……。
 記憶をなくするほど飲むのはやっぱ怖ぇえええ!!!

「そういや、アレが見えるようになったのも酔いつぶれた時だったな」

 僕の意識が向いたことで、また見えるようになったステータス画面をぼんやりと眺める。

「あれ? 他のクエストも完了してる」

 精子をばら撒いただけじゃなくて、誰かと生でハメハメしたのか? あとクンニで絶頂も?!
 しかし、もっと驚くべきことが他にも残されていた。

「lpが255にspが56? なんか目がぼやけてるのかな? ボーナスポイントも1386って……ああなんだ、レベルが52だからか」

 二日酔いで寝ぼけていた僕は、あり得ないステータスの原因がわかりほっとしたものの。

「…………レベルが52?!」

 ようやく驚愕の事実に気付き、馬鹿みたいに立ち上がったもんだから。

「あ痛てっ!」
「何やってんの猪狩君? もう、つくぞ?」
「あはは、すみません」

 アルファードの天井に強《したた》か頭をぶつけてたんこぶを作ってしまった。

 何故か早朝の高円寺駅前で下ろしてもらい、僕は駅のトイレへ駆け込んだ。
 個室にこもって、状況確認をしたことでおぼろげながら昨夜の顛末からなぜこんなにレベルアップしたのかが分かってきた。
 まず僕の性的対象レーダーをチェックしたところ、新たに200人以上の老若男女が追加されていた。
 どうやら、ダンスフロアで踊る彼ら彼女らに僕がザーメンシャワーを浴びせかけたらしい。
 一人につき4ポイントだから、それだけで800ポイント以上の経験値とボーナスを獲得できたみたいだ。
 戦争を例えて、人殺しもその数が強大なものになると英雄になるというけれど、性犯罪の中でももっとも情けなくてしょうもない変質者のぶっかけ行為も、その数が甚大じゃない数だったとすればまた英雄なのだろうか?
 などと、二日酔いと寝起きの覚束なさでアホみたいな事を考えたり……。

――でも、ひとつだけ確かなことがある。

「奏を復活させなきゃな」

 僕はスマホを取り出し、咲良にメッセージを送った。

【今から、埼玉にある僕の実家に来てくれないか?】


 そして、お昼過ぎ……。
 安普請の実家の玄関から、声が聞こえてくる。

「ごめんください。私、観音寺咲良と申します。そちらにお住いの猪狩雄介くんにお呼ばれしてきました」
「えっ?! こんな美人が雄介の……なわけないか! ねぇ、ちょっと雄介! 観音寺さんって方が来てるわよ?」
「部屋に来るように伝えて!」
「あんた! 出迎えくらいしたらどうなのっ!」
「大丈夫ですお母さま。二階ですね?」
「お母さま?!」

 ギイギイと階段の軋む音につづいて、僕の部屋をノックする音。

「どうぞ、入って!」

 扉が開いて、咲良の顔が見えた。
 少し不安げなその顔が、ある事実に気付いたみたいで、その目と口が大きく開け放たれた。

「えっ……?!」

 口元を両手で抑え、その場に固まっている。
 僕は椅子から立ち上がって彼女を引き入れ、扉を閉めた。
 いまだ硬直する彼女の視線はベッドに座るあいつに注がれ続ける。

「よっ! 一週間ぶりくらいか?」
「奏くん! どうして?!」
「本当は咲良が来てから復活させようと思ってたんだけど、どういう形で復活するか定かじゃなかったからさ? 実際、こいつ素っ裸で復活しやがったし!」
「でも、死んだんじゃ?」
「僕がエリクサーを使って生き返らせた……と思ってたんだけど」
「ちょっと複雑でな」

 そう呟くと、僕の服を着た奏がベッドから立ち上がり、咲良の元へ一歩踏み出した。

「生きてるか触ってみろよ」

 咲良は目の前に来た奏を見上げ、彼の頬に手を伸ばした。

「あったかくて、髭の剃りあとがジョリジョリしてて、毛先がブリーチでいつも傷んでて……」

 彼女は奏の髪をくしゃくしゃにしながら、それまで耐えて来た瞼からとめどなく涙が溢れ出す。
 奏はやさしく彼女の頬を拭ってから、顎に手を添えて唇を奪った……僕の目の前で。

「そんじゃ! 僕は母さんつれて買い物にでも出かけてくるからさ! しばらくゆっくりしていってよ!」

 早口でまくし立て、僕は急いでドアノブを掴んだ。

「待って!」
「なんでだよ……」

 ノブを持つ手に重なる咲良の小さな掌《てのひら》。

「どうして、私を避けるの?」
「そんなことないさ」
「あるよ! 火曜日にキスしたとき、私、雄介くんのためならなんだってするって言ったじゃない? それなのに全然私を頼ってくれないし、木曜のお葬式だって雄介くん余所余所しかった」

 僕をにらむその顔もどこか神々しくて、ちょっと見惚れてしまう。
 けれど、今はそんな場合じゃない。

「だって、ふたりは恋人同士だし。気まずいっていうか」
「いまはもうそうじゃないから」
「さっきも言ったが、俺は振られたんだぜ雄介?」
「だけどお前、もう一度チャレンジするって……咲良を自分のものにするって! 今だってキス……」
「そりゃ、お前がいつまでもウジウジしてんなら奪い返すのもやぶさかでないからな!」

 そう言って、奴は僕のベッドに腰を下ろした。

「何度でもいうが雄介、お前がどんな思いで俺を復活させてくれたかは重々承知してる。だから、優先権はお前に譲ってやると言ったんだ。それに俺は一度、完膚なきまでに振られちまった身だぜ?」
「でも、僕なんかが……このクソみたいなデイリークエストをクリアするために、妹や香澄先輩やいろんな女の子を利用して関係して……そんな汚れ切った僕なんか咲良にふさわしくなんかない!」
「ハッハッハッ! そういうことか? 童貞捨てたくらいでイイ気になってんじゃねぞ雄介! 俺なんか、あっちの世界じゃ百人切り達成したんだぜ? 咲良とセックスすれば百一人切り達成ってもんよ? おいどうだ雄介? こんなヤリチンの俺さまとお前とどっちがダーティーなんだろうな?」
「ねぇ、二人ともやめて!!」

 咲良がたぶん、僕らが知り合ってから初めて聞くような大声を上げたことにビックリして、僕たちどちらも咄嗟に言葉が出ず固まってしまう。

「奏くんごめんなさい。あなたを死なせてしまった責任を感じてるけれど、やっぱり無理なの。それに、奏くんは同情から付き合うなんて絶対イヤでしょ?」

 奏は無言で両手を裏返し頭を振り、ベッドにドサッと寝転がった。

「雄介くん、どうしてあなたは私の気持ちに気づいてくれないの?」
「えっ?!」
「私のこと好きなんじゃないかと思ってたのは勘違いなのかな?」
「…………」

 咲良の突然の告白に僕は何と答えれば分らず、石化したかのようにカチコチに固まる。
 それまでの騒がしさが嘘のように僕の部屋が静まり返った。
 そんな静寂を破るかの如く、

「何にもないんですけど、どうぞお茶でも! これ韓国で買ってきたお菓子で……って、あら?」
「母さんノックくらいしろよっ!」
「お久しぶりですお母さん!」
「あら奏くん久しぶり! いつからいたの?」
「ちょっと、買い物に付き合ってくれませんかお母さん?」
「ええ? ちょっと……あれ? 確か死んだんじゃ?」
「まぁまぁ……」

 奏は母さんの持つお盆を取り上げて僕に手渡つつ「根性見せろや」と僕にささやきつつ、そのまま母を引っ張って階段を降りていってしまった。

「ねぇ……」

 扉の方を向いて途方に暮れていた僕の背中に咲良が抱き着いてきた。

「私の事、どう思ってるの?」
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