The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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高倉家

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 俺は自室のベッドで横になったまま、ゲーム機を握っていた。
 栞に続いて高倉さんまでもが……。
 昨日に続いて、またバーチャルな体験をしたが、恐らく高倉さんも同じ体験をしたのだろう。まさか高倉さんまで、あっちの世界に現れるなんて……。俺はしばらくシーリングライトを見ながら茫然自失としていた。その後、やたら積極的だった高倉さんとキスをしたことを思い出し、目を閉じて、どうしたものかと考えていた時、部屋の窓が開いた。
「誰だっ!!」
 俺はベッドから跳ね上がり、とっさに構える。窓から出てきたのは、黒服を身に纏った二m程の隆とした大男だった。
 誰? 二階だよここ。
 だが、その大男は気配を消しているものの、敵意は感じられなかった。
「アポイント無しで申し訳ありません」
 そう小声で土足のまま部屋に入ってくる。
「ちょっと! 靴、靴!」
「あ、大変失礼しました凪野様、私は大上鉄心と申します」
 靴を脱ぎながらその大男、大上さんは言った。
「大変急で恐縮ですが、お嬢様の命でお迎えに上がりました」
「お嬢様?」
「はい、御存じだとは思いますが、高倉家の香澄お嬢様です。御屋形様の事情もありまして、ご家族の方に説明する時間を省きたく二階から失礼させて頂きました。騒ぎは起こしたくありませんので、大人しく来て下されば幸いです」
 確かに今ここで抵抗したら、家が半壊しかねない。逡巡した俺は頷き、リビングでテレビを見ていた両親に「ちょっと走ってくる」と一言声をかけ、玄関から外に出た。
 大上さんは二階から飛び降りたけど、大丈夫なんだろうか、あの巨体で。

「俺はなぜここにいるのだろう……」
 なにやら哲学的なことを言いながら、俺は高級そうな車の後部座席に座っていた。家の車の座り心地とは別次元のシートに感動した後、夜景を呆然と眺める。
 高倉さんは相当なお嬢様だと風の噂で聞いていたが、ここまでだったとは……。
 それにしてもゲームの中の世界、あれはリアルにしか感じない。栞とはゲームの中の世界について話はしなかったが、高倉さんとなら何かしらの答えに繋がるかもしれない。
 ……あれ?
 それにしても、ゲームが終わってから、大上さんが家に来るまでが早すぎない?
 相当走ってるよ?
 もしかして俺って監視されてたの?
 色々と考える余裕が出来てきた時、一つの結論が出て、俺は向かいに座る大上さんに聞こうと思った。
「あの……、大上さん?」
「凪野様、ご安心ください。御屋形様たちに対し物理的な行動をしない限り、私たちは干渉いたしませんので」
「いえ、あの……」
「それとも喉が渇いてらっしゃいませんか? こちらに各種飲料を用意していますので御自由にお申し付け下さい」
 話のキャッチボールのタイミングが微妙に合わない。大上さんは慇懃な態度で接してくれるが、おそらく強さで言えば、経験値、体格差も加味して俺をかなり超えている。自然と俺は気圧されていたのかもしれない。
「あ……、じゃあ、お言葉に甘えて、水を……」
「かしこまりました」
 と威圧感を殺し軽く頷く。車に備え付けられている冷蔵庫から、ビンに入ったミネラルウォーターを取り出し、王冠を指でねじ開け、キンキンに冷えたグラスにそれを注ぎ手渡してくれた。グラス半分ほど一気に飲むと、冷たいミネラルウォーターが喉の形をなぞり、胃へと落ちて行く。
 そういえば晩御飯まだだったな……。追及することを諦めた俺は、グラス片手に再び夜景を眺めてた。

 その広い屋敷には十分ほどで着いた。軽く引くぐらいの豪奢な母屋に招き入れられ、いくつもの襖をくぐり、屋敷の中心部であろう大広間に案内された。そこには高倉さんと半白で着流しをきた男性が座っていた。その着流しの男性に会釈して、俺は高倉さんを見る。
「高倉さん。どうしたの? いきなり呼び出して」
 平静を保とうとしても、どうしても先ほどのエンディングを思い出して頬が熱くなる。
「苗字じゃなく香澄と呼んで下さい、と申しましたでしょう」
 水色を基調とした涼しげな服装で、テーブルの手前に座る頬を染めた高倉さんが、ふかふかの座布団を用意してくれた。だが俺は座布団には座らず、敷居をまたいで座布団の手前に座った。万一のことを考えて、逃走も選択肢に入っていたからだ。逃げ切れるか分からないが。
「その男が香澄が認めた男か?」
 半白の男性が鋭い眼光を向ける。
「まだ名前を名乗ってなかったな。高倉家二十三代目当主、高倉以蔵だ。今後とも香澄共々よろしく頼む」
 そう言って表情を変え、胡坐をかいたまま深く頭を下げた。
「あっ、こちらこそ。私は凪野涼と言います。高倉さ……香澄さんとはよく勉強の話などしています」
 つい社交辞令的に返してしまった。
「香澄、と呼び捨てで大丈夫です」
 高倉さんが間髪入れず、一言挟んできた。
 以蔵氏は顎に手を当てて言う。
「そうか……。実は香澄には婚約者をあてがおうと思っていたが、どうしても君をと言い出して、来てもらった次第だ」
 その時以蔵氏のそばに侍る大上さんの無線機から声が聞こえた。
『ビーコール、ビーコール。正門前から二名。一人は刀を所持。繰り返す……』
『刀の所持』と聞いたときに、俺は嫌な予感がした。
「では、私も行ってまいります」
 大上さんは立ち上がり、襖を開けて足早に退室した。
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