転生の果てに

北丘 淳士

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夢の途中

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 三日後、薄曇りの空の下で司は噴水の前で都柚を待っていると、母親と思われる女性から車椅子を押されながら彼女がやってきた。
「こんにちは、司君」
「都柚ちゃん……」
「この人が私のお母さん。手術の話を聞くために今日、仕事休んで来たの」
「……どうも、お世話になってます」
「いえいえ、こちらこそお世話になっているようで、LINEで彼氏が出来たと言っていたのは貴方ですね」
「ちょっと、お母さん!」
「はは……、はい」
 二人とも治ったら、という前提が消えていた。日本の医療は進んでいる。きっと治るだろう、という考えはすでに持っていた。
「お母さん、もういいから」
「はいはい、ませちゃってまあ」
「もう、お母さん煩い!」
「ははは……」
 都柚の母親は小さなバッグを抱え、「またあとで」と言い残して、病棟の方へと戻っていった。
 母親が去っていくのを見届けた都柚は、車椅子を司の隣に着ける。
「二日後だね」
「うん、絶対治ると思うんだ」
 膝の上のスマホを見ると病気平癒のお守りが追加されてあった。恐らく手術の為、母親が買ってきたのだろうと司は思惟した。
「治るよ、大丈夫」
 そう言って都柚の手に触れると、彼女は手を裏返して指を絡めてくる。
 司は愛するという感情を手に入れた。自分の中で新しく芽生えた感情は、これから小説を書く上で大きな財産になるだろうと確信していた。

 二日後、都柚の手術が開始された。
 司と都柚の病は難病指定されたもので、国内では初めての手術になると、司はネットの記事で読んだ。
 都柚の手術中、司は不安を払拭するように執筆に没頭した。
 絶対成功する!
 新しく芽生えた感情で、司は自分がかつて書いた小説を改訂していた。人を思う気持ちが、より小説を厚みのあるものにしていく。
 都柚の手術は三時間に及んだ。執刀医は感触から、成功だろう、と見立てた。
 三時間の執刀中、司は小説の約半分を書き終えた。

一ヶ月後――。

 司は二階のリハビリテーションルームにいた。
 傍では、補助具を使って都柚が一心にリハビリを繰り返している。
「どう? 司君。立ててるでしょ!」
 覚束ないながらも笑顔で問う都柚に、司も笑顔を向ける。司も今すぐ補助具を使ってリハビリに参加したい気持ちになった。
 都柚が司に向かってゆっくり歩いてくる。近くでは作業療法士が見守っている。そして司のところまで来た時、車椅子のアームサポートに両手をついた。
 そしてその勢いのまま、都柚は司にキスをする。
 ちょっと、都柚ちゃん……。
 作業療法士の位置からでは、都柚が何をしたかは分からなかったようだ。だが仲睦まじい二人を見て苦笑いをしている。
「司君も一緒に頑張ろ!」
「うん、僕も手術を受けるよ」

 両親と担当医の話し合いの結果、司は三ヶ月後に手術することが決まった。

 手術前日、司は電気スタンドに吊るされたキーホルダーと病気平癒のお守りを見つめる。それは都柚から譲り受けたものだった。
 大丈夫。僕も早く回復して、都柚ちゃんと並んで外を歩きたい。
 ゆっくりと手を伸ばしてキーホルダーとお守りに触れる。
 暖かい……。自分にこんな幸せな時間が来るとは思わなかった。絶対成功したい……。
 消灯のアナウンスが入る。司はそのままキーホルダーを引っ張り、心地よい眠りについた。

「タクロリムス投与!」
「バイタルが急激に下がっています」
「リズミックだ。ええい、どうしてこうなった!」
 七〇三号室、司の個室で担当医と看護師の慌ただしいやり取りが繰り返される。
 僕はもう、駄目なのかな……、都柚ちゃん。
「――」
「――!」
 医師たちの声もどんどん遠くなる。
 もっと生きたかった。小説、まだ途中だったのにな……。転生……、出来るならしたい。生まれ変わって……、僕は……。もっと自由に……。
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