4 / 39
夢の途中
しおりを挟む
三日後、薄曇りの空の下で司は噴水の前で都柚を待っていると、母親と思われる女性から車椅子を押されながら彼女がやってきた。
「こんにちは、司君」
「都柚ちゃん……」
「この人が私のお母さん。手術の話を聞くために今日、仕事休んで来たの」
「……どうも、お世話になってます」
「いえいえ、こちらこそお世話になっているようで、LINEで彼氏が出来たと言っていたのは貴方ですね」
「ちょっと、お母さん!」
「はは……、はい」
二人とも治ったら、という前提が消えていた。日本の医療は進んでいる。きっと治るだろう、という考えはすでに持っていた。
「お母さん、もういいから」
「はいはい、ませちゃってまあ」
「もう、お母さん煩い!」
「ははは……」
都柚の母親は小さなバッグを抱え、「またあとで」と言い残して、病棟の方へと戻っていった。
母親が去っていくのを見届けた都柚は、車椅子を司の隣に着ける。
「二日後だね」
「うん、絶対治ると思うんだ」
膝の上のスマホを見ると病気平癒のお守りが追加されてあった。恐らく手術の為、母親が買ってきたのだろうと司は思惟した。
「治るよ、大丈夫」
そう言って都柚の手に触れると、彼女は手を裏返して指を絡めてくる。
司は愛するという感情を手に入れた。自分の中で新しく芽生えた感情は、これから小説を書く上で大きな財産になるだろうと確信していた。
二日後、都柚の手術が開始された。
司と都柚の病は難病指定されたもので、国内では初めての手術になると、司はネットの記事で読んだ。
都柚の手術中、司は不安を払拭するように執筆に没頭した。
絶対成功する!
新しく芽生えた感情で、司は自分がかつて書いた小説を改訂していた。人を思う気持ちが、より小説を厚みのあるものにしていく。
都柚の手術は三時間に及んだ。執刀医は感触から、成功だろう、と見立てた。
三時間の執刀中、司は小説の約半分を書き終えた。
一ヶ月後――。
司は二階のリハビリテーションルームにいた。
傍では、補助具を使って都柚が一心にリハビリを繰り返している。
「どう? 司君。立ててるでしょ!」
覚束ないながらも笑顔で問う都柚に、司も笑顔を向ける。司も今すぐ補助具を使ってリハビリに参加したい気持ちになった。
都柚が司に向かってゆっくり歩いてくる。近くでは作業療法士が見守っている。そして司のところまで来た時、車椅子のアームサポートに両手をついた。
そしてその勢いのまま、都柚は司にキスをする。
ちょっと、都柚ちゃん……。
作業療法士の位置からでは、都柚が何をしたかは分からなかったようだ。だが仲睦まじい二人を見て苦笑いをしている。
「司君も一緒に頑張ろ!」
「うん、僕も手術を受けるよ」
両親と担当医の話し合いの結果、司は三ヶ月後に手術することが決まった。
手術前日、司は電気スタンドに吊るされたキーホルダーと病気平癒のお守りを見つめる。それは都柚から譲り受けたものだった。
大丈夫。僕も早く回復して、都柚ちゃんと並んで外を歩きたい。
ゆっくりと手を伸ばしてキーホルダーとお守りに触れる。
暖かい……。自分にこんな幸せな時間が来るとは思わなかった。絶対成功したい……。
消灯のアナウンスが入る。司はそのままキーホルダーを引っ張り、心地よい眠りについた。
「タクロリムス投与!」
「バイタルが急激に下がっています」
「リズミックだ。ええい、どうしてこうなった!」
七〇三号室、司の個室で担当医と看護師の慌ただしいやり取りが繰り返される。
僕はもう、駄目なのかな……、都柚ちゃん。
「――」
「――!」
医師たちの声もどんどん遠くなる。
もっと生きたかった。小説、まだ途中だったのにな……。転生……、出来るならしたい。生まれ変わって……、僕は……。もっと自由に……。
「こんにちは、司君」
「都柚ちゃん……」
「この人が私のお母さん。手術の話を聞くために今日、仕事休んで来たの」
「……どうも、お世話になってます」
「いえいえ、こちらこそお世話になっているようで、LINEで彼氏が出来たと言っていたのは貴方ですね」
「ちょっと、お母さん!」
「はは……、はい」
二人とも治ったら、という前提が消えていた。日本の医療は進んでいる。きっと治るだろう、という考えはすでに持っていた。
「お母さん、もういいから」
「はいはい、ませちゃってまあ」
「もう、お母さん煩い!」
「ははは……」
都柚の母親は小さなバッグを抱え、「またあとで」と言い残して、病棟の方へと戻っていった。
母親が去っていくのを見届けた都柚は、車椅子を司の隣に着ける。
「二日後だね」
「うん、絶対治ると思うんだ」
膝の上のスマホを見ると病気平癒のお守りが追加されてあった。恐らく手術の為、母親が買ってきたのだろうと司は思惟した。
「治るよ、大丈夫」
そう言って都柚の手に触れると、彼女は手を裏返して指を絡めてくる。
司は愛するという感情を手に入れた。自分の中で新しく芽生えた感情は、これから小説を書く上で大きな財産になるだろうと確信していた。
二日後、都柚の手術が開始された。
司と都柚の病は難病指定されたもので、国内では初めての手術になると、司はネットの記事で読んだ。
都柚の手術中、司は不安を払拭するように執筆に没頭した。
絶対成功する!
新しく芽生えた感情で、司は自分がかつて書いた小説を改訂していた。人を思う気持ちが、より小説を厚みのあるものにしていく。
都柚の手術は三時間に及んだ。執刀医は感触から、成功だろう、と見立てた。
三時間の執刀中、司は小説の約半分を書き終えた。
一ヶ月後――。
司は二階のリハビリテーションルームにいた。
傍では、補助具を使って都柚が一心にリハビリを繰り返している。
「どう? 司君。立ててるでしょ!」
覚束ないながらも笑顔で問う都柚に、司も笑顔を向ける。司も今すぐ補助具を使ってリハビリに参加したい気持ちになった。
都柚が司に向かってゆっくり歩いてくる。近くでは作業療法士が見守っている。そして司のところまで来た時、車椅子のアームサポートに両手をついた。
そしてその勢いのまま、都柚は司にキスをする。
ちょっと、都柚ちゃん……。
作業療法士の位置からでは、都柚が何をしたかは分からなかったようだ。だが仲睦まじい二人を見て苦笑いをしている。
「司君も一緒に頑張ろ!」
「うん、僕も手術を受けるよ」
両親と担当医の話し合いの結果、司は三ヶ月後に手術することが決まった。
手術前日、司は電気スタンドに吊るされたキーホルダーと病気平癒のお守りを見つめる。それは都柚から譲り受けたものだった。
大丈夫。僕も早く回復して、都柚ちゃんと並んで外を歩きたい。
ゆっくりと手を伸ばしてキーホルダーとお守りに触れる。
暖かい……。自分にこんな幸せな時間が来るとは思わなかった。絶対成功したい……。
消灯のアナウンスが入る。司はそのままキーホルダーを引っ張り、心地よい眠りについた。
「タクロリムス投与!」
「バイタルが急激に下がっています」
「リズミックだ。ええい、どうしてこうなった!」
七〇三号室、司の個室で担当医と看護師の慌ただしいやり取りが繰り返される。
僕はもう、駄目なのかな……、都柚ちゃん。
「――」
「――!」
医師たちの声もどんどん遠くなる。
もっと生きたかった。小説、まだ途中だったのにな……。転生……、出来るならしたい。生まれ変わって……、僕は……。もっと自由に……。
2
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる