桜舞う星の下で

北丘 淳士

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油断と告白

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「君の実験体の中に、プレコグニション(予知能力)が出来る物がいると聞いてるのだが」
 そう唐突に聞いて来たのは、32号棟を管理している黒田真人教授だった。彼は主に遺物管理と研究結果の編纂をしている。
 突然、那美の実験室に足を運んだ重鎮が、三弥たちを物扱いしていることに一瞬不快を感じたが、那美はそれをおくびに出さず対応した。思春期の子供を隔離して研究している事は一般には知られていないが、一部の上層部は把握している。倫理に背いた実験をしていため、文句を言う事が出来ないでいる。
「ええ、5~6秒先の予知が出来る能力者1人います」
「5~6秒か。あいつらが言っていたのは、その実験体か」
「どうかしたのですか?」
「今朝、実験部の遺物管理課から連絡きてないのか?」
 なかなか進まない話に、黒田はやや煩わしさを顔に出す。彼はドリンクディスペンサーから紅茶を取り出し本題を話し始めた。
「60年前にアフガニスタンから発掘したボードが明滅し始めた」
「えっ?」
「今まで発掘された年代にそぐわない高度な技術だったので管理庫に保管していたのだが、今朝からうっすらと明滅を繰り返していてな」
「ところで、それに私たちが担当している能力者が何か関係するのですか?」
「まだ確信は分からないが、明滅の周期が短くなっていて3日後に完全に発光する。だから危険度を知りたいんだ。だが5~6秒では大して役に立たないか」
 那美は自分の子供たちが、役に立たない、と言われた事に憤りを感じたが圧殺した。
「今からトレーニングを組んで、どれくらいまで伸ばせるか?」
「進捗次第だけど、急速に伸ばせる能力ではないです。朋の……、能力者の伸びしろから考えて。7~8秒ぐらいがいいところだと思っているけど」
「うーん、もっとどうにか、ならないもんかね」
「個人の資質ってものもありますからね」
「そうか。……ではまた後日、開かれるミーティングで詳しく煮詰めていこう」
 これ以上話すことはない、と言った表情を那美は黒田に返す。彼は踵を返して、那美の研究室を辞した。
 黒田が立ち去った後、那美はファイルの内容を注視していた。
「確かにあのボードが反応している。何か答えが見つかるかもしれない……」

 橙になった太陽が水平線にかかる頃、那美が山頂に到着した。
「負荷を変えても、あなたに勝てなくなってきたわ」
 那美は悔しげにつぶやく。
「那美さん、今日はレアな夕陽バージョンですよ」
 黄金色に光る太陽と海を見つめる三弥の目には疲労の色は見えない。
「那美さん、一つお願いがあるのですが」
「なぁに?」
「いつか、……いつか、本当の桜を見に行きたいのですけど」
 しばらく間を置いた那美は、三弥の眸を見つめながら答えた。
「……いいわよ」
「那美さんと2人で」
「うん、約束ね」
 伸びをしながら三弥の隣に座って、那美は彼の手に自分の手を重ねた。
 最近ほとんど寝ずに研究を続け、本気のトレイルランをやった後の疲労した那美の額に黄色に光る結晶が出てきた。
「な、那美さん、それは……?」
 声をかけた三弥の視線が自分の額に向けられてることに那美は気づいた。慌てて隠し顔を逸らすも遅かった。
「み、見た?」
 訝しげな表情の三弥は首肯する。
 結晶を戻した那美が、嘆息して訥々と話し始めた。
「ここだけの話なんだけど……」
「はい」
「私はね……、死ねないの」
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