濁渦 -ダクカ-

北丘 淳士

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濁渦

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 ステラトリスの議事堂の一室、与党を勝ち取った前政権は今後の展開について話し合っていた。
「……では、その案件は国務大臣の課題ということで、他に何かありますか?」
 会議も終盤を迎えたその日の議長が時計を一瞥して問う。
「はい、では私から」
 手を上げたのは、かつてラスナの補佐をしていたが、今や閣僚の一員となったカナフィ・サンドクリエルだった。黒いスーツに濃い青めのネクタイをきつく締めている。アクセサリーや化粧の類はしていない。
「では、サンドクリエルさん」
 満を持したかのように短い髪をかき上げゆっくりと立ち上がる。そして上座に座るラスナの目を見て語る。
「昨今、先日の裁判の判決を受け、反政府活動が活発化しつつあります。今回の選挙もかなり議席数を取られ、野党の勢いが増してきています。私たちは社会的正しさ、平等を重んじて、ここまでやってまいりました。ですが喫緊の課題として性暴力の増加及び、出生率の低下があります。そこで一つ提案があります」
 眼光鋭さを増し彼女はラスナを見据える。
「なんでしょう」ラスナは、その先を促す。
「これらにはルッキズムの影響が色濃いと思います。そこで私からの提案なのですが、国民に仮面と変声機装着の義務化はいかがでしょう」
 他の議員からざわめきが起こる。やりすぎだ、との声もいくつか上がった。
「お静かに。仮面と変声機をつけることにより見た目にとらわれず、男女差も曖昧になることで安全な生活を送れるようになるのです。外見による差別を抜本から改正できるのです。そして出生率の低下ですが、所得格差によって政府により成婚を促すというのはどうでしょう。これで貧困による格差、差別がなくなっていきます。もちろんこれ以上国民に抑圧を強いるのは野党が黙ってないでしょう。ですから他の活動家の意見も取り入れ、彼らの意見も通すのです」
 やりすぎだ、とラスナは心の中で頭を抱えた。だが彼女は表情を変えず、じっとカナフィの言葉を聞いていた。
 確かに私たちは社会的正しさや差別、自由を掲げ今までやってきた。だけどボーダーラインはどこかに引かなければいけない。このような意見が上がってくるのも覚悟はしていた。だけど。だけどだ。私は……、私はただ澄んだ、波も立たない世界を造ろうとしただけなのに……。
 
 もともと『政治的正しさ』の考え方は、マルクス・レーニン主義という思想体系の下に生まれた考え方だった。成功したかに見える民主主義に対し、廃れていったその考え方は、戦争のない平和な世の中でムクムクと湧出してきた。既存の考え方に新しいと思われる考え方を生み出すことで、学の伴っていない新しい支持者を獲得し、一つの勢力として獲得することが出来る。そのような人間が繰り返してきたことを新しい考え方としてアップデートしようという流れの中に彼らはいた。

「その案は保留にしましょう」
 ラスナはそう言い残して、会議は閉会となった。
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