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最悪の結末
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「ラスナ首相、本日は二十三件のデモの許可申請が上がってきているのですが」
新しくラスナの補佐となった女性が手元の資料を見ながら告げる。
「二十三件ですか、急に増えましたね」
先の報道で市民団体からの抗議は熱を増していた。各地の市民団体が手を組み、現政権へ反旗を掲げている。
「小規模な五件だけ申請許可を出してください」
「五件だけですか? 少なくないですか?」
「いいのです。あまり大規模なデモを増やすと暴動につながりかねません」
「かしこまりました。では次の案件ですが……」
政とガス抜きの割合は微妙である。ただでさえ魅力的なコンテンツが少ないこの国でのガス抜きと言えば、抗議行動が最たるものだった。後は酒や薬など忘我を起こす嗜好品や刺激などが社会的ストレスを発散させることのできる方法だった。
シェズ・ベルリアは事件以来引き籠るようになってしまった。
事件から約一ヶ月半後、度々嘔吐するようになった。不審に思い、親に頼んで妊娠検査薬を買ってきてもらいテストしたところ陽性だった。
この国では、たとえレイプによるものだとしても人工妊娠中絶は禁止されている。中絶するにしても他国に行かねばならず、仮に他国で中絶して帰国すると、判例は無いものの罪に問われかねない。
悩んだ末に久しぶりに彼女は一階の家族が揃うキッチンに降りてきた。
「どうだったの、シェズ?」
妊娠検査薬を買ってきた母親が眉を落として問う。
「妊娠、してた……」
ソファーから立ち上がった母親が彼女に抱きついてきた。そして涙を流しながら何度も謝る。
お母さんは悪くないなのに……。
隣に座って裁判の書類に目を通していた父親も険しい顔をなお一層強める。
「……ねぇ、外国に移住できないの? あんな男の子供、産みたくない……」
書類を見たまま父親は彼女に向き、無情にも聞こえる低い声で伝える。
「うちの会社は従業員を五十人ほど抱えているんだ。彼らを放って余所の国に行くことなんかできない。私と母さんがいないと今の会社は回らないんだ。シェズ、お前だけでも海外に移住することを考えてみないか? 費用ならもちろん出す」
その言葉を聞いたシェズは、下唇を噛みしめ拳を握ったものの、すぐに脱力する。
「そう……、ちょっと考えてみる。ありがとう、お父さんお母さん」
母親が手を離したすきに、シェズは踵を返し自室に戻っていった。
私一人、知人もいない海外で、これから生活していけるわけがない。
階段の手摺を使い登っていくシェズは思う。
自由だと思っていたのに、こんなにも鎖に縛られていたなんて……。
数日経った夜、その日は雨滴が闇に響いていた。陰鬱な夜がシェズの心をさらに深い所へと引き込む。
数日考えたが、やはり行きつく先は一つに落ちていく。
デスクスタンドの光だけが部屋を広げる中、彼女は立ち上がり、クローゼットの中のお気に入りのワンピースのベルトを外しそれを輪にする。机の椅子を持ってきて、カーテンレールのビスで止めてある力がかかっても一番外れなさそうな場所に、それをかけた。彼女は椅子に乗ったまま首に輪を回し椅子を蹴った。
遺書は書けなかった。これ以上残すものは何も無かった。
新しくラスナの補佐となった女性が手元の資料を見ながら告げる。
「二十三件ですか、急に増えましたね」
先の報道で市民団体からの抗議は熱を増していた。各地の市民団体が手を組み、現政権へ反旗を掲げている。
「小規模な五件だけ申請許可を出してください」
「五件だけですか? 少なくないですか?」
「いいのです。あまり大規模なデモを増やすと暴動につながりかねません」
「かしこまりました。では次の案件ですが……」
政とガス抜きの割合は微妙である。ただでさえ魅力的なコンテンツが少ないこの国でのガス抜きと言えば、抗議行動が最たるものだった。後は酒や薬など忘我を起こす嗜好品や刺激などが社会的ストレスを発散させることのできる方法だった。
シェズ・ベルリアは事件以来引き籠るようになってしまった。
事件から約一ヶ月半後、度々嘔吐するようになった。不審に思い、親に頼んで妊娠検査薬を買ってきてもらいテストしたところ陽性だった。
この国では、たとえレイプによるものだとしても人工妊娠中絶は禁止されている。中絶するにしても他国に行かねばならず、仮に他国で中絶して帰国すると、判例は無いものの罪に問われかねない。
悩んだ末に久しぶりに彼女は一階の家族が揃うキッチンに降りてきた。
「どうだったの、シェズ?」
妊娠検査薬を買ってきた母親が眉を落として問う。
「妊娠、してた……」
ソファーから立ち上がった母親が彼女に抱きついてきた。そして涙を流しながら何度も謝る。
お母さんは悪くないなのに……。
隣に座って裁判の書類に目を通していた父親も険しい顔をなお一層強める。
「……ねぇ、外国に移住できないの? あんな男の子供、産みたくない……」
書類を見たまま父親は彼女に向き、無情にも聞こえる低い声で伝える。
「うちの会社は従業員を五十人ほど抱えているんだ。彼らを放って余所の国に行くことなんかできない。私と母さんがいないと今の会社は回らないんだ。シェズ、お前だけでも海外に移住することを考えてみないか? 費用ならもちろん出す」
その言葉を聞いたシェズは、下唇を噛みしめ拳を握ったものの、すぐに脱力する。
「そう……、ちょっと考えてみる。ありがとう、お父さんお母さん」
母親が手を離したすきに、シェズは踵を返し自室に戻っていった。
私一人、知人もいない海外で、これから生活していけるわけがない。
階段の手摺を使い登っていくシェズは思う。
自由だと思っていたのに、こんなにも鎖に縛られていたなんて……。
数日経った夜、その日は雨滴が闇に響いていた。陰鬱な夜がシェズの心をさらに深い所へと引き込む。
数日考えたが、やはり行きつく先は一つに落ちていく。
デスクスタンドの光だけが部屋を広げる中、彼女は立ち上がり、クローゼットの中のお気に入りのワンピースのベルトを外しそれを輪にする。机の椅子を持ってきて、カーテンレールのビスで止めてある力がかかっても一番外れなさそうな場所に、それをかけた。彼女は椅子に乗ったまま首に輪を回し椅子を蹴った。
遺書は書けなかった。これ以上残すものは何も無かった。
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