魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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慟哭

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 ベリザスタ42へと向かう旭の微笑みが、リータの幼い頃の記憶を思い出させた。
「リータ、父さんは行ってくる。母さんと一緒に大人しく待っているんだぞ」
 そう言って前王はリータの頭をなでる。
 遠征の前に何時も見つめてくれる、憂いを含んだ優しい瞳。
 何時もは見せないその微笑みは、リータの原初の記憶に刻まれていた。
 そして、ある日、戦争の終結と共に父が亡くなったことも。
 その記憶は彼女の中で封印されていた。
 だが旭が見せた、微笑みが彼女の原初の記憶を噴出させた。
 彼女は決断する前に駆けていた。
 そして、彼の手を両手で握った。

「ばっ……!!」
 馬鹿な……、何しているんだリータ……。
 エルザへの指示の途中に手を掴んできたリータに、旭は驚きの表情を見せた。
 直後、旭は転送の衝撃を身体に感じた。
 転送先は全面乳白色の壁に囲まれた、広大な立方体の部屋だった。壁が発光しているのか全体が見渡せる。ただあまりに広大すぎて距離感が掴みづらい。何のための部屋かという想像はすぐには出来なかった。
 だが旭には、それを確認する暇も無い。今度は自分たちが脱出しなくてはいけない。すばやく立方体を床に置く。
 その立方体は既に辺だけ黒枠を残し、面の部分には反物質の、背筋も凍るような塊が蠢く。そして一部分が枠外に出て今まさに大気に触れようとしていた。黒枠が白く変色しだす。
 リータが、いようがいまいが結局、エルザへの指示は間に合わなかった。
 指示を出す前に、旭たちは凄烈な白光に包まれた。

 山代、エディアが呆然としている中、エリアナも入ってきた。
 それに気づいたエディアが、エルザに問う。
「エルザ! アキラはどこなの!? アキラを呼び出してよ!」
 エディアの問いにエルザは冷徹に返す。
「アキラ・トウジョウはべリザスタ42にいます。転送先は反物質による対消滅のため、出入りは出来ません」
「……そんな、そんな! アキラを返してよ!!」
 エディアはその場に崩れ落ち、座り込んだ。対消滅の言葉が重く圧し掛かって力なく崩れた。自鳴琴に、なみなみと溜まった反物質の量が絶対的な死を意味している。茫然と眼前の虚空を見つめていた。
 山代は頭を抱えて、膝まづいた。
 そんな、教え子が身代わりになったなんて……。
 彼は自分が主導権を握って行動すべきだった、と後悔で満たされていた。
 その様子を怪訝に思ったエリアナが山代に聞いた。
「アキラ様はどうなされたのですか!?」
 山代は言葉が見つからないのか、何も言わず、ただ首だけを振った。
 ペタンと床に力なく座るエディアの焦点が合ってない瞳に涙が溜まりだし、それが一条の線となって零れ落ちた。だが、彼女はそれを手の甲でぐいっと拭い、自分の足を叩いて何とか立ち上がり、腰に佩いていた細剣をすらりと抜いた。
 ただならぬエディアの殺気に、エリアナは後ずさりした。彼女が涙声で言う。
「エルザ……、外に出して」
 ラグラニアの外に出たエディアは、剣を手にジェリコ目がけて大股で近付いた。
「許さない……」
 エディアの口から漏れる。
 ラムザとログゼットがジェリコを見おろしていたが、剣を持って近付くエディアの剣幕に彼は思わず道を開ける。
 溢れる涙を何度も拭いながら、エディアはジェリコに剣を突き立てるように握って構えた。
「あんた、……パパだけでなく、アキラまで! 許さない……、絶対に許さない! もうアキラの優しい声が聞けないだなんて……、アキラの心地よい温もりと匂いを……味わえないなんて! なんで私から大切なものばかり奪うのよ! 死をもって償いなさい!!」
 猛るエディアの持つ剣が、項垂れるジェリコの首筋に向って振り下ろされた。
「父さん……」
 ジェリコの口から漏れる言葉を、彼女は確かに聞き取った。
 ジェリコの延髄を狙ったエディアの剣は、結局彼に届かなかった。
 エディアの細剣はジェリコを外れ、ギンと鈍い音を立てて絨毯を貫き床を毀つ。憎しみを解き放つように、全力以上の力を込めて突いた剣は硬い床に突き立った。
 その剣から手を離したエディアは、ひざまずき涕泣を続けるジェリコのボディースーツの襟首を両手で掴んだ。
「なんで? なんであなたは人が殺せるの!? 私はあなたを殺したいほど憎いわ! でも怖くて殺せない! それにあなたにはまだママがいるんでしょ!? 全く関係ないその人が悲しむもの! それを考えると、とてもじゃないけど人なんて殺せないわ!!」
 ジェリコは嗚咽を漏らしながら語り始める。
「すまない……。俺が、父さんの遺志を見誤ったばっかりに、北野教授にまで手をかけてしまって……。そして、数多くのこの街の人々を殺害して……。俺って……、俺って一体何のために今まで生きてきたんだ……、父さんの想いを無駄にするような、こんな……」
「人間として罪を贖いなさい! ……だけど私は絶対あなたを許さない! アキラは……、もう、戻って……、来ない……」
 耐え切れず天を仰ぎ慟哭を始めたエディアの声が部屋に響き渡る。
 旭を失った悲しみが心の中心をぎゅっと握り締め、行き場を失った気持ちが涙となって瞳からとめどなく流れた。
 山代と共にラグラニアから出てきたエリアナは、山代から事情を聞いた。慟哭するエディア見ると、そっと彼女に近付き抱き締める。そして彼女の背中を摩りながら、落ち着くのを待った。
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