魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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継ぐ者

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 ジェリコはラステア城の床に跪いていた。
「父さん……、父さんはみんなのことを考えて亜空間に飛び込んだのか……」
 現実世界のジェリコの青い瞳からも滔々と涙がこぼれていた。その涙は重力にひかれて彼の手の甲に落ちていく。
 その十三万年前の親子の四時間に亘る交信を一瞬で見て、憑き物が落ちたかのような感泣をジェリコは流す。追撃しようとしていたエディアと旭の手も止まり、怪訝な表情で立ちすくんでいた。

 山代が見たジェリコは、膝と両手を付いて啼泣する姿だった。山代は近づきジェリコの肩に手をかけた。
 エディアは旭に問う。
「どうしたの?」
 旭は小さく頭を振った。うずくまるジェリコは黒い球を抱き締めながら嗚咽を漏らしていた。
 一時は悪手だと思ったが杞憂に終わったようだ。そう考えながら、ふとジェリコに眼を落とすと、山代の目が行ったのが彼の左手から落ちた立方体だった。
「反物質だ!」
 指をさしながら山代は叫んだ。自鳴琴の中の反物質は、容器の半分近くまで膨れ上がっていた。
 山代はジェリコの肩を揺らし、「コランダム、反物質の精製を止めろ!!」と叫ぶも、彼は子供のように泣いているだけだった。
「どうしたの? アキラ」
「反物質だ!!」
「反物質!?」
 旭は山代と同じ言葉を発した。山代は慌ててその立方体に駆け寄る。
「もうすでに相当なサイズになっているぞ! 止められないのか!?」
「分かりません! 精製速度が速すぎます! ジェリコ!!」
 その左手の立方体の中にある反物質はさらに膨らみを増し、容器の体積に対し7割ほどになろうとしていた。山代はジェリコの肩を揺すってコントロールするように急かすも、彼は反応しない。ゆっくりと黒い立方体を奪った旭は、「起動せよ」とか「停止せよ!」など言ったが、全く反応しなかった。使用者権限がジェリコの生体信号にしか働かなかった。
 べっとりと不快な焦りが旭たち三人に纏わり付く。
 万が一精製が止まらず、やむなく対消滅させられる場所――。
「ラグラニアだ!!」
 旭は声を上げて叫んだ。
「東城君、私に任せなさい! 生徒を危険な目に合わせるわけにはいかん!」
 そう言って旭の手から立方体を奪おうとしていた山代を、旭は片手で突き飛ばした。
「な、何を! 東城君!」
「すいません教授、俺に考えがあります」
「アキラ、何する気!?」
 極力振動を立てずにその立方体を右手に持ち、ラグラニアに向ってゆっくり進み、白斑に指を触れる。
 意識の辺縁にエディアと山代の声がするが、旭はあまりに集中していたため何を言っているのかが分からない。もうすでに慣れた軽い衝撃とともに、旭はラグラニアの中に入った。
「お帰りなさい」と言うエルザの声が響く。
「アキラ様?」
 ラグラニアに避難していたリータが、引きつった表情の旭を不思議な面持ちで見る。
「アキラ!」
「東城君! ここは私に任せるんだ!」
 突如二人がラグラニアに乗り込んできた。
「アキラ様、それはなんですか?」
「爆弾みたいなものなんだ!! 3人を巻き込むわけにはいかない! だから早くここを出てくれ!」
 旭は自鳴琴を見る。まだ余裕がありそうだと感じた。
「そうだ、エルザ……」
 それを聴いたリータは、落ち着いた声で言う。
「アキラ様、ラステア城の堅牢さを甘く見ないで頂きたい――」
「そんな原始的なものじゃないんだ、こんな城など意味が無い、一瞬で消えて無くなる。恐らくは、この国どころか、この星の4分の1が消失してしまう! そうなるとトリオン自体が不能になってしまう!」
 自分の城を「こんな城」などと言われてリータは一瞬、むっ、とした顔を見せたが、その威力を聞いてすぐに戦慄し始めた。
 だがリータは引く気配がない。
「みんな、いいから早く出ろ! いや……」
 恐怖を払拭しながら集中して考える。ここで爆発すると、そこの黒い筐体が壊れて皆が地球に戻れなくなる可能性がある。旭は自鳴琴の様子を確認して思考を巡らせた。
 ――自分で自分に誓ったんだ、みんなを地球に帰すと。そして母さんと3人でミートドリアを食べに行くと。それに山代教授にも家族がいる。この星も多くの人類が定住している。ここの構造を少しだけ詳しく知っている俺が出来る最善の方法を。父さんのときのように、残された人が悲しむようではだめだ。自分も無事に残らなくてはいけない、その最善の方法を――
 恐怖と、北野から譲り受けた信念が混在する頭で、エルザに問う。
「エルザ、俺の右手の立方体を、どこかの空間に転送できるか!?」
「物質のみの転送はできません」
「俺が転送可能な場所は何ヶ所ある?」
「4ヶ所です」
「その中で航行に影響がない空間はどれだ!?」
「ベリザスタ42が最適です」
「東城君、ここは大人に任せるんだ!」
「アキラ、反物質持ってどこに行くのよ!」
「アキラ様! 何を考えてらっしゃるのか察しは付いています!! 御一人では行かせません!!」
 右手の立方体を見ると、総体積に対してもう九割以上溜まっている。
 おそらく枠からはみ出ると連鎖的に対消滅を起こすだろう――。
 リータの言葉に微笑みを投げかけ、彼は慎重に告げた。
「エルザ、俺の手の中にあるものと、俺をベリザスタ42に転送してくれ!」
 旭がそう言い終わる前に別の手が彼の手を包み込んできた。
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