魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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 ログゼットの左腕は折れて力なくぶら下がったままだ。今は右手の剣だけで戦っている。
 アベルディは途中で近衛兵から奪った剣で、ログゼットと剣戟を繰り返していた。近衛兵もアベルディにより絶命している。アベルディが神具を駆使している以上、勝敗は傍の目から見ても明らかだった。
 山代も何度かアベルディの神具のメカニズムを調べるために、背後から彼に物を投げ付けたのだが、自動的に行われるその反射は、計算された正確なものではなかった。それに向こうから衝撃波を放たないことに違和感がある。
 ひょっとして――。
「やはり、10年の歳月は、俺の、身体を、鈍らせてしまったようだ……」
「鈍っているのではなくて、神具が超越しているのです。あなたの言葉は、全盛期なら勝てるという言い訳にしか聞こえませんが」
 アベルディは剣をログゼットに向ける。最初ログゼットはアベルディからの攻撃をあしらっていたのだが、徐々に当たり始めている。ログゼットのダメージと疲労が少しずつ身体の反射を鈍らせていた。
 ログゼットは震える足に活を入れ、身体を斜にし、全霊を気迫と共に剣に込めアベルディに突きを繰り出した。対するアベルディは気を良くしたのか、緩慢に突きを繰り出す。
 だがそこに山代が割り込んだ。
「ヤマシロ様!」
 エリアナの悲鳴のような声が響き渡る。
 そのような中、ログゼットの刃が山代の背中を、アベルディの刃が胸を突いた。
 だが、ボディースーツのおかげで刃は山代を貫かなかった。身体を捻りながら受けた剣は、彼のボディスーツの表面を走って中空で止まる。
「あいてて」と言いながら、山代はゆっくりとアベルディへと足を進めた。
「なっ……!!」
 一見、軽装なのに刃を通さない山代に、ログゼットは瞠目していた。
 慌てて飛び退き、再び剣を構えるアベルディに山代はゆっくりと近付く。
「私とやる気か!? いくら神祖の民とは言えど、神具を持ってないと私の攻撃を……」
 山代は完全にアベルディの衝撃波の間合いに入っていた。だが衝撃波が発生することなく、アベルディは懐に彼の侵入を許す。
「えっ、あっ、おい!!」
 慌てるアベルディの右手を山代はゆっくり掴んで、神具を奪い取った。
「神具を持ってないと何だって?」
 突然の展開にアベルディがついていけないようだった。
「このリングはボディースーツと一緒だ。一定の衝撃は反射するが、ゆっくりとした動きは通す」
 そう言って山代は、そのリングをポケットに入れる。彼はログゼットに目配せすると、満身創痍のログゼットはゆっくりと山代の肩を押しやり、アベルディへと向う。
 神具を失ったアベルディは、血相を変えてリータの部屋の奥の扉から逃げだした。
 ログゼットは足を引き摺りながら、山代に黙礼してアベルディを追ってく。
 白煙が晴れてきた中、山代は慌てて旭たち三人を見遣った。

 ログゼットはベランダに通じる通路で片膝をついた。
「くそっ、……ここまでか」
 その時、彼の脇にエリアナが潜りこんだ。
「ログゼット様、どうか、どうか祖父の仇をとって下さい」
 そう言って、エリアナは歯を食いしばって渾身の力を振り絞って、ログゼットを立ち上がらせた。
「すまない、ここでくたばる訳にはいかないな」
 ログゼットは最後の力を振り絞り、再び歩き出した。

 肩で息をするアベルディは、ベランダに追い込まれた。
 そこは行き止まりで、背後からはログゼットが追ってきているため、ここで迎え撃つしかなかった。やがてエリアナに支えられたログゼットが姿を現す。
「アベルディ・オルフェスタ、お前に弁明の余地は無い」
 気力を出してログゼットは吼えた。
「お前だと? 俺は外務長官の息子だぞ! 貴様のような傭兵上がりが、俺のことをお前などと失敬にも程があるぞ!」
「傭兵上がり、か。最初からそのような目で俺を見てたんだな。まあ、どうでもいい。抵抗するならそれなりに痛い目に遭うぞ。お仕置きでは済まさない」
「……満身創痍で何を言っている!」
 そうは言っても、アベルディも追い込まれていた。相手はかつての大将軍だ。本来ならば絶対に勝てる相手ではない。だが相手の様子からあと一撃がいいところだろうとアベルディは読んだ。
 アベルディは正眼に構えて、自ら鼓舞するように言う。
「希代の大将軍をこの手で葬るなんて、いい示威になる! ここで勝って俺は再び神具を手に入れる!」
「子供が剣を持ったところで脅威でもなんでもない。だが限界が近いため、手加減は出来んぞ!」
 ログゼットはエリアナから離れ、自分の足でアベルディへと近づく。その剣の剣尖はアベルディの顔に向けられる。そして身体は真横を向くが、はちきれんばかりの胸板が無言で威圧する。2m近くのログゼットの威容は、現役を退いているとはいえ、唾を飲み込む隙すら与えない。じりじりと間合いを詰めてくる。
 神具がない不安感からか、少しずつ下がり始めたアベルディは、やがてベランダの手すりに阻まれた。
 とりあえず当てれば決まる。そう考えたアベルディは正眼の構えのまま裂帛の声と共に突きを放った。
 だがその渾身の一撃は、ログゼットにやすやすとかわされた。
 ログゼットは、アベルディの突きの側面に刃を滑らせて彼の突きの軌道を逸らす。加速され弾かれた刀は軌道を変え、アベルディの顔の薄皮を縦に裂き、左手首を切り落とした。
「ぐああっっ!!」
 痛みは一瞬だった。左手先が欠損したショックに剣を落としてしまう。彼の剣は純白の化粧石が敷き詰められたベランダに金属音を放って落ち、化粧石は鮮血で染まる。左手首を思わず絞っても血は止め処なく溢れ出る。
「あ、ああ……!!」
 アベルディは白いベランダに赤い血をぶち撒きながら悶え苦しむ。そして背後の低い手すりに身を預けてしまい、ログゼットが慌てて掴もうとするも間に合わず、30m下に落下していった。


「ソニア、すまない。5年でこの星が回復するのは嘘なんだ」
「ええ、……何となく分かっていたわ。あなたが嘘をつく時、私の目を見ないから」
「そうか、すまなかった。トリオンの復興のために、私はどうしても残らなくてはいけなかったんだ。他の地下シェルター組と合流して、トリオンに残った民を助けたいのだが、私の判断が遅かったため機材が足りない」
「でも可能性はあるんでしょ?」
「ああ、足掻いてみせる。優秀なロッソとハイデオもいるからな。何とかなるのではないかと思っている。ところでアグニスは元気か?」
「あなたったら、まだ出発して5分も経ってないわよ」
「あっ、そっか。ついな」

 1人の男がジェリコに語りかけてくる。だが答えるのは彼を挟んで立つ、赤子を抱く女性だった。
 なんだ、ここは――。
 ジェリコの意識は白い空間に存在していた。眼前の男は僅かながら、うっすら光を放っている。そんな彼らに自分が鮮明に覚えている頃の父と同じぐらいの歳の男がなおも語りかけてきた。

「半年振りだね……。2人とも元気か?」
「ごめんなさい、あなた。本当はもっと通話していたいのだけど、順番待ちなの。ところで体調はどう?」
「全然大丈夫だ。三ヶ月前に地上は炎に覆われて、このかたずっとシェルターの中だから本物の日光を浴びたいとは思うけどな」
「そう……。じゃあ新しい星に着いたら、そこの恒星の映像も送るわね。オペレーターとエルザが11光年ほど先にある、水の豊富な星を見つけたのよ。空気の成分もトリオンに似ているんですって!」
「ああ、新しい星の映像と、君とアグニスの映像も一緒に送ってくれ。楽しみにしている」
「あっ、もう時間! 今度は20分後になるわ」
「20分……。1年ぐらいか。身体に気をつけて」
「私にはたった20分よ。気をつけて、ってのは私のセリフなんだから。あなたも身体に気をつけて……」
「……ありがとう」
 ジェリコは何か思うことがあるのか、トラムとソニアの会話に聞き入っていた。

「君はいつまでも若々しくて美しい。会うたびに年を取っていく自分が恥ずかしくなるよ」
「そんなことないわ。人には良い歳のとり方っていうのがあるわ。あなたは良いとり方をしていると思う。
 それに1500人ものトリオン人の命を助けてくれたのよ! あなたのおかげで私たち人類は絶滅することなく、この宇宙で根付くことが出来るのよ。あなたがトリオン人復興に心血注いでいるように、私もアグニスと2人で生き抜いてみせるから」
「ソニア……。その新しい星に着いたら、新しい旦那を――」
「トラム、それ以上言ったら私、怒るわよ!」
 女性の声が男性の声を途中で遮る。
「……ソニア、実はロッソが5年前に自殺してな。シェルターでの生活に耐えられなかったんだろう。今はハイデオと2人で作業している。私がもうちょっと早くこの計画を進めていれば、ロッソも犠牲にならなくて済んだはずなのに……、申し訳ないことをした。彼の埋葬は済ませ弔った。だが作業効率が極端に悪くなってしまった。このままではシェルター組は根絶やしになるかもしれない」
「そんな……、ロッソ副所長が……」
「このことはラグラニアに搭乗している皆には言わないように。ロッソと交信していた人にも口止めしているんだ。出来るだけ他の人がこの呵責に苛まれないように」
「わ、分かったわ。でもあなた、諦めてはだめよ。そして自分のやったことを悔いてはだめ。あなたは私たちの誇りなのよ!」
「ありがとう、ソニア」

 自殺。他の人の呵責。それらの言葉がジェリコの心を溶かし始める。
 未知なる科学に対する羨望と渇望は、ジェリコの父、大熊隼人の人生を半分自殺のような形でその幕を閉じさせた。
 それを助けられなかった北野が永年苛み続けていると北野のLOTに綴られてあったが、彼は一読しただけだった。11年も費やした無駄な労苦の矛で、妄想の仇敵を刺殺してしまったという現実から目を背けているだけでしかなかった。
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