魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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惨禍

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 ジェリコはラステアから遠く離れた街のはずれを、ボディースーツのままで歩いていた。右手にアイボリーブレード、左手に自鳴琴を持つジェリコを、街の人々は距離を置き、彼の一挙一動を注視していた。
 博物館の近くで出会った人物から、この街の情勢など聞いていた。彼とジェリコの利害は一致し、今は自鳴琴のテストをしていた。
 そろそろ人が集まってきたな……、と頃合を見計らってジェリコは左手の黒い立方体を掲げる。その立方体は素粒子単位で物質の組み換えを開始し、漆黒の空間に目に見えないほどの極小の粒が透けて浮き上がった。そして発射を命じると、それを渦巻くように制御磁場を生み出す球形のカプセルが自動装着される。
 ジェリコは人の目に追えるスピードにあえて設定した。立方体を掲げたジェリコに、市民を護衛する官憲が細剣を構える。その様子に釣られて散った者は幸いだったが、固唾を飲んで見続ける市民もいる。その市民に構うことなく、ジェリコはピンポン玉程度の光球を飛ばした。
 ささやかな投音を放ちながら300mほど飛んだその光球は、通りに立ち並ぶ民家の2階部分に当たり、それを包む周囲のカプセルが割れたと同時に、沈みつつある恒星の光以上の熾烈な煌きを放った。その神の怒りの如き獰猛な白光は、直径150mほどを一瞬で消失させた。物質が一瞬で消え、白光の中心に向かって強烈な風が巻き起こる。その風に髪を揺らすジェリコは、口角を上げて見ていた。
 その様子を見た民衆は、驚愕のあまり壊走兵のように逃げ出すもの、地面に平伏してジェリコの怒りが静まるよう請うもの、その平伏した民衆に蹴つまずいて転倒し、さらにその上に人が倒れ、ドミノ倒しになって街は騒然となった。
 その騒乱の様子を見て、ジェリコは高らかに哂う。そしてLOTの拡声器を通じて、わざと生かした市民にこう宣ずる。
「我は天より下りしエフェロン!! 人間よ、心に我が名を刻み、恐れ崇めよ!!」
 だか彼にとって先ほどの衝撃は想像よりも強かった。
「凄まじい力だ。やはり私は科学に愛されている。だが、まだ制御が難しいな」
 実験の結果に満足していないようにジェリコは呟く。
 その時、勇猛な2人の黒服の官憲が細剣を構えて突っ込んできた。
「学習能力が無いな。こんな低俗な民の神になったところで俺は……」
 冷淡な笑みを見せたジェリコは、黒い立方体に先程よりもさらに小さな物質を精製し、同時に斜に避けながら、一人の官憲が突き出す細剣に右手のブレードを当てた。
 細剣は、スルッと羊羹でも切るかのように中央付近で二つに切れ、そして返しに振り下ろすブレードが官憲の脳天から左脇腹まで音もなく切り落とした。
 同時に左手に持つ立方体からは、今度は拳銃の弾丸ほどの速度で白球が飛び出し、もう一人の官憲に直撃して彼の上半身が消え飛んだ。腰から下だけになった官憲の切り口から、血が噴水のように噴出し、ジェリコのボディースーツの裾にかかる。
 表情も変えずにジェリコは斬殺された官憲の遺体から、血に染まってない部分の服をブレードで切り裂き、その布でボディースーツについた返り血を丁寧に拭いた。
 宗教団体「降臨の日」による、幼少の頃からの徒手空拳、ナイフ術がここで役に立っていた。
 その作業的なジェリコの動きに対し、民衆は恐怖に慄き身動きがとれないものや、出来るだけ遠くに逃げようと駆け出すもので、夕暮れの街は混乱を極めた。
「人間など、虫けら以下のカビのようなものだ、あまりにも脆い……」
 そして彼は左手に持つ黒い立方体から白い弾丸を放ちながら、夕暮れの街をさらなる惨禍に陥れた。

 その夜、アベルディは再びログゼットが控えている執務室の扉を叩いた。
「どうぞ」ログゼットの低い声が扉の向こうから響く。彼の部屋に待機していた従者は不在だった。
 アベルディは声もかけずに扉を開いた。そして挨拶も無しにログゼットに詰め寄る。
「ログゼット殿! 夕刻、マレス街でエフェロンを名乗る奇異な服装の男が、街人や官憲を無差別に殺害して姿を消したとの情報が入っていると思いますが!」
 ログゼットは顎を摩りながら言う。
「確かに別の管轄からそういう報告書は入っていますが、エフェロンなんてバカバカしい。恐らく過激派の仕業でしょう」
「ですが、今日揺籃から出てきて保護されている3人と、服装が類似していると官憲から聞きました。一度その3人も取り調べしたほうがいいのではないのですか?」
「いや、彼らはリータ様の賓客のはずですが」
「もしかしたら、リータ様を懐柔してラステア城を占拠し、ラステアの街を乗っ取る計画かも知れません。一度取調べを行うべきです!」
 しばらく腕を組み瞑目していたログゼットは、数分考えた後、答えた。
「確かに報告書には、彼らと同じようにピッタリとした衣服だった、と書いてありましたが……。では明日の朝、ラステア城にて事情聴取しましょう」
「明日の朝ですか。私も父に報告しなければいけないので、一緒に伺います」
 そう言って一礼し、アベルディは親指の爪を噛みながら、ログゼットの執務室を後にした。

 夜になり、リータは独り、旭の眠る部屋の見える角まで来ていた。
 神祖の民であるアキラ様と子を成すことは不可能かもしれない。でも、自分が身も心も捧げられる人はアキラ様以外に考えられない……。
 唇を強く噛みしめ、覚悟と共に一歩、足を踏み出そうとした時だった。反対側の部屋からエディアが枕を持って飛び出し、辺りを伺って旭の部屋にノックもせずに入っていった。何か二人の話し声がする。それを見たリータは、そのまま床に崩れ落ちた。
 私が入る隙間などない……。
 そう確信してしまったリータは口元を押さえ、涙を流して蹲ってしまった。
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