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相反
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「えっ、リータは、この国の王女なんだろ? 国民を置いていってはまずいだろ」
リータは悲しげに顔を伏した。いつだったか、子供の頃、旭に見せた物悲しげな表情だった。
「いえ、今では私はこの国の象徴でしかありません。一部の国民は私を毎日崇めに来てますが、私はたまたまこの地位に生れただけであって、私はいなくてもラステアは回るのです。それなのに、私の意思や自由が、蔑ろにされているのが我慢ならないのです」
リータは少し間を置いた。言葉を選んでいるかのようだった。
「12年前、私が物心がついた頃、革命が起きました。封建制度から民主制度へと政治形態が移行したのです。ラステア王朝の凋落と商人や軍の台頭が重なり、他国との折衝のため、国民の選挙により選出された議員がこの国を動かすようになったのです。私はこの国の象徴と言えば聞こえがいいのですが、王族としての地位をただ利用されている単なる飾りにすぎないのです」
「リータ……」
「私は自分の足で、自分の人生を歩みたいのです。政治の駒になるぐらいなら、アキラ様の国に亡命したいのです。今のラステアよりも進んだ国の民は、どのような生活をしているのか、この目で、この肌で確かめたいのです」
リータはラステアの王族だ。だが、それ以前に1人の人間としての尊厳があって然るべきなのだ。リータが望むなら連れて帰りたい。ただやはり色々と制約があるだろうと旭は小さく頷きながら話を聞いていた。
「リータの家族は?」
「今は母が健在です。父上亡き今、母上は女王に即位してまして、各国の要人を相手に太牢の滋味に興じてます。私には、この国の外務長官の子息を婚約者として宛がうだけで、私の気持ちなど微塵も考えていません」
しばらく考えた旭は、その考えを口に出した。
「俺たちの住んでいる世界は、リータが思っているほど完璧でもないんだよ。医療の発達で人口は160億人を超えている」
「ひゃっ、160億人!!」
「地球上の天然資源は掘り返され、多くの地域では宗教紛争や人口爆発による土地問題、環境破壊で紛争や戦争が絶えない。先進国の平均寿命が150歳を超えようとしているんだ。そしてかつて発展途上国だった国が発展し爆発的に人口が増えた」
「えっ、150歳!! そ……、そんなに生きたらさぞかし幸せでしょうね!」
「そう思うかい? でも100歳を越えたぐらいから……、満足に身体も動かせなくなるし、頭の回転も極端に鈍くなる。それを改善しようという研究も進んでいるが、それで無理やり自分を弄って生きていくのが幸せだと思うかい? それに生活水準が改善できない程の苦しい環境に生まれたとき、それを150年も続けることが、本当に幸せだと思う? それでもリータはそんな俺たちの世界に住みたいと思うのかい?」
いつの間にか旭は今までの自分を否定するような――、科学を否定するような言葉をリータに投げかけていた。エディアと山代は黙って聞いている。
科学はたしかに様々な欲によって向上してきた。
空を飛びたいという欲。
生活を楽にしたいという欲。
死から逃れたいという欲。
戦争で効率的に敵を殲滅させ屈服させたいという欲。
この宇宙の真理を追究したいという欲――。
その欲の業を父さんは知っていて、神とやらが定められた死を受け入れたのではないかと、リータに説明しながら旭は朧に分かってきた気がした。
「リータの意思は尊重したい。ただ俺たちの住んでいる世界はそんな素晴らしい世界ではない、ということを知って欲しい。まだ時間はあるから」
リータは言葉を発さず、緑色の双眸はジッと旭を見つめたまま頷いた。
「一旦地球に戻って、装備を整えて来ますか?」
リータの城の一隅、10人ほど座れそうな円卓で食事をしながら、旭たちは話し合っていた。用意された昼餐は、昨日から博物館で出されていたものとは比べ物にならないほど彩り美しく、量も相当なものがあったのだが、味気なさは変わらない。この味がこの国の食の基本だった。
この星のどこかに、日本の科学技術を凌駕する国があるのだろうか? だがリータの様子から鑑みるに、そのような国があるような感じではない……。
「ミートソースが食べたいわ……」
そのような事を考えている旭の隣で、エディアが呟く。
潰したスプーンのようなもので、それらを口に運ぶ旭の顔を、右隣に座るリータが意味深長に見ていた。その視線は、おそらく料理のことを暗に問うているのだろうと旭は思い、作り笑いでうんうん頷いていたらリータは顔を綻ばせていた。だがふと左側に顔を遣ると、エディアが何か得体の知れないものを、もさもさ食べながら目を細めて旭を睨んでいる。
そんな中、山代が答える。
「それが確実だろうけど、最悪の場合帰還するのに数年、いや数十年もかかる可能性もある。……だが、さっき一瞬でトリオンに到着したのは、亜空間を通過してきた可能性が高いな。地球の研究室で見たのは、確かにサブスペースゲートだった」
それにエディアが問う。
「ってことは、なぜ最初っから亜空間を使って地球に向わなかったのでしょうか?」
「ロックベリー、それは恐らく当時の科学技術でも亜空間内から任意の座標につなげることまでは出来なかったからだろう。亜空間内から博物館の揺籃の上に戻れるように設定は出来たが、その亜空間内から見ず知らずの地球にゲートを開けることが出来ない。トリオンと地球を亜空間で結ぶなら、必ず一度は自力で地球に辿りつかなくてはいけないのだろう」
その言葉に旭は口をはさむ。
「それに、この流動している宇宙で、過去の座標が機能していると言うことは、絶対座標でも相対座標でもない、時空を無視した座標の設定をしているみたいですね」
「何にしろ、そのラグラニアって乗り物の状態次第で、一瞬で地球に戻れる可能性もあるってことなのね」
エディアの言葉に山代は頷く。
「この博物館にあった黒い柱みたいな物体は、おそらく地球とトリオンを結ぶための座標だろう。ただ発見されるまでラグラニアは地球に留まったままだった。となると、宇宙航行でエネルギーを使い果たしたか、何らかの理由でトリオンに戻れなくなったと考えるべきだろう」
「だが今回のSSBEでラグラニアは充電され、ジェリコがラグラニアのコンソールを勝手にいじったことで、地球とトリオンの道が開いたと。そうなるとラグラニアが地球に留まった理由は前者だということですね」
「ああ、まだ空論の段階だけどね」
旭は手を止め、「じゃあ結局、ラグラニアの解析とジェリコ待ちですね」と呟いた。
ある程度、今後について話がまとまったところで、リータが植物のような謎の食べ物を、食器で突っつきながら、むくれた表情をしているのに気付いた。
「どうした? リータ」
「……いえ、アキラ様たちが使う言葉がほとんど分かりませんので、私、自信を失いかけているのですが」
本棚にあった本の数からリータはこの世界でも秀才の部類に入っている。だがこれだけ技術力が離れていると、理解出来ないのもしょうがない。
「分かったよリータ。あとで時間が出来たときに教えてあげるよ」
「本当ですか!?」
リータのかんばせが俄に花開く。
「アキラ様の説明は優しくて、私、大好きなんです!!」
そんなことを言われ、旭は思わず顔に熱がこもったが、左隣のエディアが昂然と立ち上がる。
「それなら私が教えるわ。リータ様とやらに! 女同士で教わったほうが安心でしょ!」
「いいえ、それは……」
エディアの剣幕に、リータは気圧された。
「け、結構です」
リータはそれ以上話に入らず顔を伏せ、目の前の食器に目を落とした。
リータは悲しげに顔を伏した。いつだったか、子供の頃、旭に見せた物悲しげな表情だった。
「いえ、今では私はこの国の象徴でしかありません。一部の国民は私を毎日崇めに来てますが、私はたまたまこの地位に生れただけであって、私はいなくてもラステアは回るのです。それなのに、私の意思や自由が、蔑ろにされているのが我慢ならないのです」
リータは少し間を置いた。言葉を選んでいるかのようだった。
「12年前、私が物心がついた頃、革命が起きました。封建制度から民主制度へと政治形態が移行したのです。ラステア王朝の凋落と商人や軍の台頭が重なり、他国との折衝のため、国民の選挙により選出された議員がこの国を動かすようになったのです。私はこの国の象徴と言えば聞こえがいいのですが、王族としての地位をただ利用されている単なる飾りにすぎないのです」
「リータ……」
「私は自分の足で、自分の人生を歩みたいのです。政治の駒になるぐらいなら、アキラ様の国に亡命したいのです。今のラステアよりも進んだ国の民は、どのような生活をしているのか、この目で、この肌で確かめたいのです」
リータはラステアの王族だ。だが、それ以前に1人の人間としての尊厳があって然るべきなのだ。リータが望むなら連れて帰りたい。ただやはり色々と制約があるだろうと旭は小さく頷きながら話を聞いていた。
「リータの家族は?」
「今は母が健在です。父上亡き今、母上は女王に即位してまして、各国の要人を相手に太牢の滋味に興じてます。私には、この国の外務長官の子息を婚約者として宛がうだけで、私の気持ちなど微塵も考えていません」
しばらく考えた旭は、その考えを口に出した。
「俺たちの住んでいる世界は、リータが思っているほど完璧でもないんだよ。医療の発達で人口は160億人を超えている」
「ひゃっ、160億人!!」
「地球上の天然資源は掘り返され、多くの地域では宗教紛争や人口爆発による土地問題、環境破壊で紛争や戦争が絶えない。先進国の平均寿命が150歳を超えようとしているんだ。そしてかつて発展途上国だった国が発展し爆発的に人口が増えた」
「えっ、150歳!! そ……、そんなに生きたらさぞかし幸せでしょうね!」
「そう思うかい? でも100歳を越えたぐらいから……、満足に身体も動かせなくなるし、頭の回転も極端に鈍くなる。それを改善しようという研究も進んでいるが、それで無理やり自分を弄って生きていくのが幸せだと思うかい? それに生活水準が改善できない程の苦しい環境に生まれたとき、それを150年も続けることが、本当に幸せだと思う? それでもリータはそんな俺たちの世界に住みたいと思うのかい?」
いつの間にか旭は今までの自分を否定するような――、科学を否定するような言葉をリータに投げかけていた。エディアと山代は黙って聞いている。
科学はたしかに様々な欲によって向上してきた。
空を飛びたいという欲。
生活を楽にしたいという欲。
死から逃れたいという欲。
戦争で効率的に敵を殲滅させ屈服させたいという欲。
この宇宙の真理を追究したいという欲――。
その欲の業を父さんは知っていて、神とやらが定められた死を受け入れたのではないかと、リータに説明しながら旭は朧に分かってきた気がした。
「リータの意思は尊重したい。ただ俺たちの住んでいる世界はそんな素晴らしい世界ではない、ということを知って欲しい。まだ時間はあるから」
リータは言葉を発さず、緑色の双眸はジッと旭を見つめたまま頷いた。
「一旦地球に戻って、装備を整えて来ますか?」
リータの城の一隅、10人ほど座れそうな円卓で食事をしながら、旭たちは話し合っていた。用意された昼餐は、昨日から博物館で出されていたものとは比べ物にならないほど彩り美しく、量も相当なものがあったのだが、味気なさは変わらない。この味がこの国の食の基本だった。
この星のどこかに、日本の科学技術を凌駕する国があるのだろうか? だがリータの様子から鑑みるに、そのような国があるような感じではない……。
「ミートソースが食べたいわ……」
そのような事を考えている旭の隣で、エディアが呟く。
潰したスプーンのようなもので、それらを口に運ぶ旭の顔を、右隣に座るリータが意味深長に見ていた。その視線は、おそらく料理のことを暗に問うているのだろうと旭は思い、作り笑いでうんうん頷いていたらリータは顔を綻ばせていた。だがふと左側に顔を遣ると、エディアが何か得体の知れないものを、もさもさ食べながら目を細めて旭を睨んでいる。
そんな中、山代が答える。
「それが確実だろうけど、最悪の場合帰還するのに数年、いや数十年もかかる可能性もある。……だが、さっき一瞬でトリオンに到着したのは、亜空間を通過してきた可能性が高いな。地球の研究室で見たのは、確かにサブスペースゲートだった」
それにエディアが問う。
「ってことは、なぜ最初っから亜空間を使って地球に向わなかったのでしょうか?」
「ロックベリー、それは恐らく当時の科学技術でも亜空間内から任意の座標につなげることまでは出来なかったからだろう。亜空間内から博物館の揺籃の上に戻れるように設定は出来たが、その亜空間内から見ず知らずの地球にゲートを開けることが出来ない。トリオンと地球を亜空間で結ぶなら、必ず一度は自力で地球に辿りつかなくてはいけないのだろう」
その言葉に旭は口をはさむ。
「それに、この流動している宇宙で、過去の座標が機能していると言うことは、絶対座標でも相対座標でもない、時空を無視した座標の設定をしているみたいですね」
「何にしろ、そのラグラニアって乗り物の状態次第で、一瞬で地球に戻れる可能性もあるってことなのね」
エディアの言葉に山代は頷く。
「この博物館にあった黒い柱みたいな物体は、おそらく地球とトリオンを結ぶための座標だろう。ただ発見されるまでラグラニアは地球に留まったままだった。となると、宇宙航行でエネルギーを使い果たしたか、何らかの理由でトリオンに戻れなくなったと考えるべきだろう」
「だが今回のSSBEでラグラニアは充電され、ジェリコがラグラニアのコンソールを勝手にいじったことで、地球とトリオンの道が開いたと。そうなるとラグラニアが地球に留まった理由は前者だということですね」
「ああ、まだ空論の段階だけどね」
旭は手を止め、「じゃあ結局、ラグラニアの解析とジェリコ待ちですね」と呟いた。
ある程度、今後について話がまとまったところで、リータが植物のような謎の食べ物を、食器で突っつきながら、むくれた表情をしているのに気付いた。
「どうした? リータ」
「……いえ、アキラ様たちが使う言葉がほとんど分かりませんので、私、自信を失いかけているのですが」
本棚にあった本の数からリータはこの世界でも秀才の部類に入っている。だがこれだけ技術力が離れていると、理解出来ないのもしょうがない。
「分かったよリータ。あとで時間が出来たときに教えてあげるよ」
「本当ですか!?」
リータのかんばせが俄に花開く。
「アキラ様の説明は優しくて、私、大好きなんです!!」
そんなことを言われ、旭は思わず顔に熱がこもったが、左隣のエディアが昂然と立ち上がる。
「それなら私が教えるわ。リータ様とやらに! 女同士で教わったほうが安心でしょ!」
「いいえ、それは……」
エディアの剣幕に、リータは気圧された。
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