魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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次の世界

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 悩み……。
「自分の研究の結末に結論が出せないまま死んでいく、ってことですか?」
「近い。だが自分の研究をやり遂げて死んだ科学者も少なからずいる。その悩みとは、この先、人類の科学技術がどこまで到達できるのか知らずに死んでいくことだ」
「自分の研究が通過点でしかないことですか?」
 北野は小さく頷き、「科学には、これで完璧、という終着点がないと私は思っている。
 アイザック・ニュートン、アルバート・アインシュタイン、ニールス・ボーア、アシンベル・カストニア……、彼らは既存の科学力を礎に『次の世界』を見たが、次の段がある程度厚みを増してくると、さらにもう一つ上に『次の世界』が見えてくる。今の科学は、探究と理論、証明とがAIや先人たちによって切り開かれ、理論の30%程が形になっているに過ぎない。俺らがやっているのは、一つ先の世界を垣間見て明文化したアシンベル・カストニアの功績を証明しているだけなんだ。アシンベル・カストニアのさらに上を見たいなら、最低でも彼が何を見たのかは知ってないといけない。その彼の遺志の証明を続けていると、天啓を受けたような感じで脳内を快感が満たす瞬間がある。それがあるから俺は科学者をやめられないんだ」
 旭は頷き、氷が溶けてグラスの底に溜まっている水を口に流し入れた。
「科学技術は人の寿命を伸ばし、文明を促進させ、人々の生活向上に寄与してきた。いまや先進国の平均寿命は150歳に達そうとしている。だが、あと500年後、1000年後の科学技術の行く末を知る術がない。1人で酒を飲んでいるときなど、たまに俺はそれが悔しくて心を掻き毟られる時がある。尽きない探究心は片思いの恋心に似ていると思うのだ」
「探究心、ですか。私のリータに対する気持ちは、探究心とごっちゃになっていると」
 北野は小さく頷いた。
「俺にはそう見えるな。ザンビアの調査報告を聞いていた君の目は、科学者特有の目だった」
 探究心。リータに写真を見せたい、会いたいと思うのは探究心なのだろうか。ただリータの反応を知りたいと思っているのは確かだ。それと探究心が区別できなくなっているのだろうか――。
「いらぬお世話かもしれんが……」
 北野は少し声量を落として続ける。
「私としては、ロックベリーが君を気に入っているならば、大切にしてやって欲しいと思うのだ」
「それはどういう――」
「ここだけの話……、特にロックベリーには絶対内密にしてもらいたいのだが、エディア・ロックベリーは俺の友の忘れ形見なんだ。さっきリータに対する君の思いを探究心と言ったのは、実は少し贔屓が入っているがな。はっはっ……」
 忘れ形見――。
 快闊な笑いを漏らした北野を前に、旭は先の亜空間開闢実験でゲートに飛び込んだという教授の話を思い出していた。
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