3 / 114
二人の五才児
しおりを挟む
「ここの角度はどうやって求める?」5歳になったばかりの子供のとなりで、優しく問う父親の姿がそこにあった。「数学は応用とひらめきだ。少しずつ壁を削っていく地味な作業だが、それが科学の発展につながる。科学の発展は人類の特権なんだ」
「……ああ、分かった! 三角関数で解くんだね」乳歯が所々抜けた白い歯を見せながら、子供は父に笑顔で答えた。
5歳児にそう説く大熊隼人(おおくまはやと)は三角関数を用いて問題を解いた我が子の頭を優しく撫でる。
「そう、このパターンを何回も解いて、すぐに正解への最短のプロセスとして叩き込むんだ」
5歳児に三角関数という難問を当たり前に教えるその父親は、科学という英知を妄信していた。
「さあ、次の問題だ」
「うん!」
少しずつ道を切り開く面白さと父親からの愛情を受けて、その子はすくすくと成長していく姿を容易に想像できた。
22時50分のアラームが部屋に鳴り響いた。リビングで母、東城香苗から与えられた宿題をしていた旭は、寝る準備をするため自分の部屋に向かう。23時から、ここアシンベル科学研究所で大きな実験があるため電力制限が始まる。香苗もそれに参加していて、ここしばらくは帰りは朝になると言っていた。電力制限と言っても、すべてが止まるわけではない。主要の照明は落ちるが、空調、冷蔵庫などは稼動している。
急に喉の渇きに気づいた旭はドリンクディスペンサーへ向かう。
「ミルクコーヒー」と旭が言うと、ドリンクディスペンサーが旭好みの割合で紙コップにミルクコーヒーを注ぐ。
よく冷えたミルクコーヒーを取り出した時、天井の照明がゆっくりと落ちた。だが全く見えない状態ではない。仄かな明かりを残して、辺りを確認することは出来る。
意外と明るいことに安堵した旭は、ミルクコーヒーを一気に飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて自分の部屋へと返した。そして途中の廊下で奇妙な光景を見た。
そこにはこちらに背を向けて机に座る長い金髪の女の子がいた。その髪はゆるくウェーブがかかっている。
「もうアリス、いたずらしないで」
旭の非難に、首に巻いたLOT(ラボラトリー オン チップ)が答える。
『私は何もしていませんが』
そう言われた旭は、右目のコンタクトレンズを外した。そして左目を閉じると確かに金髪の少女が机に座っている。旭は右目のコンタクトを嵌め直した。
「アリス、赤外線カメラ」
するとコンタクトレンズの色が淡い緑に変わり、熱量を感知できるようになる。だがその女の子は熱量を持っていなかった。
「アリス、通常モード」と言った旭は、「誤送信かな……」と呟く。
キッチンの影から旭はその姿を眺めていたが、家にはそのような机はない。その子の肘の動きから、どうやら本を読んでいるようだと旭は思った。うっすらと灯りがついているせいか、恐怖心というものは浮かび上がらなかった。おそらく誰かが動画転送先を間違えたのだろう、としか思っていなかった。
「……ああ、分かった! 三角関数で解くんだね」乳歯が所々抜けた白い歯を見せながら、子供は父に笑顔で答えた。
5歳児にそう説く大熊隼人(おおくまはやと)は三角関数を用いて問題を解いた我が子の頭を優しく撫でる。
「そう、このパターンを何回も解いて、すぐに正解への最短のプロセスとして叩き込むんだ」
5歳児に三角関数という難問を当たり前に教えるその父親は、科学という英知を妄信していた。
「さあ、次の問題だ」
「うん!」
少しずつ道を切り開く面白さと父親からの愛情を受けて、その子はすくすくと成長していく姿を容易に想像できた。
22時50分のアラームが部屋に鳴り響いた。リビングで母、東城香苗から与えられた宿題をしていた旭は、寝る準備をするため自分の部屋に向かう。23時から、ここアシンベル科学研究所で大きな実験があるため電力制限が始まる。香苗もそれに参加していて、ここしばらくは帰りは朝になると言っていた。電力制限と言っても、すべてが止まるわけではない。主要の照明は落ちるが、空調、冷蔵庫などは稼動している。
急に喉の渇きに気づいた旭はドリンクディスペンサーへ向かう。
「ミルクコーヒー」と旭が言うと、ドリンクディスペンサーが旭好みの割合で紙コップにミルクコーヒーを注ぐ。
よく冷えたミルクコーヒーを取り出した時、天井の照明がゆっくりと落ちた。だが全く見えない状態ではない。仄かな明かりを残して、辺りを確認することは出来る。
意外と明るいことに安堵した旭は、ミルクコーヒーを一気に飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて自分の部屋へと返した。そして途中の廊下で奇妙な光景を見た。
そこにはこちらに背を向けて机に座る長い金髪の女の子がいた。その髪はゆるくウェーブがかかっている。
「もうアリス、いたずらしないで」
旭の非難に、首に巻いたLOT(ラボラトリー オン チップ)が答える。
『私は何もしていませんが』
そう言われた旭は、右目のコンタクトレンズを外した。そして左目を閉じると確かに金髪の少女が机に座っている。旭は右目のコンタクトを嵌め直した。
「アリス、赤外線カメラ」
するとコンタクトレンズの色が淡い緑に変わり、熱量を感知できるようになる。だがその女の子は熱量を持っていなかった。
「アリス、通常モード」と言った旭は、「誤送信かな……」と呟く。
キッチンの影から旭はその姿を眺めていたが、家にはそのような机はない。その子の肘の動きから、どうやら本を読んでいるようだと旭は思った。うっすらと灯りがついているせいか、恐怖心というものは浮かび上がらなかった。おそらく誰かが動画転送先を間違えたのだろう、としか思っていなかった。
2
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
彷徨う屍
半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる