魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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二人の五才児

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「ここの角度はどうやって求める?」5歳になったばかりの子供のとなりで、優しく問う父親の姿がそこにあった。「数学は応用とひらめきだ。少しずつ壁を削っていく地味な作業だが、それが科学の発展につながる。科学の発展は人類の特権なんだ」
「……ああ、分かった! 三角関数で解くんだね」乳歯が所々抜けた白い歯を見せながら、子供は父に笑顔で答えた。
 5歳児にそう説く大熊隼人(おおくまはやと)は三角関数を用いて問題を解いた我が子の頭を優しく撫でる。
「そう、このパターンを何回も解いて、すぐに正解への最短のプロセスとして叩き込むんだ」
 5歳児に三角関数という難問を当たり前に教えるその父親は、科学という英知を妄信していた。
「さあ、次の問題だ」
「うん!」
 少しずつ道を切り開く面白さと父親からの愛情を受けて、その子はすくすくと成長していく姿を容易に想像できた。


 22時50分のアラームが部屋に鳴り響いた。リビングで母、東城香苗から与えられた宿題をしていた旭は、寝る準備をするため自分の部屋に向かう。23時から、ここアシンベル科学研究所で大きな実験があるため電力制限が始まる。香苗もそれに参加していて、ここしばらくは帰りは朝になると言っていた。電力制限と言っても、すべてが止まるわけではない。主要の照明は落ちるが、空調、冷蔵庫などは稼動している。
 急に喉の渇きに気づいた旭はドリンクディスペンサーへ向かう。
「ミルクコーヒー」と旭が言うと、ドリンクディスペンサーが旭好みの割合で紙コップにミルクコーヒーを注ぐ。
 よく冷えたミルクコーヒーを取り出した時、天井の照明がゆっくりと落ちた。だが全く見えない状態ではない。仄かな明かりを残して、辺りを確認することは出来る。
 意外と明るいことに安堵した旭は、ミルクコーヒーを一気に飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて自分の部屋へと返した。そして途中の廊下で奇妙な光景を見た。
 そこにはこちらに背を向けて机に座る長い金髪の女の子がいた。その髪はゆるくウェーブがかかっている。
「もうアリス、いたずらしないで」
 旭の非難に、首に巻いたLOT(ラボラトリー オン チップ)が答える。
『私は何もしていませんが』
 そう言われた旭は、右目のコンタクトレンズを外した。そして左目を閉じると確かに金髪の少女が机に座っている。旭は右目のコンタクトを嵌め直した。
「アリス、赤外線カメラ」
 するとコンタクトレンズの色が淡い緑に変わり、熱量を感知できるようになる。だがその女の子は熱量を持っていなかった。
「アリス、通常モード」と言った旭は、「誤送信かな……」と呟く。
 キッチンの影から旭はその姿を眺めていたが、家にはそのような机はない。その子の肘の動きから、どうやら本を読んでいるようだと旭は思った。うっすらと灯りがついているせいか、恐怖心というものは浮かび上がらなかった。おそらく誰かが動画転送先を間違えたのだろう、としか思っていなかった。
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