魔法と科学の境界線

北丘 淳士

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別れ

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 嗚咽を堪えてアグニスを抱くソニアを、トラムは優しく抱き締めていた。ソニアの頬に張り付いた黒い前髪を、トラムは彼女の耳にかけ頬をやさしく撫でる。そして彼女の顔を持ち上げ、最後となるだろう口付けを交わした。しばらくそうしていた時、トラムの脳内に女性の声で通信が入った。
『トラム所長、ロッソ副所長より連絡があります』
 その通信を聴いたトラムは、ソニアから離した口で返した。
「カセリ―、音声で流してくれ」
『了解しました』
 ユビキタスコンピューターのカセリ―が答え、室内に電子音がなった後、やや若い男の声が響いた。
「休憩中申し訳ありません、トラム所長。先ほどラグラニアの調整が完了しました。もう乗船開始出来ます」
「わかった。予定よりも早かったな、ありがとう」
 トラムは部下の迅速な対応に、労いの言葉をかけた。
「いえ、ハイデオも頑張ってくれましたので」
「では私もすぐに最上階に向かう」
「お待ちしてます」
 そこで通信は途絶えた。
 トラムは再びソニアたちを不注意に抱きしめた。するとトラムの無精ひげが、アグニスの繊細な肌を擦った。たちまち警報機の如くアグニスは思わず耳を塞ぎたくなる声で泣き出した。それはアグニスが産まれる頃には、すでにラグラニア製作に心血を注いできたトラムにとって、手に負えない類のものだった。たかが自分の息子が泣くだけで、こんなも狼狽してしまう自分が恥ずかしくもあった。二人から距離をとったトラムに対し、久しぶりにソニアは笑顔で、少し赤くなったアグニスの額を優しく撫でてあやした。
 久しぶりにソニアの笑顔を見たトラムは、ため息とともに心の中で胸をなでおろした。
「ソニア、もうすぐ乗船準備に入る。荷物はもう最上階に送っているか?」
 ソニアは少し考え事をしたかと思うと、やがて「ええ、終っているわ」と返す。アグニスは今だぐずついている。
「じゃあ乗船放送を流そう。……カセリ―」
 トラムは空に向かってカセリ―を呼び出した。
「はい、なんでしょう」
「乗船放送を2時間早く流してくれ」
 すると「了解しました」とカセリ―は答え、すぐにトラムの声が所内に響く。
「待機中の皆さんお待たせしました。2時間ほど早くなりましたが、レベル1の方から順番に最上階に上がって乗船手続きをお願いします。繰り返します……」
 トラムのその声のおかげか分からないが、アグニスは笑顔を取り戻した。
「面目躍如だな」とトラムも一緒に微笑んだ。

 三人は転送機で最上階に向かった。そのフロアには同じレベル1の人たちで黒山の人だかりが出来ていた。レベル1の人たちは、あまたの有識者や妊婦とその家族、幼子がいる家族がそのリストに入っていた。それゆえトラム一家も最初に乗ることになる。最上階には、すでに列が出来始めていた。所員の誘導でラグラニア機の前には、すでに30人ほど並んでいる。その他に窓からこの星の最期の情景を目に焼き付ける人、今から何が起こるのか分からない、はしゃいでいる子供たちなどが肌の色も関係なくいた。
 再びソニアを抱きしめたトラムは「それじゃソニア、また5年後に会おう」と言って二人から離れ、彼女の背中を押した。
 だがソニアは再びトラムを涙目で見て、掠れた声で言った。
「……体調には気をつけてね。あなたはいつも頑張りすぎるから」
「ああ、分かった。管制作業が終われば一息つける。定期的に通信して欲しい。また5年後会ったときアグニスに、『誰?』なんて言われないように」
 その言葉にソニアはクスリと笑った。
「さあ、後が待っている、列に並んでくれ。あまり長くいると別れが惜しくなる。あと5年待てば、またあの綺麗な夕日の見えるバンドールの海岸近くで一軒家を買おう」
 そう言って、トラムは再びソニアの背中を押した。ソニアは何度も振り返り、やがて乗船の列にまぎれていった。
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