1 / 114
別れ
しおりを挟む
嗚咽を堪えてアグニスを抱くソニアを、トラムは優しく抱き締めていた。ソニアの頬に張り付いた黒い前髪を、トラムは彼女の耳にかけ頬をやさしく撫でる。そして彼女の顔を持ち上げ、最後となるだろう口付けを交わした。しばらくそうしていた時、トラムの脳内に女性の声で通信が入った。
『トラム所長、ロッソ副所長より連絡があります』
その通信を聴いたトラムは、ソニアから離した口で返した。
「カセリ―、音声で流してくれ」
『了解しました』
ユビキタスコンピューターのカセリ―が答え、室内に電子音がなった後、やや若い男の声が響いた。
「休憩中申し訳ありません、トラム所長。先ほどラグラニアの調整が完了しました。もう乗船開始出来ます」
「わかった。予定よりも早かったな、ありがとう」
トラムは部下の迅速な対応に、労いの言葉をかけた。
「いえ、ハイデオも頑張ってくれましたので」
「では私もすぐに最上階に向かう」
「お待ちしてます」
そこで通信は途絶えた。
トラムは再びソニアたちを不注意に抱きしめた。するとトラムの無精ひげが、アグニスの繊細な肌を擦った。たちまち警報機の如くアグニスは思わず耳を塞ぎたくなる声で泣き出した。それはアグニスが産まれる頃には、すでにラグラニア製作に心血を注いできたトラムにとって、手に負えない類のものだった。たかが自分の息子が泣くだけで、こんなも狼狽してしまう自分が恥ずかしくもあった。二人から距離をとったトラムに対し、久しぶりにソニアは笑顔で、少し赤くなったアグニスの額を優しく撫でてあやした。
久しぶりにソニアの笑顔を見たトラムは、ため息とともに心の中で胸をなでおろした。
「ソニア、もうすぐ乗船準備に入る。荷物はもう最上階に送っているか?」
ソニアは少し考え事をしたかと思うと、やがて「ええ、終っているわ」と返す。アグニスは今だぐずついている。
「じゃあ乗船放送を流そう。……カセリ―」
トラムは空に向かってカセリ―を呼び出した。
「はい、なんでしょう」
「乗船放送を2時間早く流してくれ」
すると「了解しました」とカセリ―は答え、すぐにトラムの声が所内に響く。
「待機中の皆さんお待たせしました。2時間ほど早くなりましたが、レベル1の方から順番に最上階に上がって乗船手続きをお願いします。繰り返します……」
トラムのその声のおかげか分からないが、アグニスは笑顔を取り戻した。
「面目躍如だな」とトラムも一緒に微笑んだ。
三人は転送機で最上階に向かった。そのフロアには同じレベル1の人たちで黒山の人だかりが出来ていた。レベル1の人たちは、あまたの有識者や妊婦とその家族、幼子がいる家族がそのリストに入っていた。それゆえトラム一家も最初に乗ることになる。最上階には、すでに列が出来始めていた。所員の誘導でラグラニア機の前には、すでに30人ほど並んでいる。その他に窓からこの星の最期の情景を目に焼き付ける人、今から何が起こるのか分からない、はしゃいでいる子供たちなどが肌の色も関係なくいた。
再びソニアを抱きしめたトラムは「それじゃソニア、また5年後に会おう」と言って二人から離れ、彼女の背中を押した。
だがソニアは再びトラムを涙目で見て、掠れた声で言った。
「……体調には気をつけてね。あなたはいつも頑張りすぎるから」
「ああ、分かった。管制作業が終われば一息つける。定期的に通信して欲しい。また5年後会ったときアグニスに、『誰?』なんて言われないように」
その言葉にソニアはクスリと笑った。
「さあ、後が待っている、列に並んでくれ。あまり長くいると別れが惜しくなる。あと5年待てば、またあの綺麗な夕日の見えるバンドールの海岸近くで一軒家を買おう」
そう言って、トラムは再びソニアの背中を押した。ソニアは何度も振り返り、やがて乗船の列にまぎれていった。
『トラム所長、ロッソ副所長より連絡があります』
その通信を聴いたトラムは、ソニアから離した口で返した。
「カセリ―、音声で流してくれ」
『了解しました』
ユビキタスコンピューターのカセリ―が答え、室内に電子音がなった後、やや若い男の声が響いた。
「休憩中申し訳ありません、トラム所長。先ほどラグラニアの調整が完了しました。もう乗船開始出来ます」
「わかった。予定よりも早かったな、ありがとう」
トラムは部下の迅速な対応に、労いの言葉をかけた。
「いえ、ハイデオも頑張ってくれましたので」
「では私もすぐに最上階に向かう」
「お待ちしてます」
そこで通信は途絶えた。
トラムは再びソニアたちを不注意に抱きしめた。するとトラムの無精ひげが、アグニスの繊細な肌を擦った。たちまち警報機の如くアグニスは思わず耳を塞ぎたくなる声で泣き出した。それはアグニスが産まれる頃には、すでにラグラニア製作に心血を注いできたトラムにとって、手に負えない類のものだった。たかが自分の息子が泣くだけで、こんなも狼狽してしまう自分が恥ずかしくもあった。二人から距離をとったトラムに対し、久しぶりにソニアは笑顔で、少し赤くなったアグニスの額を優しく撫でてあやした。
久しぶりにソニアの笑顔を見たトラムは、ため息とともに心の中で胸をなでおろした。
「ソニア、もうすぐ乗船準備に入る。荷物はもう最上階に送っているか?」
ソニアは少し考え事をしたかと思うと、やがて「ええ、終っているわ」と返す。アグニスは今だぐずついている。
「じゃあ乗船放送を流そう。……カセリ―」
トラムは空に向かってカセリ―を呼び出した。
「はい、なんでしょう」
「乗船放送を2時間早く流してくれ」
すると「了解しました」とカセリ―は答え、すぐにトラムの声が所内に響く。
「待機中の皆さんお待たせしました。2時間ほど早くなりましたが、レベル1の方から順番に最上階に上がって乗船手続きをお願いします。繰り返します……」
トラムのその声のおかげか分からないが、アグニスは笑顔を取り戻した。
「面目躍如だな」とトラムも一緒に微笑んだ。
三人は転送機で最上階に向かった。そのフロアには同じレベル1の人たちで黒山の人だかりが出来ていた。レベル1の人たちは、あまたの有識者や妊婦とその家族、幼子がいる家族がそのリストに入っていた。それゆえトラム一家も最初に乗ることになる。最上階には、すでに列が出来始めていた。所員の誘導でラグラニア機の前には、すでに30人ほど並んでいる。その他に窓からこの星の最期の情景を目に焼き付ける人、今から何が起こるのか分からない、はしゃいでいる子供たちなどが肌の色も関係なくいた。
再びソニアを抱きしめたトラムは「それじゃソニア、また5年後に会おう」と言って二人から離れ、彼女の背中を押した。
だがソニアは再びトラムを涙目で見て、掠れた声で言った。
「……体調には気をつけてね。あなたはいつも頑張りすぎるから」
「ああ、分かった。管制作業が終われば一息つける。定期的に通信して欲しい。また5年後会ったときアグニスに、『誰?』なんて言われないように」
その言葉にソニアはクスリと笑った。
「さあ、後が待っている、列に並んでくれ。あまり長くいると別れが惜しくなる。あと5年待てば、またあの綺麗な夕日の見えるバンドールの海岸近くで一軒家を買おう」
そう言って、トラムは再びソニアの背中を押した。ソニアは何度も振り返り、やがて乗船の列にまぎれていった。
3
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる