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愛する人との別れ
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「大楠さん、鬱や統合失調症、アルコール依存症、他に多数併発してますね」
初めて受診した精神科クリニックで、俺はそう言われた。いくつかは初めて聞く症状だった。
地元香川県から飛び出し東京の大学に入った俺は、すぐに人とのつながりが出来た。
人とのつながりとは、同期と、大学のランニングサークルで出会った仲間たちだ。ランニングサークルといっても、箱根駅伝に出る様な本格的な部ではなく、適度に街中を走って、各地の温泉や銭湯に入り、最後に居酒屋で打ち上げをする。それに点数をつけて、サークルのサイトにアップすると言った、楽なサークルだった。ランニングレベルが違えば、電車で移動して途中で合流もありと、門戸の広いサークルだ。
大学一年の半ば、独り暮らしの俺は親から仕送りを貰っていたが、サークル活動をやっていると、やはり生活費が足らず、大学から離れたファミリーレストランでホールのアルバイトを始めた。
大学とはまた違った環境で、俺は徐々に社会人になっていっていると感じていた。
そこで出会ったのが高科友利だった。彼女は高卒で高校時代から、このファミリーレストランで働いていた。利発的で、長い髪にうっすらとブリーチをかけている。おそらく市販のものだろう。仕事上先輩だが同じ年で、すぐに打ち解けることが出来た。
ある日、従業員の控え室で彼女と二人だけになった時、色々話をした。
「高科さん、大学は行こうとは思わなかったの?」
「行きたかったんだけど。高校の時、お父さんが肝臓ガンのステージ3だった事が発覚して、今は私のバイト代のほとんどを治療費に回しているの」
失言だった。
「ごめん」
「ううん、大学には行きたかったよ。でもガン保険には入ってなかったし、お母さんも頑張って働いているし、仕方ないよ」
「またお父さんが快復すれば、大学に行けばいいよ。俺もお父さんが快復するよう祈っている」
「ありがとう。そうねぇ、行けるといいなー。それまで学力キープしなくちゃ。大楠君と同じ大学がいいな。話聞いていると面白そうだし」
「その時は、俺が家庭教師になってあげる」
「うん、よろしくね」
その時は大学の面白さを話して、彼女の気分を出来るだけ上げるようにした。せめてバイトの時は楽しくさせなくては、と思った。
同じホール担当だったので、なかなか時間が合わなかったが、俺たちは時々デートをするようになった。彼女は大学の話を聞きたがり、俺は丁寧にそれに答えた。デートを重ねるとお互いの距離が近くなり、やがて付き合う事になった。ファミレスの仲間と仕事終わりに先輩たちと飲む事が時折あって、彼女は酒を楽しむということが出来る人だった。俺は飲んだことは数回しかなく、程々と言う感じだった。そしてお互いほろ酔いのまま俺のマンションに辿り着き、どちらからでもなくシャワーを浴び、俺のベッドでお互いをぎこちなく愛撫し、そして一つになった。
彼女は処女だった。俺も初めてだったが、AVを見たこともあったので、俺がリードしてお互いの熱をぶつけあった。
「初めてだったんだ」
「うん。バイトの先輩は何か怖くて、同級生の男の子は、どうしても子供に見えちゃってて。それに大楠君は一緒にいると安心する」
「俺も初めてだったんだけど、気持ちよくなれた?」
「まだちょっと痛いけど、これが慣れていって、さらに気持ちよく一つになれると思うと、不幸だと思っていた自分にも幸せがあったことが嬉しい」
「そうか、今日は泊まっていける?」
「うん、お母さんにはメールした」
胸の中に眠る彼女を愛おしいと思った。俺は友利を抱きしめたまま、眠りに落ちた。
それから3ヶ月後、セックスもお互い慣れてきた頃、ちょうど時間的に俺はバイト中だった。
友利、今日は遅刻かな。珍しい……。
そう思いながら、一人エースの欠員を出したホールは、大忙しだった。その三時間後、俺は彼女のスマホにメッセージを送ったが、彼女の不幸の第一報を聞いたのは店長だった。ちょうどアイドルタイムで一息ついていた頃だった。
彼女の母親が、店に電話をしたのだった。それを聞いた店長は、受付から慌てて従業員控室に飛び込んできた。
「友利ちゃんが、じ、事故に!!」
友利が来ないことを心配していた俺たちは、思わず立ち上がった。
「友利は! 友利は大丈夫なんですか!?」
俺と友利が付き合っている事を知っている店長は、青ざめた顔をゆっくりと横に振った。
店長の表情に俺は絶句するしかなかった。
友利は自転車通勤中、居眠り運転の中型トラックに轢かれ事故死した。青信号で渡っていたのにだ。もう少しでバイト先に着く、という場所でだった。
通夜と葬式に顔を出した俺は、棺桶に入った友利の顔を見ることが叶わなかった。顔のダメージも深く、最後の顔を見ることは拒否された。がんの治療中だという父親も車椅子に乗って気丈にも喪主の挨拶を終えた。途中から、その声は涙に溶けていった。
駅の近くの花屋で献花用の花を買い、彼女の事故現場に来ていた。彼女が好んでいた白いユリの花を多く入れてもらった。
『友利とユリって何か似ているでしょ。それにユリの香りって好きなのよね』
彼女がそう言っていたのを思い出しての事だった。
その近くには多くの献花が置かれていた。同じく白いユリも同じく置いてあり、彼女の人徳が伺える。彼女の事を思っていると鼻の奥が痛くなり、自然と涙が溢れた。人が行きかう中で、膝をついて嗚咽をこらえきれなかった。死生観が変わったのは、この時からだった。普段、のうのうと生きている自分がとても空しく感じてくる。すぐ迫っているかもしれない死に対して、それに気付かず限りある時間を、認識もしてなかった。
その日から俺は一瞬一瞬を大切に生きようと心掛けた。
ランニングサークルを辞め、大学の受講や自主勉、友利のいないバイト、すべてにおいて気を抜かず頑張った。気を緩める時に友利の顔が浮かび、自分を鼓舞した。彼女の代わりに生きていたと言っても過言ではない。濃密な四年間を過ごした気がしたが、その分、何かを失った気もしていた。
初めて受診した精神科クリニックで、俺はそう言われた。いくつかは初めて聞く症状だった。
地元香川県から飛び出し東京の大学に入った俺は、すぐに人とのつながりが出来た。
人とのつながりとは、同期と、大学のランニングサークルで出会った仲間たちだ。ランニングサークルといっても、箱根駅伝に出る様な本格的な部ではなく、適度に街中を走って、各地の温泉や銭湯に入り、最後に居酒屋で打ち上げをする。それに点数をつけて、サークルのサイトにアップすると言った、楽なサークルだった。ランニングレベルが違えば、電車で移動して途中で合流もありと、門戸の広いサークルだ。
大学一年の半ば、独り暮らしの俺は親から仕送りを貰っていたが、サークル活動をやっていると、やはり生活費が足らず、大学から離れたファミリーレストランでホールのアルバイトを始めた。
大学とはまた違った環境で、俺は徐々に社会人になっていっていると感じていた。
そこで出会ったのが高科友利だった。彼女は高卒で高校時代から、このファミリーレストランで働いていた。利発的で、長い髪にうっすらとブリーチをかけている。おそらく市販のものだろう。仕事上先輩だが同じ年で、すぐに打ち解けることが出来た。
ある日、従業員の控え室で彼女と二人だけになった時、色々話をした。
「高科さん、大学は行こうとは思わなかったの?」
「行きたかったんだけど。高校の時、お父さんが肝臓ガンのステージ3だった事が発覚して、今は私のバイト代のほとんどを治療費に回しているの」
失言だった。
「ごめん」
「ううん、大学には行きたかったよ。でもガン保険には入ってなかったし、お母さんも頑張って働いているし、仕方ないよ」
「またお父さんが快復すれば、大学に行けばいいよ。俺もお父さんが快復するよう祈っている」
「ありがとう。そうねぇ、行けるといいなー。それまで学力キープしなくちゃ。大楠君と同じ大学がいいな。話聞いていると面白そうだし」
「その時は、俺が家庭教師になってあげる」
「うん、よろしくね」
その時は大学の面白さを話して、彼女の気分を出来るだけ上げるようにした。せめてバイトの時は楽しくさせなくては、と思った。
同じホール担当だったので、なかなか時間が合わなかったが、俺たちは時々デートをするようになった。彼女は大学の話を聞きたがり、俺は丁寧にそれに答えた。デートを重ねるとお互いの距離が近くなり、やがて付き合う事になった。ファミレスの仲間と仕事終わりに先輩たちと飲む事が時折あって、彼女は酒を楽しむということが出来る人だった。俺は飲んだことは数回しかなく、程々と言う感じだった。そしてお互いほろ酔いのまま俺のマンションに辿り着き、どちらからでもなくシャワーを浴び、俺のベッドでお互いをぎこちなく愛撫し、そして一つになった。
彼女は処女だった。俺も初めてだったが、AVを見たこともあったので、俺がリードしてお互いの熱をぶつけあった。
「初めてだったんだ」
「うん。バイトの先輩は何か怖くて、同級生の男の子は、どうしても子供に見えちゃってて。それに大楠君は一緒にいると安心する」
「俺も初めてだったんだけど、気持ちよくなれた?」
「まだちょっと痛いけど、これが慣れていって、さらに気持ちよく一つになれると思うと、不幸だと思っていた自分にも幸せがあったことが嬉しい」
「そうか、今日は泊まっていける?」
「うん、お母さんにはメールした」
胸の中に眠る彼女を愛おしいと思った。俺は友利を抱きしめたまま、眠りに落ちた。
それから3ヶ月後、セックスもお互い慣れてきた頃、ちょうど時間的に俺はバイト中だった。
友利、今日は遅刻かな。珍しい……。
そう思いながら、一人エースの欠員を出したホールは、大忙しだった。その三時間後、俺は彼女のスマホにメッセージを送ったが、彼女の不幸の第一報を聞いたのは店長だった。ちょうどアイドルタイムで一息ついていた頃だった。
彼女の母親が、店に電話をしたのだった。それを聞いた店長は、受付から慌てて従業員控室に飛び込んできた。
「友利ちゃんが、じ、事故に!!」
友利が来ないことを心配していた俺たちは、思わず立ち上がった。
「友利は! 友利は大丈夫なんですか!?」
俺と友利が付き合っている事を知っている店長は、青ざめた顔をゆっくりと横に振った。
店長の表情に俺は絶句するしかなかった。
友利は自転車通勤中、居眠り運転の中型トラックに轢かれ事故死した。青信号で渡っていたのにだ。もう少しでバイト先に着く、という場所でだった。
通夜と葬式に顔を出した俺は、棺桶に入った友利の顔を見ることが叶わなかった。顔のダメージも深く、最後の顔を見ることは拒否された。がんの治療中だという父親も車椅子に乗って気丈にも喪主の挨拶を終えた。途中から、その声は涙に溶けていった。
駅の近くの花屋で献花用の花を買い、彼女の事故現場に来ていた。彼女が好んでいた白いユリの花を多く入れてもらった。
『友利とユリって何か似ているでしょ。それにユリの香りって好きなのよね』
彼女がそう言っていたのを思い出しての事だった。
その近くには多くの献花が置かれていた。同じく白いユリも同じく置いてあり、彼女の人徳が伺える。彼女の事を思っていると鼻の奥が痛くなり、自然と涙が溢れた。人が行きかう中で、膝をついて嗚咽をこらえきれなかった。死生観が変わったのは、この時からだった。普段、のうのうと生きている自分がとても空しく感じてくる。すぐ迫っているかもしれない死に対して、それに気付かず限りある時間を、認識もしてなかった。
その日から俺は一瞬一瞬を大切に生きようと心掛けた。
ランニングサークルを辞め、大学の受講や自主勉、友利のいないバイト、すべてにおいて気を抜かず頑張った。気を緩める時に友利の顔が浮かび、自分を鼓舞した。彼女の代わりに生きていたと言っても過言ではない。濃密な四年間を過ごした気がしたが、その分、何かを失った気もしていた。
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