勇者が来る!!

北丘 淳士

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魔王

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「今のは痛かったぞ……」
 陸地に上がってきた時、エリオットはその生命体と目が合った。体中に電撃のようなものが走り、エリオットの緑色の瞳は光を増した。
「魔王だ……」
「なんだって!?」
 体高二メートルほどのその生命体は水泳選手のような引き締まった体つきで、濡れそぼった長い髪をかき上げ、紐のようなもので一くくりにした。怜悧な表情を露にする。そして水が体表を蠢いている水色のその身体の背中には、五メートルほどの四本の黒い触手のようなものが生えている。
「私の動きを止めたのは貴様か。私は、いずれ現れるであろう貴様の為に鍛錬を欠かさなかった。……目を見れば分かる。私の宿敵足りえる存在だと」
「ヤツが僕が探し求めていた魔王だったんだ!」
 その勇者エリオットの言葉に全員の気が昂った。体が自然と臨戦態勢に入る。
「どのような攻撃が来るか分からん。リンケルさんは馬車まで。皆、俺の後ろへ!」
 盾を前面に構えたベルハルドが前に出る。四人はその背後に回り、カルナの強化魔法を受けた。
 走り去っていくリンケルには目もくれない魔王は、盾に向けて緩慢に腕を伸ばす。その腕の手首の辺りから高速で水弾が発射される。その水弾を受けたベルハルドは三メートル後退し仰け反る。背後にいた三人も、その衝撃に尻もちをついた。
「くそっ、なんて威力だ!」
 エリオットとウィスはすぐさま立ち上がり、魔王を囲むように動く。ウィスは矢を番い二発連続で放つも、その矢は触手によって弾かれた。
 エリオットは鞭のようにしなる触手を剣で弾き肉薄しようとするも届かない。
 ようやくカルナが立ち上がり、ベルハルドの背後で待機する。
 ウィスとベルハルドが一本ずつ、エリオットは二本の触手を相手に立ちまわっていたが、本体に肉薄するまでには及ばない。
 魔王はエリオットに手を伸ばし水弾を放つも、エリオットは炎の魔法でそれを相殺する。だが触手が壁になり、前に進めない。触手を剣で断ち切ろうとするも柔らかすぎて、それが叶わない。それに散った水蒸気を集める時間が捻出できず、雷撃の魔法は放てない。
 どうすれば……。
 両者の攻防は続いた。
 盾を前に出しながら触手を防ぎ、ランスが届く位置まで来るも、魔王の放つ水弾で弾かれ近寄れない。
「その盾、邪魔だな」
 水弾の三連打を喰らったベルハルドは仰け反り肩に被弾した。鎧の肩の部分が砕け散り出血している。
「重い!」
 なんとか盾を構えなおし、ベルハルドは防戦に徹した。だがランスは構え、攻撃の意思を見せ続ける。
 一つでも触手を引きつければ、エリオットが動ける!
 強化魔法を受けている三人でも、魔王の本体に届くことが出来なかった。
 ウィスは弾かれた矢を拾い、届かなくても触手の足止めを続ける。ウィスの考えもベルハルドと同じだった。
 二人の期待を感じながらも、二本の触手と水弾を相手にエリオットも前に進めなかった。
 あれが魔王……。
 草影から戦いを見ていたトラステリアはシノビと別れた後も、遠くからエリオットたちの動向を見ていた。雷撃の後に出現した魔王と思しき生命体に目を瞠る。
 雷撃の魔法でマナの大半を持っていかれたエリオットは、魔法との連携が上手くいってなかった。水弾の威力を殺すために魔法を使うだけだった。
 その時、ベルハルドの足元を狙った触手を彼は盾を落とし押さえつけた。その行動に魔王の意識は一瞬、彼に向けられる。
 エリオットを相手にしていたもう一本の触手が、ガラ空きのベルハルドを狙う。
 その隙をついて、エリオットが前に出だした。魔法で触手の動きを一瞬封じ、剣を振りかぶって飛びかかる。魔王の頭部を狙ったその剣尖に魔王は片手で防ごうとした。
「腕ごと斬り落とす!」
 降り下ろされた剣に腕が重なった瞬間、彼の剣は絶叫を残して根元から折れた。魔王の腕に鱗のようなものが浮き出て、硬質化されていた。それに数多もの攻撃を防ぎ続け、金属がもろくなっていたのだ。
 驚嘆するエリオットに残った触手が彼の腹部を叩いた。ミノタウロスの攻撃により脆くなっていた鎧を砕かれたエリオットは五メートルほど宙を飛び、背中から倒れる。
 腹部にダメージを負ったエリオットは足にきていて立てない。
「こっちよ!!」
 ウィスが三連撃の矢を放ち終わると同時に短剣を抜き、魔王の注意を引く。
 ベルハルドも体勢を整え、エリオットの防御に回る。
 剣が壊れてしまった、これでは魔法でしか戦えない!
 根本から折れてしまった父から譲り受けた剣を捨て、喀血しながら立ち上がったエリオットは魔法に集中する。
 元々減っていたエリオットのマナは尽きかけ、少しずつ前進してくる魔王の威圧に押されていた。
 傷だけでも回復してもらおうと、エリオットは目の端でカルナを探すもいない。
 手首の穴から放たれる水弾は軌道を読めるようになり、三人は対処が出来るようになってきた。
 放たれる水弾に対し、盾を斜めにしてその威力を逃がす。
「エリオットさん!」
 その時、カルナがエリオットを呼ぶ声が聞こえた。
「これを使ってください!」
 彼女が引き摺っているそれは、ベルハルドがトコーズの洞窟から持ってきた勇者の剣だった。
「エリオット、あれを使うんだ!」
 仕方ない!
 残り少ないマナを捻り出し炎風の魔法で視覚的な壁を作ったエリオットは、一瞬出来た隙をつき、カルナのもとに駆け寄った。
 彼女が重たそうに持つそれを手に取ると、鍔に嵌っていた深緑の宝石が眩く光だし、その光と共に刀身の錆が取れ、光り輝く剣へと変化した。エリオットはその剣を片手に振り回す。
 軽い! 羽のようだ。
「ちょっと待ってください、エリオットさん!」
 カルナは、その手をエリオットの腹部に翳した。すると先ほど受けた傷が回復していく。
「ありがとう」
 そう言い残し、全快になる前にエリオットは駆け出した。
 彼はベルハルドの横に並ぶ。
「その剣は!?」
「勇者の剣です。僕が触ったら、光り輝いて使えるようになりました」
「使えそうか?」
「はい、羽のように軽いです」
 その意味を理解したベルハルドは、二本の触手に耐えながら叫ぶ。
「エリオット、鎧と盾も装備するんだ。ここは俺とウィスが持ち堪える!」
「ですが、相手の攻撃が……」
「いいから、早く!」
 そのベルハルドの剣幕に、一つ頷きを返したエリオットは、タイミングを見て馬車へと駆けて行った。
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