勇者が来る!!

北丘 淳士

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無理難題

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 オルガノフ帝国に上陸したベルハルドは、入国審査局でビルダーナの許可証を見せて入国したあと、ルリとトウジに告げる。
「では、打ち合わせ通り、ここで二手に分かれよう。オルガノフ帝国かジラール連合国に魔王がいるのは間違いないが、ここからは広い。情報を集めて魔王の居場所が分かったら合流、ということで」
「分かりました。大丈夫だろうとは思いますが、貴方たちも、お気をつけて」
 適当に考えた嘘を二人は吞んでくれた。

 パーティーからルリとトウジが抜けた。

 魔王なんていないけどな、とベルハルドは口の中で呟く。
 先回りしていたトラステリアが早速、魔物を寄越してきた。
『強そうな魔物を、どんどん送りますよ!』
 トラステリアのテンションは、なぜか高かった。
 何か嫌なことがあったのだろうか……、そう思いながらベルハルドは盾で魔物の攻撃を受けていた。
 四人の前に頭部の無い騎士デュラハンが立ちふさがる。その頭部は彼の小脇に抱えられている。片手にも関わらず騎士の亡霊の為か剣技が鋭い。弓矢や短剣が届かないウィスは苦戦を強いられていた。
「頭部の目を狙って!」
 甲冑の頭部、そのスリットは、ほんのわずかしかない。エリオットは風の魔法で足止めし、ようやく近づける事が出来た。ベルハルドは盾で相手を押さえつける。そして狙いすましてそのスリットにエリオットは体重を乗せて剣を刺しこむ。
 デュラハンは断末魔を残して、甲冑を残し崩れ落ちた。
 あまり、私の攻撃が役に立たなくなってきているわね……。
 続けざまに木陰から双頭の大型犬であるオルトロスが姿を現した。ウィスは機先を制し弓を引くも、放たれた矢は厚く硬い体毛に弾かれた。
 また!?
 カルナがエリオットを回復させ、ベルハルドはオルトロスの爪を盾で防ぐ。回復したエリオットが肉薄し、剣を薙ぎダメージを与えていく。ベルハルドも何度も突きを繰り出し傷を負わせ、止めの一撃はエリオットが開いた口に剣を突き立てた。
「ふぅ、手強くなってきたな。これも魔王が近いからかもしれない」
 弾かれた矢を回収しながら、ウィスは考え込んだ。
 魔物の知識はあるものの、徐々に戦力にならなくなっている事に、自分に対し憤りが湧出し始めている。
「ウィスさん、大丈夫ですか?」
「え? うん、大丈夫よ」
 偽りの仮面をウィスは返した。

 四日かけて、ようやくオルガノフ帝国首都オルガニゼに辿り着いた。
 陽も落ちて来ていたので、四人は宿を探し、二人部屋二つを確保した。
「もう路銀がつきかけているな」
 皮袋から全財産を掌(てのひら)に出し、ベルハルドは数えていた。
「オルガノフ帝に会えば、少しは融通してくれるでしょう」
「そうだな。カルナに甘いものを食べさせないと」
 その隣の部屋でウィスはブランノールで採石した砥石で鏃と短剣を磨いていた。
「武器の手入れも大変ですね」
「そうよ、少しでも役に立たないと置いていかれちゃう」
「そんなことないですよ。ウィスさんの索敵能力と冷静な判断は、パーティーの役に立っています」
「それだけじゃだめなのよ!」
 テーブルに座り、お菓子を食べながらウィスはその様子を見ていた。

 翌朝、食事を終え、城門の門兵にビルダーナの許可証を見せると、すぐに城内へと案内され謁見の間に通された。
 その玉座に座っていたのは、壮年の男性だった。その近くの椅子には、二十代になったばかりの、黒髪のボブカットにティアラを乗せた女性が座っている。その女性はエリオットを見つめていた。
 クロード・オルガノフ帝は、かなりの高齢だったのでは? とベルハルドの頭は疑問符がついていた。
「私がオルガノフ帝国皇帝、ドグマス・オルガノフだ。勇者一行とは、そなたたちかな?」
「はい、私たちは出没している魔物を倒しながら、魔王を捜しています」
 慇懃に答えるエリオットをドグマスは見つめる。
 何が勇者だ。父は勇者を丁重に扱え、と言い残して逝ったが、魔王の話など露ほども聞かぬではないか。それに、こちらも魔物を飼育するために、いくらの血税を使ったと思っているのだ。
 謁見の間に、しばらく沈黙が漂う。そんな中、ドグマスは一つ名案を思い付いた。
「では、討伐の依頼だ。北のコルデ高地に巨人が住んでいる。巨人が暴れて住民が困っているから、その巨人の首を取って来て欲しい」
 その言葉にトラステリアは驚ぎの表情を隠せなかった。
『巨人は三十年も捜索したのに見つからなかったはず! あの皇帝、何という無理難題を! 勇者の承認欲求が満たされないと、どれほどの災害が起こるか……』
 トラステリアの、その言葉にベルハルドは苦い顔をした。
「承知いたしました。それで、とは言ってはなんですが、少しばかりの旅費を融通していただけると……」
「巨人の首を取ってきたら渡してやる。では行って参れ」
「畏まりました……」
 路銀も少ないまま、無理難題を押し付けられ、四人は謁見の間を後にした。
「まいったな……」
 ベルハルドが呟く。
「どうしたのですか?」
「いや、ちょっとな……」
 宮廷の廊下を歩いている時に、さきほどドグマスの近くに座っていた女性がドレスの裾を摘まんで走ってきた。
「勇者殿!」
 エリオットは振り返り、彼女を見る。
「勇者殿、兄が無理難題を押し付けてしまい、申し訳ありません」
「あなたは?」
「申し遅れました。ドグマス・オルガノフの妹、エイナ・オルガノフと申します」
「これはどうも。それにしても無理難題……、ですか?」
「ええ、巨人など、この三十年間、捜索隊が探したのですが目撃例がありません」
「そうなのですか……、ではドグマス殿は、なぜあのような事を」
「おそらく、兄は勇者殿を試すために、難題を押し付けたのだと思われます」
「どうするよ、エリオット」
 エリオットはしばらく考えた。出た答えは簡素なものだった。
「とりあえず、私たちも探してきます。そしていなかったら、いないと答えるまでです」
「旅費の方は大丈夫ですか?」
「しばらくは。ですよねベルハルドさん」
「本当にしばらくは、だけどな」
「心配ありがとうございます。では行って参ります」
「……、そうですか。コルデ高地は寒いので、お気をつけて」
 話し合いながら進むエリオットの背中をエイナはずっと見つめていた。

「ねぇ、あのお姫様、エリオットの事が好きなんじゃない?」
「えっ、会ったぱかりなのに?」
「一目ぼれってあるのよ。気を付けてよね」
「気を付ける? う、うん。分かった」

 神経質で気難しい兄や、自分を取り巻く下心丸見えの貴族たちの中で育ったエイナ・オルガノフは、真っすぐ目を見つめてくるエリオットに淡い恋心を抱いてしまった。戦いで引き締められた体、整った顔立ち、そして吸い込まれるような緑色の瞳。どれもが魅力的に映ったのだ。一生を共に過ごすなら、体も精神も強靭な勇者に目がいくのは当然だった。
 彼女は何度も礼拝堂に足を運び、彼の無事を祈った。
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