勇者が来る!!

北丘 淳士

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被害

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「結局振り出しだな」
 城下で買った酒をベルハルドは舐めるように飲んでいた。前回泊まった宿屋でエリオットと同室だ。
 エリオットもベッドに腰かけ、酒を少し飲んでいる。
「西のほうに邪悪な気配を感じるんだけどなぁ」
「まあ、旅を続けて強くなると、また分かるさ。まだ三回しか戦っていないから経験値も低いし、そのような状態で魔王と戦えるわけはないしな」
 実際は魔王なんていない事をベルハルドは知っていたが、彼の承認欲求を満たす方策を各国が用意している事を聞かされているため、明言を避けた。
「ところで明日はどこまで行くんだ?」
「とりあえずグレイズ王国との国境まで行きたいですけど、魔物次第で変わってくるかもしれません」
「……そうだな、明日の事は分からないな」

「明日はグレイズ王国との国境まで行くようです」
 ウィスと同室のカルナが、彼女に告げる。
「えっ、そんなこと言ってたっけ?」
 ベッドに腰かけていたウィスは身を乗り出して聞く。
「はい。あなたも勇者のパーティーになったからには、知っておいてもらいたい事があります」
 カルナは話せる範囲で、勇者の存在や自分たちの立ち位置について手短に話した。

「そんな……、エリオットがそんな存在だったなんて……」
 ウィスは思わず固唾を飲む。
「ええ、だから一番強い魔物の止めは、エリオットさんにしてもらうと考えています。サポートはしますが」
「それって、責任重大ね。世界の命運がかかっているなんて」
 幼少の頃からエリオットを見てきたウィスにとって、エリオットの正体を知った衝撃は大きかった。結局、眠る寸前までそのことが頭を占めていた。

 宿屋の一階で朝食をとった四人は、ようやくビルダーナ城下街の東門に立った。ベルハルドは東門で立哨している王国騎士と一言二言かわしたあと、四人は初めての地を踏んだ。
「まずは国境まで行こう。東の街道を進むけど事情は分からない。気を引き締めよう」
 エリオットは初めて勇者らしい指示を飛ばし、一行は進みだした。
 先に回り込んでいるトラステリアは、あくびを嚙み殺し、次にあてがう魔物を考えていた。
「ちょっと危険かもしれないけど、あれを放ちましょう」
 そう指示し、ベルハルドとカルナに伝えた。
 エリオットたちは、魔物も出ない東の街道を歩いていた。すぐに木漏れ日溢れる森の中に入り直射日光を浴びずに一行は進んだ。だが途中でウィスは一行の行く手を遮るように前に回り、弓矢を構えた。
「何かいるわ!」
 エリオットたちには、まだ確認できない。弓矢を構えたまま前進するウィスに続いて、ゆっくりと前進する。しばらく歩くと人影が見えた。街道の端で一人は倒れ、一人はしゃがみこんでいる。子供を介抱している女性のようだった。
 一応ランスを構えていたベルハルドは「人じゃないか?」と問う。
「どうやらそのようね」
 弓矢を収めたウィスは呟くように言うが警戒の表情は変わらない。
 エリオットたちに気づいた女性は、大声で助けを呼んだ。
「すいません! ポーションか何か持っていませんか? 子供が熱を出して倒れて!」
 狼狽している女性に向かって四人は走り出した。
「どうしたのですか!?」
 エリオットは慌てて腰の袋からポーションを取り出そうとした。
「何かの病気だと思うんですが、急に倒れて……」
 その瞬間ウィスは短剣を抜き、女性の言葉が終わる前に彼女の首をはねた。
「なっ!!」
 エリオットが驚嘆の声を出す横で、彼女の短剣は倒れている子供を狙った。
 すると子供は突然跳ね上がり彼女の短剣は空を切る。その子供はグールに姿を変えながら慌てて森の中に逃げようとする。
 ランスを構えていたベルハルドは、咄嗟に体が動き、逃げ出そうとしたグールを串刺しにした。首をはねられた女性もグールの姿に戻っている。
「魔物だったのか!」
 エリオットは再び驚嘆の声を上げた。
「殺気と腐敗臭がだだ漏れだったのよ。隙を見て私たちを襲うつもりだったのね」
「気付かなかった……」
「どう? 私のスキルも役に立つでしょう」
「うん……、ウィスがいなければ確実に罠に嵌っていた」
 エリオットは納得するほかなかった。全くの無警戒だったからだ。
「どう、合格?」
 その問いにエリオットは首肯した。
「あんな魔物もいるんだ……」
「大体、荷物も持ってないのに街道を歩いている事自体おかしいのよ」
「うむ、確かに」
「そこまで頭が回りませんでした」カルナも呆然と答えた。
「合格だな、エリオット」
 ベルハルドはエリオットの肩に手を置いた。
 エリオットは、もう一度首肯した。
「さあ、進みましょう。出来れば国境の街までいきたいからね」
 エリオットはウィスに主導権を握られた気がした。

 その時グレイズ王国に無数の竜巻が発生した。国民を厄災から守るため、国費で民家の補強をしていた。ラニエステル国王は最大限の警戒をしていたものの、十五人の死傷者が出た。
 ただでさえ不況が続いているのに……、勇者が来るまでの我慢するしかないのか。
 ラニエステル国王は、被災地を眺めながら思った。
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