勇者が来る!!

北丘 淳士

文字の大きさ
上 下
3 / 67

生誕

しおりを挟む
 エミリエの両親を家に連れてきた頃には、午後の巡回に出ていたベルハルドも戻って来ていた。
「あっ、ラルフさん、お帰りなさい。もう陣痛が始まったらしいですね! さっきリビングで休憩していた助産婦さんに聞きました」
 四人掛けの食卓に座っていたベルハルドは、卓上の蝋燭に火をつけて待っていた。
「お疲れ様、ベルハルド。そうだ、お湯」
 釜にかけた鍋の水は、すでに沸騰していた。
 ラルフは、その鍋を持って寝室に向い扉をノックする。
「ケーナさん、お湯を持ってきました。扉の前に置いておきます」
「うむ、まだお湯が必要になると思うから、釜の火は絶やさん様にな。あと水も多めに持ってきてくれ」
 落ち着きくぐもった声が扉の奥から聞こえる。
「彼女の容体はどうですか?」
「順調だ。夜半前には無事出産すると思う」
「そうですか」
 その言葉を聞いてラルフはとりあえず胸を撫で下ろした。
「ではリビングで待機していますので」
 ラルフがリビングに戻るとエミリエの母、アリ―がお茶を淹れていた。
「お義母さん、ありがとうございます」
「なに、陣痛が始まってから赤子を取り出すまで、しばらく時間がかかります。気長に待ちましょう」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「ええ、私の時は結構かかりました。食事も私が作りましょう。夕食はまだでしょ?」
「すいません、お手数おかけします」
「ちょうど釜に火も入っていますし、私たちも夕食はまだですから」

 ケーナと助手の食事も準備した後、ラルフとベルハルド、エミリエの父親エルガの三人は、黙ったまま揺れる蝋燭の明かりを見ていた。
 アリ―は時々寝室にエミリエの様子を見に行っては、男三人に報告していた。
「陣痛は順調に間隔が縮まっているそうよ。あともう少しみたい」
 その言葉に安堵しながらも、ラルフとエルガは指を組んで祈りを続けていた。

「ベルハルド、もう寝る頃だろう。別に俺たちに付き合わなくてもいいんだぞ」
「いいえ、大丈夫ですよ。それにラルフさんのご子息が無事に誕生しないと眠れそうにないので」
 そんな会話をしていると寝室から赤子の鳴き声がした。それと同時に、なぜかケーナの悲鳴も聞こえた。
 それを聞いたエルガが真っ先に立ち上がった。
「産まれたか!」
 エルガが先陣を切って寝室の方へと走った。ラルフ、ベルハルドと続く。
 先程、男子禁制と言われていたが、ケーナの悲鳴が上がったので、エルガは「御免!」と言って寝室の扉を開けた。「どうした、ケーナさん!!」
 ケーナは驚嘆の表情で赤子を抱いていた。
 産後のエミリエには、すでにシーツがかけられている。
「どうしたんだ、ケーナさん!」
 エルガはもう一度聞いた。
 赤子を抱いたケーナが、「ゆ、勇者が……、勇者が……」と意味不明な言葉を呟く。
「は?」
 男三人は目を点にしていた。
 その赤子は既に泣き止み、緑色の瞳を見せていた。もう一つおかしな点と言えば、髪が銀髪だったことだ。エミリエは赤銅色の瞳とライトブラウンの髪。ラルフは黒の瞳に黒い髪。どちらの特徴も引き継いでなかった。
「勇者?」
「銀色の髪に、明るい緑色の目……、間違いなく勇者の特徴だ!」
「か、仮に勇者だったとして、何か不具合が?」
「そ、そうだ! 早くクレイトス国王に知らせなければ!!」
 いつも冷静だったケーナだったが、今は混乱の極みといった感じだった。赤子を助手に託し、そしてそのままの恰好で豹変したように家を飛び出していった。
「どうしたんですかね」
 ベルハルドは彼女の背中を見ながら呟く。
「さあ……」と返すラルフ。
 その隙に今まで厳格に黙っていたエルガが、顔を蕩けさせて赤子を抱いていた。
「おお、エミ―。よくぞ無事に産んでくれた。俺の初孫かぁ~可愛いなぁ~。男の子か~」
 まだ産まれたばかりだというのに、エルガは赤子の頬にキスをしていた。
「お義父さん、それ俺の役割!」
 歓喜に沸く寝室で残された助手が叱咤する。
「まだ産後の作業が残っているので、男性は部屋を出ていってください!」
「う、うむ、すまん……」
 孫を取り上げられたエルガは渋々立ち上がった。そして何回も振り返りながら自分の孫を見ていた。
「まったく、ケーナ婆さんも一体どうしたのかしら」
 助手の独り言を聞きながらケーナが言っていた言葉をラルフは思い出し、部屋を出ていった。
「……勇者」
 ラルフは一人ごちながらリビングへと戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

処理中です...