出水探偵事務所の受難

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第三章・我校引線

5話 ストーカー野郎を捕まえろ!

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 間違いなく尾けている…私を、何者かが。実感もないし、見てもいない。だが、片耳イヤホンから聞こえてくる琵琶持さんの声は、そう言っている。
「後ろを振り返ってはなりませんよ。絶対に」
 片耳イヤホンから、琵琶持は時墺にそう言った。
「相手の尾行はプロの仕事です。振り返ったら、九割九分九厘バレます」
 琵琶持に返事をしたいが、それは尾行されていることを知られることがバレる危険性があるため、許されてはいない。
「考えられる敵の意図は3通りです。『貴方の観察』か、『貴方の生捕り』、そして『貴方の殺害』」
 時墺は唾を飲み込んだ。現在、時墺は犯人を誘い出すため学校をサボっている。
「はい。それでは駅に行ってください」
 ここから目と鼻の先にある桜木町駅に入れと言われた時墺は、素直にこの言葉に従って駅の改札を潜り、駅のベンチに腰掛けた。
「横を向いてください」
 横を向くと、これといって特徴がない、普通のサラリーマンがいた。そのサラリーマンが襟を3回叩くと、時墺のイヤホンに何かを叩いたような音が3回聞こえた。
 …この人が、先程会った琵琶持さんなのか‼︎まるで姿形が違う。
「あの…どうかしましたか?」
 サラリーマンに扮した琵琶持にそう聞かれ、時墺は、「見過ぎですよ」と今、琵琶持に注意されているのだと察した。
「い、いえなんでも」
 時墺の目が離れた事を確認すると、琵琶持は携帯を出して、電話するふりをしてこう言った。
「えぇ⁈『次の電車に乗らなくちゃならない』んですか?次の次だったはずでしょ‼︎…は、はい!わかりました。急いで行きます‼︎」
 そして3分後、時墺と琵琶持は、別々の入り口から電車の中へと入っていった。

 車輪とレールが擦れる音を聞きながら、時墺は車窓から、じっと景色を眺めていた。琵琶持の指示通り電車に乗ってから30分立つが、未だに次の指示は届いていない。
 時墺は不安になり始めた。そんな気持ちも虚しく、時は無情に進む。それから十分、二十分、そしてついに、電車に乗ってから一時間が経過した。
「終点~前先口」
 そう電車内にアナウンスが流れる。
「お待たせしました。それでは降りてください」
 一時間ぶりの琵琶持からの連絡に、時墺は心の底からほっとした。そして時墺は電車から降りて、改札を通り駅を出た。
「タクシーに乗ってください」
 時墺は言われた通りに駅に止まっていたタクシーに声をかけて乗り込んだ。

「…よし。それでは波風スポーツ公園に行きたい、と伝えてくださいね」
 琵琶持はそう言うと、右手に持っているペットボトルの水を顔にぶちまけ、そしてそばのタオルを左手に取り寄せると、それで顔を拭いた。
「フー…勇気がある子ですね。全く…」
 タオルで汗を拭き取られた琵琶持の顔は、元の老人の顔に戻っていた。しかし、その顔に宿る物は猛々しい獣の表情だった。
 そして琵琶持は、あらかじめここに置いておいたバイクに跨り、ハンドルに引っ掛けていたヘルメットを手に取った。

 青のワンボックスカーが後ろにいる。時墺は手に持っている鏡の反射により、車の尾行に気がついた。
「青のワンボックスカーが貴方のタクシーを尾行しています。貴方の役目は潮風スポーツ公園に行くだけで終了となります。後々私が向かえに行くので安心して公園のベンチで待っていてください」
「あ、あの大丈夫なんですか?」
 時墺は、車の中ということもあったので、堪らず琵琶持にそう聞いた。
「大丈夫です。私は強いですから」
「…そうですか。お願いします」

「よし…」
 琵琶持は片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で縦10センチ、横5センチ程の鉄板をポケットから取り出した。そして琵琶持はその鉄板の端を小指と薬指と親指で挟み、もう一方の端を人差し指と中指とで挟見込んだ。
「フー…」
 琵琶持は人差し指と中指を、鉄板を擦りながら、一気にもう一方の端まで降ろした。すると鉄板の側面は、まるで日本刀の刃のように薄くなった。
「さて、と」
 鉄板の端を軽く握ると琵琶持はブーメランの要領で前を走っているワンボックスカーを目掛けて投げた。
 もし、この一連の琵琶持の動作を見た人がいたならば、鉄板がワンボックスカーのタイヤを通り抜けたように見えた事だろう。
 だが、勿論それは『見えるだけ』であって、実際には『切れている』のだ。これが琵琶持の能力、『研ぎ師』である。
「あまりの切れ味に、物体は切れた事にさえ気づかない…!気付くのは…今!」
 その瞬間、ワンボックスカーの後輪は後ろから真っ二つに裂け、車は大きな音を立ててガードレールに激突した。すると、車に乗っている男はすぐさま車のドアを開け、外に飛び出して走り出した。
「ふむ…ここは衆目がありますし…まぁ、適当に走って捕まえますか」
 琵琶持はバイクを走らせて男を追った。あの男が大通りをそのまま突っ切っているのは、路地裏に追い込まれた場合を警戒してのことだろう。男の足の速度を考えると、身体強化系の能力が妥当な所だ。そして奴は、私の能力の殺傷力の高さを感じ取ったのか、一般人の間をすり抜けるように移動している。琵琶持はそのように考えを巡らせた。
「ここでさっきの攻撃をしたら一般人を殺す事になって、鏡の柱にしょっ引かれるぞ、ですかな」
 琵琶持はバイクの上で大きくため息をついた。
「フー…、私を舐めるなよ?小僧が」
 琵琶持は鉄板を今度は研がず、矢のように男に向かって投げた。投げられた鉄板は、歩き続ける肉の壁達の、一瞬だけ空いた隙間を見事に通り抜け、男の左足に深々とめり込んだ。
「痛ーッ⁉︎」
「はいどいてどいて」
 琵琶持はバイクを止めると人波をかき分け、男の元まで行った。
「おい、大丈夫かね!私が会社まで運ぼう。すいません、こいつ転んだみたいで」
 琵琶持はそう言いつつ、男の後頭部を周りにばれないように、したたかに打った。
「がっ…」
 男はそう呻くと、気を失ったようであった。
「時墺さん、聞こえていますか?捕まえましたよ」
 無線の向こうの時墺に、琵琶持は柔らかい口調で言った。
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