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大赦ヶ浜の放水路
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おれは大学生の頃、探検部だったんだ。
だから、洞窟やほら穴なんて聞くと無性に入りたくなるたちでな。
で、この前行ってきたんだ。
ちょっとしたトンネルにね。
それは大赦ヶ浜にある放水路なんだ。
広い海岸にぽつんと、白いブロックでできた長いトンネルが陸の方から波打ち際まで伸びてるんだ。
放水路は、川が氾濫しないように、増水した川の水を海に流す水路なんだ。
確かに、ここら一帯は大雨が降ると冠水する。
そのための水路さ。
雨が降っていないときは、水の一滴もなく、水路の中も干上がってた。
おれは、トンネルやほら穴を見るとダメなんだ。
どうしても入らなくては気が済まなくなっちまう。
水路の先がどうしても見たくて、俺は中へ入ったんだ。
人が二人並んで歩けるくらいの幅だった。
天上は低くて、中腰にならないといけなかった。
グーグルアースで見ても、おそらく海岸の水路出口から、水路入口までは直線距離で600mほどだった。
ゆっくり歩いたって15分もあれば着くだろうと思った。
俺はスマホのライトを頼りに、トンネルを進んだんだ。
15分そこらの用水路にわざわざ懐中電灯なんて持って行かなかったのさ。
トンネルは暗くて、海藻や打ちあがった魚が腐ったような…いやな海のニオイがしていたよ。
最初はさざ波の音がして、奥に入るにしたがって静かになった。
俺は特に怖いなんて思わず、楽し気に鼻歌なんか歌って、進んでいったのさ。
いずれ、大赦川の支流にぶち当たり、おおかた住宅街に囲まれた川に出るんだろうな。
出てきた時に、住宅街の人間と目が合ったら気味悪がられるなあ…
なんて思いつつ、進んでいったんだ。
だけど…次第に怖くなっていった。
いくら歩いても出口に着かなかったんだ。
もう40分は歩いていた。
そこまでゆっくり歩いたつもりはなかった。
どこかに迷い込んだか…
いや、分かれ道はなく、一本道だったはずだ…。
俺はスマホを見て、グーグルマップを見た。
現在地を確認しようとしたんだ。
だが、現在地が表示されなかった。
突然、見当違いの鳥取県や東南アジアの方に現在地が現れたりする。
俺は不安になって引き返すことにした。
水流の勢いを制御するために、入り組んだ迷路のような内部構造になっているのかもしれない。
そうは感じなかったんだけど。
スマホの電池も残り「30%」と表示され、俺は慌てて戻りだした。
40分の道をまた戻るのかと思うと嫌だったが、調子に乗って奥深くに来た自分の責任だよな。
突然、何かが聞こえた。
俺の後ろだ。
「グゥ」「ギィ」と言うような音がした。
俺は振り向く、スマホで照らすが、見える範囲は近く、遠くまで見えない。
少しずつ、こちらへ近づくように
「グウ」「ギイ」
と聞こえてくる。
おれは、ヒイラギやフグを釣ったときに、魚がエラから発する音を思い出した。
ちょうどあのような音だった。
だが、音の大きさや野太さから言っても小魚とは比べ物にならない。
デカいんだ。
そんな音が出せる魚なんているのかと思った。
妙な「魚の鳴き声」は次第に近くなってくる。
おれは、再び前を向くと駆け出した。
中腰なので、なかなか辛かったが、とにかく聞いたことのないような「魚の鳴き声」が恐ろしかったんだ。
走っている最中、妙なものを見つけ俺は思わず立ち止まった。
元来たトンネルには何も変わりないが、古ぼけた石積みで組んである通路が交差していたんだ。
来るときは気づかなかった。
いや、こんなものなかったはずだ。
おれは確かに一本道を来たはずなんだ。
俺は自分の記憶を信じた。
石積みの通路なんて一切通った記憶はない。
トンネル水路の方へまた駆け出した。
結構な速さでかけてきたのに、うしろではまだ
「ギイ」「グウ」
という音がする。
それもひとつじゃない。
数が増えている。
俺は背筋が凍り付き、目に涙があふれ始めた。
なんてトンネルに入ったんだろう。
訳の分からない石積みの通路を次々に無視して、走る。
俺は自分の記憶を信じるしかなかった。
長い時間走っていたと思う。
それこそ40分くらいだろうか。
ようやく浜辺の光が差し込んできて、俺は狂喜した。
そして、全力疾走でトンネルから駆け出した。
俺はトンネルからダッシュで遠ざかると、トンネルを振り返ってみた。
「魚の鳴き声」は追ってきているだろうか。
だが、何もいなかった。
ただ、無機質な放水路の出口が虚ろに口を開けているだけ。
俺は安堵のため息をつくと、時計を見た。
思わず目を剥いた。
引き返したところから、10分もたっていなかったんだ。
訳が分からない。
行きは40分経っても到着しなかったのに。
俺は不穏な体験にうすら寒くなった。
そして、ふと遠いトンネルの出口を顔を上げて見た。
いた。
魚の顔と人間の顔を混ぜたような…奇妙な顔が半分、トンネルの陰から俺を覗いていた。
だが、すぐにその顔はトンネルの中に引っ込んでいった。
俺は腰が抜けそうになりながら、車に戻り、急いで家に帰った。
俺は、見間違いでありますようにと、ずっと祈りながら家に帰ったよ。
そんな話さ。
俺は…この大赦ヶ浜の放水路の件以来…恥ずかしながら恐怖症になった。
昔なら嬉々として入っていた洞窟やほら穴も入れなくなったんだ。
でもよかったかもしれない。
好奇心で入るべきじゃないところに入り、取り返しのつかないことになるよりはね…。
まあ、君が俺のようにビビりじゃないんなら、例の放水路に行ってみるといい。
【おわり】
だから、洞窟やほら穴なんて聞くと無性に入りたくなるたちでな。
で、この前行ってきたんだ。
ちょっとしたトンネルにね。
それは大赦ヶ浜にある放水路なんだ。
広い海岸にぽつんと、白いブロックでできた長いトンネルが陸の方から波打ち際まで伸びてるんだ。
放水路は、川が氾濫しないように、増水した川の水を海に流す水路なんだ。
確かに、ここら一帯は大雨が降ると冠水する。
そのための水路さ。
雨が降っていないときは、水の一滴もなく、水路の中も干上がってた。
おれは、トンネルやほら穴を見るとダメなんだ。
どうしても入らなくては気が済まなくなっちまう。
水路の先がどうしても見たくて、俺は中へ入ったんだ。
人が二人並んで歩けるくらいの幅だった。
天上は低くて、中腰にならないといけなかった。
グーグルアースで見ても、おそらく海岸の水路出口から、水路入口までは直線距離で600mほどだった。
ゆっくり歩いたって15分もあれば着くだろうと思った。
俺はスマホのライトを頼りに、トンネルを進んだんだ。
15分そこらの用水路にわざわざ懐中電灯なんて持って行かなかったのさ。
トンネルは暗くて、海藻や打ちあがった魚が腐ったような…いやな海のニオイがしていたよ。
最初はさざ波の音がして、奥に入るにしたがって静かになった。
俺は特に怖いなんて思わず、楽し気に鼻歌なんか歌って、進んでいったのさ。
いずれ、大赦川の支流にぶち当たり、おおかた住宅街に囲まれた川に出るんだろうな。
出てきた時に、住宅街の人間と目が合ったら気味悪がられるなあ…
なんて思いつつ、進んでいったんだ。
だけど…次第に怖くなっていった。
いくら歩いても出口に着かなかったんだ。
もう40分は歩いていた。
そこまでゆっくり歩いたつもりはなかった。
どこかに迷い込んだか…
いや、分かれ道はなく、一本道だったはずだ…。
俺はスマホを見て、グーグルマップを見た。
現在地を確認しようとしたんだ。
だが、現在地が表示されなかった。
突然、見当違いの鳥取県や東南アジアの方に現在地が現れたりする。
俺は不安になって引き返すことにした。
水流の勢いを制御するために、入り組んだ迷路のような内部構造になっているのかもしれない。
そうは感じなかったんだけど。
スマホの電池も残り「30%」と表示され、俺は慌てて戻りだした。
40分の道をまた戻るのかと思うと嫌だったが、調子に乗って奥深くに来た自分の責任だよな。
突然、何かが聞こえた。
俺の後ろだ。
「グゥ」「ギィ」と言うような音がした。
俺は振り向く、スマホで照らすが、見える範囲は近く、遠くまで見えない。
少しずつ、こちらへ近づくように
「グウ」「ギイ」
と聞こえてくる。
おれは、ヒイラギやフグを釣ったときに、魚がエラから発する音を思い出した。
ちょうどあのような音だった。
だが、音の大きさや野太さから言っても小魚とは比べ物にならない。
デカいんだ。
そんな音が出せる魚なんているのかと思った。
妙な「魚の鳴き声」は次第に近くなってくる。
おれは、再び前を向くと駆け出した。
中腰なので、なかなか辛かったが、とにかく聞いたことのないような「魚の鳴き声」が恐ろしかったんだ。
走っている最中、妙なものを見つけ俺は思わず立ち止まった。
元来たトンネルには何も変わりないが、古ぼけた石積みで組んである通路が交差していたんだ。
来るときは気づかなかった。
いや、こんなものなかったはずだ。
おれは確かに一本道を来たはずなんだ。
俺は自分の記憶を信じた。
石積みの通路なんて一切通った記憶はない。
トンネル水路の方へまた駆け出した。
結構な速さでかけてきたのに、うしろではまだ
「ギイ」「グウ」
という音がする。
それもひとつじゃない。
数が増えている。
俺は背筋が凍り付き、目に涙があふれ始めた。
なんてトンネルに入ったんだろう。
訳の分からない石積みの通路を次々に無視して、走る。
俺は自分の記憶を信じるしかなかった。
長い時間走っていたと思う。
それこそ40分くらいだろうか。
ようやく浜辺の光が差し込んできて、俺は狂喜した。
そして、全力疾走でトンネルから駆け出した。
俺はトンネルからダッシュで遠ざかると、トンネルを振り返ってみた。
「魚の鳴き声」は追ってきているだろうか。
だが、何もいなかった。
ただ、無機質な放水路の出口が虚ろに口を開けているだけ。
俺は安堵のため息をつくと、時計を見た。
思わず目を剥いた。
引き返したところから、10分もたっていなかったんだ。
訳が分からない。
行きは40分経っても到着しなかったのに。
俺は不穏な体験にうすら寒くなった。
そして、ふと遠いトンネルの出口を顔を上げて見た。
いた。
魚の顔と人間の顔を混ぜたような…奇妙な顔が半分、トンネルの陰から俺を覗いていた。
だが、すぐにその顔はトンネルの中に引っ込んでいった。
俺は腰が抜けそうになりながら、車に戻り、急いで家に帰った。
俺は、見間違いでありますようにと、ずっと祈りながら家に帰ったよ。
そんな話さ。
俺は…この大赦ヶ浜の放水路の件以来…恥ずかしながら恐怖症になった。
昔なら嬉々として入っていた洞窟やほら穴も入れなくなったんだ。
でもよかったかもしれない。
好奇心で入るべきじゃないところに入り、取り返しのつかないことになるよりはね…。
まあ、君が俺のようにビビりじゃないんなら、例の放水路に行ってみるといい。
【おわり】
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