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浴室の点検口

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A子はアパートで一人暮らしをしていた。
浴室の天井には、蓋が閉まった四角い点検口がついていた。

風が強い日のことである。
A子が入浴している時、ふと見上げると点検口の蓋がずれて開いていた。
蓋に触った記憶のないA子は、何者かが家に侵入したと思った。
風呂から飛び出すと彼氏に連絡した。
すぐに彼氏が駆けつけると、蓋を元の位置に戻し、「見てて」と言った。
彼氏は玄関ドアを勢いよく開けた。すると強い風が入り、風圧で点検口の蓋がゴトンとずれた。
「今日は風が強いからね。風圧のせいだよ。よくあることさ」
彼氏はリフォーム業の職人をしている。
A子は専門家が言うならと安心した。

以来、点検口が開いていても「風圧のせい」と思うようになった。
風が強くない時もずれていることがあった気がしたが、「風圧だろう」と自分に言い聞かせていた。

数日後、A子が深夜に湯船に浸かっていると、また蓋が開いていることに気付いた。
やはり気味が悪い。
ずれた蓋の後ろでは天井裏の暗闇が見える。
ふと、違和感を感じ暗闇を注視した。
闇の中から、虚ろな2つの目がA子を見据えていた。

A子は浴室から飛び出し彼氏と警察を呼んだ。
警官が天井裏を覗いた。
「配管などが密集して人が入り込める空間もない。恐らく見間違いでしょう」と警官は言った。
「やっぱり風圧だって」そう言って彼氏が蓋を閉じようと手に取った時、何かに気づいた。
蓋の裏に御札のようなものが貼ってあったのだ。

御札のようなその紙には、毛筆で表情の無い人の顔が描かれていた。
顔の周囲には梵字のようなものが書いてある。
顔を見てA子さんは背筋が寒くなった。
天井裏から覗いてきた虚ろな目と、どことなく似ていたからだった。

彼氏も警官も札を見て「なんだこれ」と首をかしげる程度だったが、A子は暗闇の目と、御札の顔が別物には見えず凍りついた。

その日以来、A子はすぐに実家に帰り、早々にアパートも引き払ったそうだ。
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