上 下
87 / 104

寿司屋のできごと

しおりを挟む
30代パパTさんの話。
Tさんの住む町には、回転寿司店が複数あった。
人気のチェーン店が多かったが、1件だけチェーンではない「S寿司」があった。
昔は隣町に支店があったらしい。
昔ほど景気はよくなく、今は本店の1店舗だけしかないという噂だった。

しかし、やはりチェーンには太刀打ちできないようで、店の駐車場はいつも空で、客も少なそうだった。

別に悪い噂は聞かないが
「そういえばだれも行かないね」
「有名チェーンがあるものね。この店を知らない人も多いんじゃない」
と、その程度に話が出る程度だった。

Tさんは年末の急な仕事で、ちょっとしたお小遣いを稼いだ。
いつも仕事で家事を任せている妻や、子どもにおいしいものを食べてもらおうと回転寿司に連れて行った。
だが、Tさんは思い付きで行ったために、どのチェーン店も満員だった。

仕方なく、件の「S寿司」の暖簾をくぐった。
客はまばらで、並ばずに入ることができた。

数組の家族連れや、カウンターで食べている客がまばらにいる程度だった。
他の寿司店は満員で、待合スペースにすら人があふれている。
異様な空きようだった。

客の少なさに不安を覚えながら、Tさん一家は食事した。
全く問題なく、寿司は新鮮でおいしかった。
季節ものも脂がのっていておいしい。
客が少ないのが不思議なくらいだった。

食事もほぼ終わったが、Tさんが頼んだ一皿がまだ来てなかった。
食べ始めの頃に頼んだが、なぜか一向に来ない。

「ちょっと坊やがぐずるから、先に出ておくね。気にせず食べてきて」
妻はそういうと、待ちくたびれた子どもを連れ、店を出ていった。
テーブルに積み上げられた皿と、ぽつんと一人残るテーブル席。
Tさんは途端に居心地が悪くなった。

周りを見ると、まばらな客が背中を丸めて静かに食べている。

しばらく待つが、一向に来ない。
Tさんは帰ろうかと思った。
何気なく、外で待つであろう妻たちを見ようと窓を見る。

窓には店内の様子が鏡のように写り込んでいた。
Tさんは腰が抜けそうになった。
窓に写る他の客たちが、皆Tさんの方を向いているのである。
Tさんは怖くなり、すぐ客を見回す。
だが、客たちは変わらず背中を丸め、食事を続けている。
Tさんは再び窓を見た。

やはり、まばらな客たちは、皆Tさんを見ていた。

Tさんは背筋が凍り付き、直ぐに席を立ち、会計を済ませた。
店員は虚ろな表情で言った。
「残りの一皿はよろしいですか」
Tさんは何だか恐ろしくなり
「もう結構です」
と答えると店を出た。

店を出る際、ちらと窓が目には入った。
窓を見ると、まばらな客たちは誰一人いなかった。
震えながら、店を振り返る。
客たちは変わらず静かに食事をしていた。

震えるTさんに店員が表情を変えずに言った。
「なんかおかしいでしょう、うちの店。一人残されたお客さんが慌てて帰っていく」

一人?
Tさんが再び店の中を見ると、Tさんの他客は全くいなかった。

店員は続けた。
「数年前、社長が東南アジアから変な石像を持って帰ったんですよ。それ以来、なぜかお客さんがパニックになったり、怖がるようになった。私が店長をしていた支店もつぶれましたしね」

Tさんはそれ以来、S寿司には寄り付かなくなった。

半年ほどして、S寿司の本店も空き家になっていたという。

【おわり】
しおりを挟む

処理中です...