上 下
77 / 104

旅のお供

しおりを挟む
30代独身のCさんの話。

Cさんはバイクのツーリングが好きだった。
ある目標のため、コツコツと貯金をし、職場と調整して数ヶ月の間休職することにした。

念願の日本一周旅行をするためであった。

仕事ぶりも真面目で優秀なCさんは、職場の後押しもあり、休職して旅行へ行けることになった。

同僚の女性社員N子さんが、Cさんの担当する業務を主にカバーすることになった。

とびきりのお菓子とお酒をプレゼントし、Cさんは謝った。
「俺のワガママのせいですみません」
大人しいN子さんは、目も合わせずに小さく答えた。
「いえ、お気になさらず、思い切り楽しまれて下さい」そして、顔を上げ微笑んだ「無事に帰ってきてくださいね」

それからCさんは、数ヶ月かけて、テントや寝袋を積んだバイクで日本を一週した。

全国津々浦々、知らない町を見て回り、名物料理を味わい、写真をたくさん撮った。

スマホも使ったが、なんとなく旅情に浸りたくて、フィルムカメラをたくさん使った。

夢のような数ヶ月を過ごし、Cさんは帰路についた。
帰る途中、カメラ店でフィルムを現像した。

Cさんは自宅に戻り、フィルムで撮影した写真を1枚ずつウイスキー片手に眺めていた。

すると、血の気が引いた。

全国あちこちで撮影した写真に、撮影した覚えのない女性が写り込んでいる。

札幌の時計台、岩手の厳美渓、東京スカイツリー、通天閣、原爆ドーム、美祢のカルスト台地、阿蘇高原、桜島……

Cさん自身が入った写真の隣には、まるで恋人のように写り込んでいる。
女性は顔だけが不自然にピントがあっておらず、ぼやけている。

だが、その顔には見覚えがあった。
  
数日後、会社に戻ったCさんは、隣のデスクが片付けられ、花瓶が置かれているのを目にした。

Cさんを明るく迎えることもできない社員が言った。

「おかえりCさん。残念ながら、N子さんは君が旅行へ出かけた翌日に交通事故で亡くなったんだ……。君が長年夢見てた旅行だったから、水を差すかと黙っていたんだよ。ごめんな」

呆然とするCさんに、社員は続けた。

「実は……彼女、大人しいから黙ってたけど君のことが好きでな。旅行へ着いていきたいって、冗談半分に言ってたんだよ。かわいそうになぁ……」


【おわり】






しおりを挟む

処理中です...