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プレス機

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西日本の郊外に、ぽつんと古びた祠があった。
地元の人間すら何の祠か分からず、手入れもされないので、雑草やコケが茂ってひどいありさまだった。

そんな中、とある部品工場がその郊外に建てられることになった。
生産されるのは巨大な部品なだった。
輸送のため大型トラックやトレーラーが複数行き来できるように、敷地も広大だった。
付近一帯の草地を整地し、当然古びた祠も取り壊された。

数か月後、工場が完成した。
親会社の役員、報道機関などを呼んで工場のお披露目会が催された。
社長は愛想よく役員らを案内し、実際に機械を動かして見せた。

社長は、見ものになるからと、金属のプレス機を来賓の前でお披露目した。
プレス機は当然新品である。
社長が朗らかに言った「ごらんください!この迫力」
プレス機がゆっくりと降ろされる。
鉄のインゴットがプレスされ、鏡のような平板に早変わりした。
役員や報道は感嘆の声を上げた。

「面白いでしょう」社長が笑顔で、プレスした平板を取ろうと手を伸ばした。
その時、先ほどとは全く異なるすさまじいスピードでプレス機が落ちた。
反射的に社長は手を引こうとしたが、遅かった。

社長は「うぐっ」とくぐもった悲鳴を上げると、その場に失神した。
社長の親指を除く指は無惨な状態になっていた。

取りこぼしたインクのように血が広がり、女性社員が悲鳴を上げた。

当然ながら、お披露目会は救急車やパトカーが来てお開きとなった。
役員は全員気を失いそうな顔をして帰った。

結局、そのプレス機を隅々まで調べたが、油圧機構、ブレーキ、ストッパーなど安全装置には全く異常がなかったそうだ。

工場作業員たちの噂でしかないが、ひとつだけ、この惨劇と結びつきそうな事実があった。

プレス機のあった位置は、例の取り壊された祠があった場所だったそうだ。

結局、作業員が気味悪がるためプレス機は撤去された。
現在そこは、何も置いておらずがらんとした不自然な空間になっているという。


【おわり】

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