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土笛

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とある田舎町の話。

その町には、ある石のモニュメントがあった。
丸い形で、中が空洞になっており、所々に潜水艦の窓のような穴が開いている。
オカリナのような「土笛」を模したものだった。

この町では弥生時代の遺跡が多く出土し、発掘調査が盛んに行われている。
町に愛着を持つ有志が、地元の顔になればと資金を出して作ったのだった。

海が近いこの町では、よく潮風が吹いた。
潮風が吹くたびに、土笛は美しい音色を立てた。
モニュメントを建てた業者も、設計者もまったく意図はしていなかった。

町の人間は、この偶然を喜び、「土笛」に愛着を持った。

ところが、しばらく経ってから音はなぜか不穏な音色に変わった。
どこか人を不安にさせる、不協和音が鳴るようになったのだった。

町の人は周囲に広がる不穏なその音が恐ろしく、陽が落ちてからは外出しなくなった。
周囲を歩いていて、突然その不協和音が鳴ると、すさまじい不安に駆られるのだった。

「遺跡の呪いなのか」
「昔の遺物を、モニュメントにするのは罰当たりだったのでは」
様々なうわさが広がった。

資金を出した有志達も、非常に残念がった。
業者に見せても、どこも欠けた個所はなく、割れや、ヒビすらなかった。

数週間経って、奇妙な事件が起きた。
県外ナンバーの軽トラックが、「土笛」に激突し、運転手が絶命していたのである。
運転手は、近辺では見ない者だった。

発見したのは付近を散歩していた町民で、発見時には既に事故が起きて死んでいたそうである。

町の人々は、さらに怯えたが、噂伝いにある話が伝わってきた。

何と死亡したのは、地方の田舎町を転々として空き巣に入る「流しの泥棒」だったのである。
自治会役員が、交番の警官と会合をしたときに、警官がうっかり漏らしたそうだ。

「泥棒」が町の付近を軽トラで回っていたのは、ちょうど、モニュメントの音が不穏になり、町民が夜の外出を控え始めた時期と重なったらしい。

幸いにして、隣町では空き巣の被害が多かったが、この町ではほぼ被害がなかったそうだ。

奇妙なことに、事故に遭っても「土笛」はほぼ無傷だったらしい。

そして、不気味だった「土笛」の音色は、事件後、元の美しい音色にいつの間にか戻っていたという。


【おわり】






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