上 下
61 / 104

山の怪

しおりを挟む
西日本のとある小島の話
15年ほど前の話である。

そこは景勝地で、いつも観光客が絶えない。
島には標高600mほどの山もあり、眺めも良いことからロープウェイなども整備されている。
イベントも多く、年に何度か島を挙げての祭りなども開催される。

大学生のK君とS君は、島で開催された祭りに遊びに来ていた。
昼から島に渡り、夜が来るまで二人は祭りを楽しんだ。

祭りのクライマックスには花火が上がるらしい。

時刻は6時を回り、周囲は暗くなりはじめていたが、興奮した二人はまだ遊び足りなかった。
S君は山の頂上を指さした。
「山の頂上から花火を見ようぜ!」

ロープウェイはすでに、営業を終了していた。
二人は興奮に任せ、登山道から山を登った。

登山道の周りは、当然人けがなく、表情のない鹿がこちらを怪訝に見つめていた。

登山道の行く先は森が深くなり暗くなっている。
二人は少し躊躇したが、「花火に間に合わなくなる」と先を急いだ。

登山中はまだ薄暗く、ライトがいらない程度であった。
二人は汗みずくになり、ぜえぜえ言いながら、何とか20時前には山頂に到着した。

山頂の景色はほぼ真っ暗でわからなかった。
肝心の花火も、他の山にさえぎられて見ることができなかった。
さえぎる山の向こうに、ちらちらと明かりが灯る程度だった。

K君は呆然とするS君に声をかけた。
「帰ろうか」
肩を落とし、二人は下山を始めた。
先ほどまでの興奮と、有り余る体力はすでに底をついていた。

無言で登山道を下るK君とS君。
道はすでに日が落ち暗闇が広がる。
月明りと、携帯の明かりにより、かろうじで周囲が見えた。

真っ暗な森の中、険しい足場を下っていく。
道の形が分からず、携帯で照らしてみると急な斜面だった……そんなこともざらだった。

視界の届く範囲は狭く、耳には痛いほどの静寂が広がっていた。
かすかな木々のざわめきと、時折鹿の鳴き声が遠くで聞こえる。


S君がつぶやく
「怖え……」

K君もおびえていた。
森の暗い中、彼の頭はある洋画が支配していた。
「なあ……S君、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』知ってるか」


S君は怒り出した。
「おい、やめろ!こんなときに。お前だって怖いくせに!」

「おおおい」
突然二人以外の声が響いた。
しゃがれているが、森中にこだましそうな大声だった。

K君は背中が寒くなった。
S君も歩みが止まり、硬直する。

二人は声のする方を向いた。

月明りでぼんやりとしか見えない。

だが、岩壁をくりぬいたような洞穴があり、その前に何者かが立っていた。
身長は180センチはあろうか。
少し離れているが、180センチあるK君よりも大きく見えた。

その人物は、ぼさぼさの白髪を生やし、ぼろ布を体に巻き付けたような服を着ている。
不自然なまでに大柄だ。
だが、体は丸みがあるようで、壮年の女性のようにも見える。

しゃがれた老婆のような声で、その人物は叫んだ。
「迷ったんかあ!こっちへおいで!こっちへおいで!」

その人物は腹の底に響くような声で、呼びかけ、太い腕を手招きしている。

K君は心臓が飛び出そうになる。
口の中がからからに乾いていく。
「どうする?」

S君は震えていた。
「絶対やべえよあれは……」

「来んのか?こっちからいくど」
割れがねのような声で、老婆が怒鳴り、こちらへ歩き始めた。

K君とS君はそれを見て、大慌てで逃げ出した。
足元を照らすこともせず、少々こけてけがをしようが構わない……そう思って全力疾走で下った。

後ろの方で、身の毛のよだつような奇声が聞こえたが、二人はなおさら止まることなく走った。

結局、二人は無事下山した。
祭りの人通りがある中、二人は人目もはばからず抱き合って無事を喜んだという。

余談だが、その後K君が調べたところ、その山は霊的な伝承や噂が絶えない場所であったらしい。

【おわり】



しおりを挟む

処理中です...