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封印されたもの
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T山さんという人がいた。
T山さんは若い頃、解体業の仕事をしていた。
ある時、山奥の家屋を解体する現場で働いていた。
家屋は古い木造で難なく解体できたが、家屋の敷地に隣接して、妙な廃寺があった。
コケやツタが絡まり、壁や柱も朽ちていた。
薄暗い山奥で、朽ちた状態で残っていた。
寺の中はほぼ何も残っていなかったが、お堂に奇妙な箱が残されていた。
古びた木箱に、麻紐で何重にも縛ってあり、古びて茶色くなった紙に
「開ケルベカラズ」
と筆で朱書きしてあった。
若かったT山さんは、仲間の一人と一緒に肥後守で麻紐を切ると木箱を開けた。
中には、1枚の紙が入っていた。
茶色を通り越し、薄灰色になるほど古ぼけた和紙だった。
和紙には、奇妙な絵が描かれている。
人の顔のような絵だった。
目が互い違いの高さで書いてあり、おちょぼ口の、スキンヘッドの顔だった。
そして、顔の斜め上方に見たことのない梵字のような、漢字のような字が書いてあった。
「なんだこりゃ」
面白いものがあると思ったT山さんは拍子抜けした。
そして、和紙をポケット突っ込んだ。
それ以来、T山さんは、奇妙な感覚に支配され始めた。
あの和紙に書いてあった、目の互い違いになった顔は……一体何だろうと気になってしょうがなくなって来た。
顔の横に書いてあった漢字も気になる。何を意味しているのだろうと。
T山さんは、仕事中も、休憩中も、仕事を終えて家に帰ったときもひたすら和紙に描かれた顔を考え続けた。
夜に寝れば、夢に出るのは必ず例の顔だった。
その顔を前にして、T山さんはひたすら考え続ける。
だが、何も答えはでないし、ひらめくわけでもない。
T山さんは、辞書や昔話の本を開いて徹底して調べた。
だが、何も情報は得られない。
T山さんは仕事中も常に例の顔を考える。趣味だった囲碁すら全く手を付けなくなり、時間がある時はひたすらに例の顔を思った。
これは見世物として面白いモノなのかもと、T山さんは思った。
T山さんは、知り合いにコピーを配ったり、テレビ局に勤める知人に「廃寺に封印された幽霊の絵」とキャッチコピーを付け原本を送った。
そうして、数カ月後、一緒に和紙を見た同僚が泣きながらT山さんに縋りついてきた。
「どこにいても、なにをしても、例の和紙の顔が頭から離れない」
同僚は、子ども達の成長や、妻の小言も、何もかも頭に入らないという。
子どもが野球で活躍したり、テストの点を取っても全く何も感じない。
頭に浮かぶのは、例の顔のことだけ……そう泣きつくのだった。
T山さんは身震いした。
確かにそうだ。
自分は仕事をして、夕食には握り飯と野菜入りの味噌汁を食べ、ビールを1缶飲んで寝る。
それ以外は、全て……いや、仕事中や食事中、晩酌中すら「和紙の顔」のことしか考えていなかった。
T山さんが独り身なのが幸いしたかもしれない。
同僚はさらに数か月後、首を吊って死んだ。
子どものことも、妻との愛情も、親族や、友人との交流すら……何も感じなくなり、頭から「顔」が離れないのだと遺書には綴ってあったそうだ。
T山さんは心底怯えた。
これが「開ケルベカラズ」と封印された事情だったのだと思った。
T山さんはそれから数十年が経ち、現在は年金暮らしの老人だ。
結婚相手もおらず、財産もない。
それでもT山さんは、いつ何時も、「顔」のことを延々と考え続けているという。
T山さんは語る。
「私に限っては、死ぬのが怖いから死んでないだけです。しかし、あの紙を見てしまったせいで、「顔」のこと以外は何も興味を持てないのです。あの「顔」のことしか考えられない。だから、私は「顔」を思ってただ生きているだけです。あんな封印を解かなければ、人並みの幸せが得られたのに……いつもそう思ってますよ。だけど、それも「顔」とは関係のない事ですから、すぐ忘れます」
息を飲んで戦慄する私に、T山さんは無表情に言った。
「ちょっと怖いのがね。昔、私が送った「顔」の紙がね……。最近、テレビで紹介されてたんですよ、あの「顔」がね。テレビ局の企画で、倉庫から昔の投稿ネタを掘り起こす番組とかで……。私もすっかり忘れててね、取り返しておくべきでしたけど。当時は何も返信をもらえなかったもんですから。まあ、もうどうしようもないですけどね」
【おわり】
T山さんは若い頃、解体業の仕事をしていた。
ある時、山奥の家屋を解体する現場で働いていた。
家屋は古い木造で難なく解体できたが、家屋の敷地に隣接して、妙な廃寺があった。
コケやツタが絡まり、壁や柱も朽ちていた。
薄暗い山奥で、朽ちた状態で残っていた。
寺の中はほぼ何も残っていなかったが、お堂に奇妙な箱が残されていた。
古びた木箱に、麻紐で何重にも縛ってあり、古びて茶色くなった紙に
「開ケルベカラズ」
と筆で朱書きしてあった。
若かったT山さんは、仲間の一人と一緒に肥後守で麻紐を切ると木箱を開けた。
中には、1枚の紙が入っていた。
茶色を通り越し、薄灰色になるほど古ぼけた和紙だった。
和紙には、奇妙な絵が描かれている。
人の顔のような絵だった。
目が互い違いの高さで書いてあり、おちょぼ口の、スキンヘッドの顔だった。
そして、顔の斜め上方に見たことのない梵字のような、漢字のような字が書いてあった。
「なんだこりゃ」
面白いものがあると思ったT山さんは拍子抜けした。
そして、和紙をポケット突っ込んだ。
それ以来、T山さんは、奇妙な感覚に支配され始めた。
あの和紙に書いてあった、目の互い違いになった顔は……一体何だろうと気になってしょうがなくなって来た。
顔の横に書いてあった漢字も気になる。何を意味しているのだろうと。
T山さんは、仕事中も、休憩中も、仕事を終えて家に帰ったときもひたすら和紙に描かれた顔を考え続けた。
夜に寝れば、夢に出るのは必ず例の顔だった。
その顔を前にして、T山さんはひたすら考え続ける。
だが、何も答えはでないし、ひらめくわけでもない。
T山さんは、辞書や昔話の本を開いて徹底して調べた。
だが、何も情報は得られない。
T山さんは仕事中も常に例の顔を考える。趣味だった囲碁すら全く手を付けなくなり、時間がある時はひたすらに例の顔を思った。
これは見世物として面白いモノなのかもと、T山さんは思った。
T山さんは、知り合いにコピーを配ったり、テレビ局に勤める知人に「廃寺に封印された幽霊の絵」とキャッチコピーを付け原本を送った。
そうして、数カ月後、一緒に和紙を見た同僚が泣きながらT山さんに縋りついてきた。
「どこにいても、なにをしても、例の和紙の顔が頭から離れない」
同僚は、子ども達の成長や、妻の小言も、何もかも頭に入らないという。
子どもが野球で活躍したり、テストの点を取っても全く何も感じない。
頭に浮かぶのは、例の顔のことだけ……そう泣きつくのだった。
T山さんは身震いした。
確かにそうだ。
自分は仕事をして、夕食には握り飯と野菜入りの味噌汁を食べ、ビールを1缶飲んで寝る。
それ以外は、全て……いや、仕事中や食事中、晩酌中すら「和紙の顔」のことしか考えていなかった。
T山さんが独り身なのが幸いしたかもしれない。
同僚はさらに数か月後、首を吊って死んだ。
子どものことも、妻との愛情も、親族や、友人との交流すら……何も感じなくなり、頭から「顔」が離れないのだと遺書には綴ってあったそうだ。
T山さんは心底怯えた。
これが「開ケルベカラズ」と封印された事情だったのだと思った。
T山さんはそれから数十年が経ち、現在は年金暮らしの老人だ。
結婚相手もおらず、財産もない。
それでもT山さんは、いつ何時も、「顔」のことを延々と考え続けているという。
T山さんは語る。
「私に限っては、死ぬのが怖いから死んでないだけです。しかし、あの紙を見てしまったせいで、「顔」のこと以外は何も興味を持てないのです。あの「顔」のことしか考えられない。だから、私は「顔」を思ってただ生きているだけです。あんな封印を解かなければ、人並みの幸せが得られたのに……いつもそう思ってますよ。だけど、それも「顔」とは関係のない事ですから、すぐ忘れます」
息を飲んで戦慄する私に、T山さんは無表情に言った。
「ちょっと怖いのがね。昔、私が送った「顔」の紙がね……。最近、テレビで紹介されてたんですよ、あの「顔」がね。テレビ局の企画で、倉庫から昔の投稿ネタを掘り起こす番組とかで……。私もすっかり忘れててね、取り返しておくべきでしたけど。当時は何も返信をもらえなかったもんですから。まあ、もうどうしようもないですけどね」
【おわり】
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