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廃住宅地のゴミステーション

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思春期の娘と折り合いが悪く、妻からも煙たがられる40歳代男性Gさんの話。

Gさんは住宅街に住んでいる。
月曜の朝に、燃やせるゴミを近所のゴミステーションに出すのが日課になっていた。

まだ娘や妻が優しく話しかけてきていた頃、数少ない自分ができる家事としてゴミ捨てを買って出ていたのだ。

Gさんが30代になる時、戸建てを買った。
まだこの住宅街も、新興住宅地で家はまばらだった。

10年経った今では密集住宅地だ。
Gさんよりも若い世帯が沢山住んでいる。

かつてはガラガラだったゴミステーションも、今は手狭だ。

うっかりして、当日の朝に出すともうカゴは満杯になっている。
前日でも夜遅くに出すと、既にカゴは満杯で入れられる余地がない。

カゴの中にきちんとしまわないと、カラスや猫があさってしまう。
そうなると、ゴミ袋の名前から特定されて、口うるさい自治会役員に掃除しろと言われるのだ。

Gさんはつい、うっかりしてゴミを遅くまで出し忘れていた。
時刻は22時を過ぎている。

Gさんは悪態をついて、ビール腹を抱えると立ち上がった。
一応ゴミステーションに出しに行くことにしよう。

自分が出さないとどうせ、誰もゴミを出さないのだから。


Gさんがスエットにサンダルでゴミステーションに来ると、やはり満杯だった。
再び悪態をつくGさん。

そこで、ふと思いついた。

隣の住宅地も組違いで同じ自治会だった。
そこのゴミステーションに出せばいい。
ここから歩いて10分ほどの場所にある。

だが、不安な点もある。
その住宅街は、もう誰も住んでいないのだ。
Gさんが移り住んだころから、その住宅街にはだれも住んでいない。

何件もの家が立ち並んでいるが、全て空き家で、手の入ってない廃墟なのである。
中には、ツタだらけになった一軒家もある。

利便性も悪くないのに、家も取り壊されず、延々と廃墟のままなのだ。
一度、Gさんは近所の人に聞いたことがある。
近所の人たち、自治会の人たちは皆口をつぐんだ。

「詳しく知らないけど…なんか『物騒な事件』があったらしくて…それからもう人が住んでないの」

皆そういってはぐらかした。

事件がどんなものかは、調べても分からなかった。
しかし、もうこの際どうでもいい。

ゴミが出せるならゴーストタウンでも構わない。
Gさんはその住宅街へと向かった。

件の住宅街は、街灯だけがぼんやりとついて、住宅街なのに窓の光が全く存在せず、闇の中に家のシルエットだけが並んでいた。
Gさんはやや薄気味悪さを感じながら、住宅街の奥へと入り、ゴミステーションへ向かった。

近隣の地図を見たことがある。
Gさんはゴミステーションにたどり着いた。

長年空き家だらけなのに、ゴミステーションは撤去されていない。

暗い中、箱罠のようなゴミステーションがぽつりとあった。
その中に、一つだけ黒いビニール袋が捨てられていた。

「あれ…だれかゴミを捨てていったのかな…しかし、燃やせるごみの指定袋ではないが」
Gさんはいぶかしんで近づく。

決められたごみ袋ではない。
もしかしたら不法投棄の類かも知れない。

Gさんはゴミステーションのかごを開けた。
黒いゴミ袋は荒々しく結び付けられ、中のものが見えそうであった。

つんと、魚や豚肉…生ごみが腐った臭いがした。
やはり燃やせるゴミを出したモノがいるのだろう。

「仕方ない奴だな、捨てた人は。指定の袋も使わずに…」
Gさんはそうつぶやいて、黒いゴミ袋の結び目を解き始めた。

なぜだろう。
Gさんは、黒いゴミ袋に惹かれた。
もしかしたら、近所の奴が見られたくないものを捨てたりしてるかもしれない。

このような余計な好奇心や、他者への過干渉が家庭の問題となっていることに彼は気づかない。
Gさんは、好奇心から黒いゴミ袋を開けた。

黒いゴミ袋の中には、人の身体が入っていた。
嗅いだこともないような腐臭と共に、おぞましい光景が目に入る。
腕や脚が無造作に押し込まれ、脚の裏がGさんの方へ突き出ていた。

その横には、30代くらいだろうか…生気のない、白い顔をした頭部が押し込まれていた。
血液で固まった毛髪が、頬にへばりついている。
目は白目を剥いている。

Gさんは悲鳴を上げた。

なんというモノを見たのだろう。

Gさんの悲鳴を聞き、頭部はぎょろりと目を動かし、黒目をGさんへと向けた。

Gさんは悲鳴を上げて走った。
ゴミを出すことも忘れ、家に逃げ帰ると、直ぐに警察へ通報した。
「ゴミ袋に入った死体がある!」と。

付近にはけたたましいサイレンを鳴らしたパトカーが集結し、騒ぎになった。

パニックになったGさんは、警察官を連れ例のゴミステーションに戻った。

だが、そこに黒いゴミ袋はなかった。

対応した警察官は呆れたように
「ちょっと飲み過ぎたようですね、ご主人。あんまり家族に心配かけてはいけませんよ」
と言って去っていった。


この件はさらに家族と自分の溝を深めることになったと、Gさんは嘆いている。
だが、Gさんは自分が酔っていたのではないと断固主張している。

以来、Gさんは決して件の住宅街には入らないし、ゴミを捨てそびれた時は素直にあきらめるようになったそうだ。

【おわり】
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