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池のほとりで
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友人の柔道家W君の話。
彼は大学生の頃、友人と肝試しをしたらしい。
彼の大学には、キャンパスの真ん中に池があって、鯉が泳ぎ、ウッドデッキがあり、菖蒲なんかも生えて風流な池だった。
彼曰く、「脳みそに異性と酒の事しかない大学生が、そんな池にたむろすることはなかった」
という事だったが、ひとつ噂があったらしい。
その池には河童が出るという言い伝えがあった。
大学ができる前、農家が牛を洗っていた川が流れ込んでいたらしい。
大昔は、その川で河童に襲われたり、牛を奪われたりしたという伝承があったそうだ。
腕に覚えのあるW君は、半分ふざけて河童を投げ飛ばしてやると豪語して、霊感の強い友人を連れたって深夜の大学に侵入した。
W君は面白がって、キュウリとビールを隠し持っていた。いずれも河童の好物だ。
だが、霊感の強い友人は気が進まないようである。
暗い学内を歩いて、池に向かう。
「なんか、嫌な雰囲気なんだよなあ」と霊感の強い友人は言った。
とうとう、池の数百メートル手前で、霊感の友人は立ち止まり、池に行くのを拒否した。
「だめだ…。W君、あの池は出るぞ。俺はいかない」
W君は柔道の猛者ではあったが、うすら寒くなった。
だが、普段豪傑で鳴らしている自分が怖がるのも恥だと、一人で池に向かった。
池周辺は耳が痛くなるほどの静寂だった。
池の水は真っ黒に見え、底知れぬ闇が広がるようである。
W君は及び腰でウッドデッキに腰掛け、河童が現れるのを待った。
だが、ここで本当に出てもらっても恐ろしい。
W君は自分でキュウリを食べ始めると、ビールを飲んだ。
恐怖心を抑えようと思ったのだ。
「なにしてるの?」
突然、後ろから話しかけられた。
W君が振り返ると、髪の長い女性が立っていた。
彼は驚いたが、よく考えると学内には宿泊可能な研修施設もあるし、研究室で徹夜している人も沢山いる。
女性は怪訝な顔をしていたが、W君が訳を話すと笑った。
「おもしろいことするね、きみ」
女性は服装や髪型が古臭くてイモっぽいが、美人だった。
ビールのほろ酔いもあり、W君は饒舌に話しをした。
女性はやはり「家に帰らず、ずっと大学で過ごしている」という。
真っ暗な池だったが、W君には楽しい湖畔デートに変わった。
ひとしきり女性と談笑して、もう河童の事などすっかり忘れてしまった。
W君は楽しい時間を過ごした女性に魅力を感じていた。
携帯の連絡先を教えてくれとせがんだ。
「ごめんなさい。携帯はもってないの。代わりに、メモを渡すね」
女性は、メモ紙に名前と電話番号を書くと、桃色のかわいらしいきんちゃく袋に入れて渡してくれた。
W君はウキウキとして小走りに去った。
女性は笑顔でウッドデッキで手を振っていた。
W君が霊感の友人のもとに戻ったとき、彼は青ざめてしゃがみ込んでいたという。
「すごく感じるんだ。きついくらいに」と友人。
「バカ言え。なんにもなかったぞ」とW君は友人の肩を抱き、帰宅した。
数日後、学生センターにW君はいた。
彼女に渡された電話番号にかけても、「その電話は現在使われておりません」と出る。
番号を間違えたのだろうか。
彼は学生センターに、彼女の学部を聞くことにした。
センターの年配男性職員に、彼女の名前を伝えた。
職員は目の色を変え、深刻な顔をした。
「この彼女と、いつ会ったのですか?」
「ほんの数日前ですよ。池のほとりでね」
とW君。
職員さんはW君を別室に連れ出し、告げた。
「センターのデータには、在学中の履修した科目や休校、退学、あらゆるデータが登録されています。君が出会ったというその女性は、確かに在籍していました」
「していました?」W君は首をかしげる。
「在籍していたのは数十年も前です。また、彼女は…私も当時の学生だったので知っていますが…学内での人間関係に悩み、例の池に飛び込んで亡くなったんですよ。結構大きな騒ぎになったので覚えていますが」
「そんなバカな…」W君の背筋は寒くなり、手が震えはじめた。
そして、W君は彼女から渡されたメモ紙と、きんちゃく袋を持っていたバッグから取り出した。
W君はそれまで気づかなかったが、紙は茶色く変色し、擦り切れた古い紙だった。
桃色のきんちゃくは、薄い肌色に変色し、紐が切れかけているほど古びていた。
それを見たW君は卒倒したそうだ。
---
・・・だが、ある意味丈夫な彼は、今でもそのきんちゃく袋を持っているそうだ。
あの池で過ごしたひと時が忘れられず、彼女の面影を時として思い出すという。
「俺は、幽霊に会って怖かった…というよりさ。あんな素敵な女性と、もう会えないってのが辛かったんだよな。まあ、俺に何かあってさ、あの世に行くようなことがあれば彼女を探してみたいなと思ったりするのさ」
W君はそう笑って語るのだった。
【おわり】
彼は大学生の頃、友人と肝試しをしたらしい。
彼の大学には、キャンパスの真ん中に池があって、鯉が泳ぎ、ウッドデッキがあり、菖蒲なんかも生えて風流な池だった。
彼曰く、「脳みそに異性と酒の事しかない大学生が、そんな池にたむろすることはなかった」
という事だったが、ひとつ噂があったらしい。
その池には河童が出るという言い伝えがあった。
大学ができる前、農家が牛を洗っていた川が流れ込んでいたらしい。
大昔は、その川で河童に襲われたり、牛を奪われたりしたという伝承があったそうだ。
腕に覚えのあるW君は、半分ふざけて河童を投げ飛ばしてやると豪語して、霊感の強い友人を連れたって深夜の大学に侵入した。
W君は面白がって、キュウリとビールを隠し持っていた。いずれも河童の好物だ。
だが、霊感の強い友人は気が進まないようである。
暗い学内を歩いて、池に向かう。
「なんか、嫌な雰囲気なんだよなあ」と霊感の強い友人は言った。
とうとう、池の数百メートル手前で、霊感の友人は立ち止まり、池に行くのを拒否した。
「だめだ…。W君、あの池は出るぞ。俺はいかない」
W君は柔道の猛者ではあったが、うすら寒くなった。
だが、普段豪傑で鳴らしている自分が怖がるのも恥だと、一人で池に向かった。
池周辺は耳が痛くなるほどの静寂だった。
池の水は真っ黒に見え、底知れぬ闇が広がるようである。
W君は及び腰でウッドデッキに腰掛け、河童が現れるのを待った。
だが、ここで本当に出てもらっても恐ろしい。
W君は自分でキュウリを食べ始めると、ビールを飲んだ。
恐怖心を抑えようと思ったのだ。
「なにしてるの?」
突然、後ろから話しかけられた。
W君が振り返ると、髪の長い女性が立っていた。
彼は驚いたが、よく考えると学内には宿泊可能な研修施設もあるし、研究室で徹夜している人も沢山いる。
女性は怪訝な顔をしていたが、W君が訳を話すと笑った。
「おもしろいことするね、きみ」
女性は服装や髪型が古臭くてイモっぽいが、美人だった。
ビールのほろ酔いもあり、W君は饒舌に話しをした。
女性はやはり「家に帰らず、ずっと大学で過ごしている」という。
真っ暗な池だったが、W君には楽しい湖畔デートに変わった。
ひとしきり女性と談笑して、もう河童の事などすっかり忘れてしまった。
W君は楽しい時間を過ごした女性に魅力を感じていた。
携帯の連絡先を教えてくれとせがんだ。
「ごめんなさい。携帯はもってないの。代わりに、メモを渡すね」
女性は、メモ紙に名前と電話番号を書くと、桃色のかわいらしいきんちゃく袋に入れて渡してくれた。
W君はウキウキとして小走りに去った。
女性は笑顔でウッドデッキで手を振っていた。
W君が霊感の友人のもとに戻ったとき、彼は青ざめてしゃがみ込んでいたという。
「すごく感じるんだ。きついくらいに」と友人。
「バカ言え。なんにもなかったぞ」とW君は友人の肩を抱き、帰宅した。
数日後、学生センターにW君はいた。
彼女に渡された電話番号にかけても、「その電話は現在使われておりません」と出る。
番号を間違えたのだろうか。
彼は学生センターに、彼女の学部を聞くことにした。
センターの年配男性職員に、彼女の名前を伝えた。
職員は目の色を変え、深刻な顔をした。
「この彼女と、いつ会ったのですか?」
「ほんの数日前ですよ。池のほとりでね」
とW君。
職員さんはW君を別室に連れ出し、告げた。
「センターのデータには、在学中の履修した科目や休校、退学、あらゆるデータが登録されています。君が出会ったというその女性は、確かに在籍していました」
「していました?」W君は首をかしげる。
「在籍していたのは数十年も前です。また、彼女は…私も当時の学生だったので知っていますが…学内での人間関係に悩み、例の池に飛び込んで亡くなったんですよ。結構大きな騒ぎになったので覚えていますが」
「そんなバカな…」W君の背筋は寒くなり、手が震えはじめた。
そして、W君は彼女から渡されたメモ紙と、きんちゃく袋を持っていたバッグから取り出した。
W君はそれまで気づかなかったが、紙は茶色く変色し、擦り切れた古い紙だった。
桃色のきんちゃくは、薄い肌色に変色し、紐が切れかけているほど古びていた。
それを見たW君は卒倒したそうだ。
---
・・・だが、ある意味丈夫な彼は、今でもそのきんちゃく袋を持っているそうだ。
あの池で過ごしたひと時が忘れられず、彼女の面影を時として思い出すという。
「俺は、幽霊に会って怖かった…というよりさ。あんな素敵な女性と、もう会えないってのが辛かったんだよな。まあ、俺に何かあってさ、あの世に行くようなことがあれば彼女を探してみたいなと思ったりするのさ」
W君はそう笑って語るのだった。
【おわり】
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