15 / 104
湖畔のトンネル
しおりを挟む
D子さんは農業関連団体に勤めていたことがあった。
彼女が仕事である農家を訪ねた時の事。
商談が終わる頃には、辺りは暗くなっていた。
周囲は山に囲まれ、田畑があるのみである。
民家は点々として、人通りも少ない。
農家の主人は言った。
「大通りの道路から出て帰るといい。近道になるけど、湖の周りを走るのはやめときいよ」
主人の言うように、帰り道は遠いけれど大通りの整備された車道と、近道だが山の中の湖周辺を迂回するルートがあった。
できるだけ早く帰りたかったD子さんは、
「ご心配ありがとうございます」
とだけ答えて、車を発進させた。
D子さんは、暗い山村が不気味だった。
はやいところ帰りたくて、つい、避けるように言われた湖の道を目指した。
その湖は森に囲まれ、昼でも驚くほどしんと静まり返っている。
湖畔には、かつて景気の良かったころ建てられたレジャーボートの店や、喫茶店、土産物屋の廃墟があった。
D子さんは湖畔を通り過ぎ、廃墟を横目に見ながら車を走らせる。
不気味だ。
木々の間から目を光らせる鹿の姿も気味が悪い。
D子さんは嫌なことを思い出した。
かつて、この湖畔に建っていた施設で、人が命を落とす事件があったらしい。
確か…女性が被害者だったと噂では聞いた。
D子さんはますます気味悪くなり、先を急いだ。
そして、道路の幅員が狭くなり、小さなトンネルへと差し掛かった。
トンネル内は、より一層暗かった。
月明りも届いておらず、天井のコケが付いた古い電灯もおぼろげな灯りをつけているだけ。
D子さんが怯えながらトンネルを通過していると、なぜか車がエンジントラブルを起こし、トンネルの中ほどで止まった。
D子さんは軽くパニックを起こした。
車のエンジンは止まり、ヘッドライトも消えたのだ。
一瞬にして、周囲は闇が深くなる。
D子さんは、慌てて何度もアクセルをふみこんで、キーを回した。
「お願い!動いて!」D子さんは恐怖でそう願っていた。
その時、D子さんの背筋を冷たいものが走った。
視界の右端。
運転席ドアの前に何かがいる。
D子さんは、おそるおそる顔は前に向けたまま、眼球だけ右に向けた。
それは白い服を着た女性だった。
暗い中、かろうじでトンネルの中にさす月明りが、薄く輪郭を形作っている。
女性はゆらゆらと、軽くゆれるようにして立っている。
日の落ちた湖に、なぜ女性一人トンネルの中に立っているのだろう…
ありえない。
D子さんは、本能的に「見たらヤバい」と思ったらしい。
その女性をできるだけ視界に入れないよう、何度もエンジンキーを回した。
視界の端で…その女性がD子さんの窓ガラスに手を掛けようとしているのが分かった。
その時、エンジンが目覚めたように駆動を開始した。
ヘッドライトが点灯し、車の調子が戻った。
D子さんは前だけを見て、アクセルを全開にし、そのトンネルから逃げたそうだ。
トンネルを出る際、D子さんはルームミラーを見た。
そこにいたはずの女性は消えており、トンネルの中には何もいなかったという。
---
この話。
D子さん以外の人からも聞いている。
その噂では、当該湖のトンネルで「ライトを消してはいけない」という言い伝えだった。
ライトを消すと、女の姿の何かが現れるそうだ。
D子さんの証言とも合致するので、私自身寒気がしたのを覚えている。
【おわり】
彼女が仕事である農家を訪ねた時の事。
商談が終わる頃には、辺りは暗くなっていた。
周囲は山に囲まれ、田畑があるのみである。
民家は点々として、人通りも少ない。
農家の主人は言った。
「大通りの道路から出て帰るといい。近道になるけど、湖の周りを走るのはやめときいよ」
主人の言うように、帰り道は遠いけれど大通りの整備された車道と、近道だが山の中の湖周辺を迂回するルートがあった。
できるだけ早く帰りたかったD子さんは、
「ご心配ありがとうございます」
とだけ答えて、車を発進させた。
D子さんは、暗い山村が不気味だった。
はやいところ帰りたくて、つい、避けるように言われた湖の道を目指した。
その湖は森に囲まれ、昼でも驚くほどしんと静まり返っている。
湖畔には、かつて景気の良かったころ建てられたレジャーボートの店や、喫茶店、土産物屋の廃墟があった。
D子さんは湖畔を通り過ぎ、廃墟を横目に見ながら車を走らせる。
不気味だ。
木々の間から目を光らせる鹿の姿も気味が悪い。
D子さんは嫌なことを思い出した。
かつて、この湖畔に建っていた施設で、人が命を落とす事件があったらしい。
確か…女性が被害者だったと噂では聞いた。
D子さんはますます気味悪くなり、先を急いだ。
そして、道路の幅員が狭くなり、小さなトンネルへと差し掛かった。
トンネル内は、より一層暗かった。
月明りも届いておらず、天井のコケが付いた古い電灯もおぼろげな灯りをつけているだけ。
D子さんが怯えながらトンネルを通過していると、なぜか車がエンジントラブルを起こし、トンネルの中ほどで止まった。
D子さんは軽くパニックを起こした。
車のエンジンは止まり、ヘッドライトも消えたのだ。
一瞬にして、周囲は闇が深くなる。
D子さんは、慌てて何度もアクセルをふみこんで、キーを回した。
「お願い!動いて!」D子さんは恐怖でそう願っていた。
その時、D子さんの背筋を冷たいものが走った。
視界の右端。
運転席ドアの前に何かがいる。
D子さんは、おそるおそる顔は前に向けたまま、眼球だけ右に向けた。
それは白い服を着た女性だった。
暗い中、かろうじでトンネルの中にさす月明りが、薄く輪郭を形作っている。
女性はゆらゆらと、軽くゆれるようにして立っている。
日の落ちた湖に、なぜ女性一人トンネルの中に立っているのだろう…
ありえない。
D子さんは、本能的に「見たらヤバい」と思ったらしい。
その女性をできるだけ視界に入れないよう、何度もエンジンキーを回した。
視界の端で…その女性がD子さんの窓ガラスに手を掛けようとしているのが分かった。
その時、エンジンが目覚めたように駆動を開始した。
ヘッドライトが点灯し、車の調子が戻った。
D子さんは前だけを見て、アクセルを全開にし、そのトンネルから逃げたそうだ。
トンネルを出る際、D子さんはルームミラーを見た。
そこにいたはずの女性は消えており、トンネルの中には何もいなかったという。
---
この話。
D子さん以外の人からも聞いている。
その噂では、当該湖のトンネルで「ライトを消してはいけない」という言い伝えだった。
ライトを消すと、女の姿の何かが現れるそうだ。
D子さんの証言とも合致するので、私自身寒気がしたのを覚えている。
【おわり】
10
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる