理想の移住先

色白ゆうじろう

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カスタマーハラスメント

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B子はスーパーのパート店員である。

元来の口下手と人見知りから、30歳を過ぎたが独身で、恋人や友人もいない。

仕事は惰性で長年続けており、慣れてはいるが好きではない。

大人しいB子を見ては、絡んでくる客が結構いるのだ。

「ポイントカードが読み取れない!」
「セルフレジの機械がおかしい!」
「早くしろ!」
と罵声を浴びせてくる。
そのほとんどは、客が機械操作に不慣れだからだったりする。

大抵は客自身の問題なのだが、老齢男性から、中年男、老齢女性までB子によく怒鳴りつけた。

B子は慣れているとは言え、いい加減にうんざりしていた。

ある日の勤務日、B子は爆発した。

忙しくレジを打っているB子のエプロンを、おなじみのクレーム老人が後ろから引っ張ったのだ。

そして怒鳴った「ちんたらするな!」

B子は老人の腕を激しく振りほどき、泣きながらその場を立ち去ると、店長に辞職を申し出て店を飛び出した。

周りはなだめようとする。
だが、こんなことになるまで助けてくれない周りすら嫌になっていた。

クレーム老人は、B子のことを「店員の態度か」とさらに怒鳴っており、ベテラン店員がさすがに説諭を試みていた。

だがもうどうでもいい。

B子は泣きながら帰路につく。


しばらく歩き、人気のない道路を歩いていると立ちふさがるものがいた。

その人物は細長く、銀色で、頭部がシュモクザメのような形をしている。
B子は愕然とした。

「慌てないで!私はスレイ星人。地球にやってきた宇宙人です」
その人物は言った。

スレイ星人の緑色の瞳は光を発した。
B子は、それを見ると、スレイ星人が宇宙人であるとすんなり理解した。
宇宙人と遭遇したという驚きや恐怖は奇妙にも消え去った。

「あなたを助けに来ました」スレイ星人は言う「あなたはあまりに気の毒です。長年にわたり、うだつの上がらないスーパーに尽くしてきた。だが、周囲の人間はあなたを顧みることがない。惰性に耽溺するだけ。」

「どうしてわかるの?」B子が聞く。

「我々は、礼儀正しく、心優しい地球人をスカウトしているのです。あなたは素晴らしい、仕事熱心で、嫌な客の相手もきちんとこなす」

「それが、さっき、限界がきて辞めちゃったのよ。私はだめですよ」

「知っていますとも。いや、よく我慢しました。もうとっくに限界を超えていていいはずです。あなたはこの長年耐え忍んできたのです。あなたを責める権利は誰にもありません」

「ありがとう。もういいの。私はもう働きたくないし、人にも会いたくない」

スレイ星人は続ける。
「我々がスカウトする職場はスレイ星人の衛星です。人口の90%以上はスレイ人ですから、嫌な人間はいませんよ。我々スレイ星人は絶対に大丈夫です。確約します。『オリオン腕評議会が選ぶ、最も礼儀正しく慈愛にあふれた知的生命体100選』でも、毎回首位を独占しています。言いにくいですが、地球人は遥か圏外ですがね」

B子は驚いた
「あなたのような宇宙人が生活する衛星で働くの?何をすればいいの?」

「同じですよ。生活品のマーケットで働いてもらいます。そこにはあなたのように礼節ある地球人が働いています。それも我々の厳格な基準で選んだ地球人たちですから、素晴らしい人たちですよ」

「私が働いてメリットはあるの?」

「ありますとも!今の業務ほど忙しくありません。神経を逆なでするクレーマーなんて存在しません。スレイ人は『カスタマーハラスメント』の概念を理解するのには苦労します。それだけ平穏です。ですが、お給料は100倍を補償しましょう」

「100倍!月収1000万ってこと!?」B子のパート代は月10万円ほどなのだ。

「そうですそうです。地球人向けの社会保障は充実し、庭付きの家だって容易に手に入りますよ。もし、ご結婚されれば、養育補助だってある…どうですか?」

「すごいわね…でも、地球には帰れないの?」

「とんでもない!年に数回は帰れますし、旅行だって可能です。もし、スレイ衛星が気に入らないなら、地球に帰ってもいいです。ただし、行方不明防止のためにチップを埋め込ませてもらいますがね。まあ、宇宙を移動する場合チップを埋め込むことはよくあることです」

B子は条件にひかれた。
このまま地球で無職生活をしたところでたかが知れている。

失うモノもとくにない、少しだけ体験してみるのもいいのではないだろうか。

「お受けしますわ」B子はスレイ星人に言った。

「ありがとうございます!それではすぐに手配させていただきます!」


それから、政府の役人とスレイ星の役人がやってきて、複雑な書類を取り交わした。
スレイ人の医者から首筋にチップを埋め込む手術を受けた。
B子はスレイ衛星に渡った。


スレイ衛星は素晴らしかった。

空は常にグラデーションがかかり、昼は青とエメラルドグリーン。薄暮時は薄ピンクや紫、オレンジとネオン色が複雑に重なり合い、美しい空模様を作った。
町は地球よりきれいで、文明も進んでいる。
緑も多い。ごみごみしておらず、洗練された都市だった。
マーケットは発達し、娯楽から食品、生活用品まで何も不自由なく住みやすい。

驚くべきは、確かにスレイ人たちは皆親切で、何一つ文句を言わない。
こちらがミスをしたところで、スレイ人は決して責めない。
むしろ、ミスをさせたことを申し訳なく思う…などとのたまう。

地球にいたころのスーパーとは雲泥の差だった。
気持ちよく働き、給料は破格で、客の質も最上…B子はいきいきとした。

さらに、同じマーケットで働く20歳代の男地球人が素晴らしかった。
彼も地球では苦労して、スレイ衛星にスカウトされたそうだ。

顔もよく、スタイルもいい。そして、ここに来るだけあって、とても親切で申し分ない。

B子は男性に恋心を抱いた。

すると、男性の方が既にB子に夢中になっていたらしい。
男性が先にB子へ愛の告白をした。
二人は恋人となった。

貯金や恵まれた労働環境、そして、恋人を手に入れ、B子は地球に帰りたくなくなっていた。

このままスレイ衛星で生活して行ってもいいかもしれない。
地球に戻ったって、給料は悪く、客の質も悪く、友人も恋人もいないのだ。

ある日、B子をスカウトしたスレイ人が様子見にやってきた。
B子は永住してもいいくらいだといった。
そして、結婚してスレイ衛星に住むことは可能か聞いた。

「もちろんですとも!」スレイスカウトは言う「素晴らしい事です!結婚され、はんしょ・・・・子どもさんを設けても、様々な補助があります!是非ご検討ください。結婚補助金、マイホーム助成金、多頭…いえ、子だくさん補助など…住みやすいように色々と補助もありますから」

スレイスカウトの言葉で決心がついたB子は結婚した。
そして、子どもも生まれた。

いずれはスレイ人の優れた教育制度にのっとって育っていくことだろう。


地球の頃とは比べ物にならない待遇…
幸せな家庭、楽しい生活…いつしか、B子は地球に帰る気すらなくしていた。

「ぼくもそうさ。二度とあの惑星には帰りたくない。ここで、スレイ人たちのために働いて君と子どもと暮らすのがこの上ない幸せだ」
夫が七色の空を眺めながら言う。
二人の家は人間用居留地の高台にある。

「そうね。本当に幸せ」B子はしみじみと言った。

周囲は、スレイ人が配慮して人間たちが住むように住宅地を設置している。

ビルの清掃人、レジ係、配達員、交通整理員、運転手…
不思議なことに、管理業や会社を設立している人はいない。

まあ、そんなものなのだろう。

B子はすやすやと眠る我が子の顔を見た。
この子もいずれ、この世界で働くのだろう…




そのころ、スレイスカウトは、スレイ衛星の役所で役人幹部と話していた。

「順調ですな。地球人も増え、単純労働の担い手が増えている。聞けば、繁殖も成功しているようですな」
役人がにこやかに言う。

「ええ。この調子ですと、何代にもわたり単純労働の担い手は受け継がれていくことでしょう」
スレイスカウトは笑顔で答える。

「しかし、地球人にも独立心旺盛の者が出てきて、会社を興すとか、労働者たちを取りまとめる…というようなものが出ないかね」

「ご心配なく。そのような素養がないものしか選んでいませんし、彼らが独立するのは法的に禁じていますから。また、首筋に埋め込むチップにも、独立心や自立性を抑制する電気信号が発されるようになっています」

「ぬかりないね。おかげで、我々スレイ人は単純労働から解放される。我々は昔から礼節と温情の篤いことで知られているが、単純労働が大の苦手なのだ。大金を積まれたってスレイ人は単純労働を極端に避ける。だから、今まで下位の知的生命体を奴隷として使役してきた」
役人が葉巻に火をつける。

「ええ。ただ、我々先進宇宙人の間でも、多様性尊重や人権意識の高まりにより、堂々と奴隷使役を行うことが難しくなってきた」
スレイスカウトが言う。

「そこで我々は地球に目を付けたわけだな」


「そうです。地球にはまだ沢山の知的霊長類がいる。割とモノがいいものを選別していけば、奴隷にも困りませんからね。それに、『移住』という体であれば…評議会の監査もすり抜けられる」

役人とスレイスカウトは不敵に笑った。
単純労働の奴隷はますます増えそうだ。

そこでスレイスカウトは首をかしげて言った。
「しかし、彼らの知能の低さでしょうか…我々が提示する条件で、嬉々として奴隷生活に安住するのですよ。中には繁殖を希望する者すらいる。我々からしたら、延々と単純労働を繰り返すなど嫌気がさしますが…。よっぽどひどいんでしょうなあ…地球の生活というのは…」





【おわり】
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