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第33話「届かない敵」
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「お前、血みどろの殺し合いをしてマトモじゃなくなってるぜ」
氷上は、氷上が片腕を切り落としたテロリスト沼田の血痕をたどりながら、根須からかけられた言葉を反芻していた。
たしかにそうかもしれない。
沼田から向けられ、紙一重で躱した殺意
沼田の腕をナタで切り落としたあの瞬間
ギリギリの生死をかけた攻防と緊張感
確かに氷上は戦いの魅力に取りつかれていた。
氷上は根須の忠告ではっと正気に戻った。
正気に戻ったというのもおかしな話、警察官に戻ったのだ。
氷上の父も警官だった。
父は剣術が強く、氷上も幼いころから、剣の道に没頭した。
ただ、氷上は他の剣士たちと違った。
氷上は、電気信号のポイント制スポーツ「撃剣」で勝ち負けを決める事に子どもの頃から疑問に抱いていた。
氷上がどうしても喧嘩で勝てなかった道場生が、恐ろしく競技では弱かったからである。
時折、その者に勝負を挑んでは破れた。
「なんで俺より強いんだよ」あざだらけになり、河川敷で大の字に寝転ぶ。
息を切らしたその道場生は言う「いいじゃないか。君は競技じゃ強いんだ」
気のいいそいつは、いつもそう言って氷上をフォローする。
しかし、氷上のはらわたは、その言葉を掛けられるたびに、煮えくり返っていたのである。
そんな経緯からスポーツ競技としての剣技ではなく「現実に戦ったら」常にその命題を抱えていた。
荒っぽい喧嘩沙汰などを氷上は繰り返した。
それは「戦ってみよう」という知的好奇心ならぬ、武的好奇心からだった。
だが、氷上が生きる道に武の道はなかった。
スポーツ撃剣でそこそこの経歴を修め、剣士コミュニティの賞賛と人脈、父の薦めもあり推薦で警官となったのだ。
「どんな事態も、機動部隊は対処する」
そのモットーの下繰り返される訓練。
しかし、ほぼ半数は競技撃剣の訓練…
犯罪やテロと戦うはずの機動部隊は、延々と衛星大会や自治エリア大会で入賞するための撃剣練習を繰り返していた。
入賞すれば、警察部や警備部は手放しで喜び、幹部連はホクホク顔となる。
いかつい顔をした機動部隊幹部連も、必死に入賞を目指し、おそらく竹刀すら握ったことのないであろう警察部庁お歴々のために奔走するのである。
氷上が銃撃戦や捜索など、実戦部隊に投入されることを本部は殊更嫌がった。
大会で実績を残せる金の卵を、みすみす壊したくないからである。
そんな汚れ仕事は、スキルを持たざる一般隊員に任せるべしと幹部連は考えていた。
負傷したら外勤課のデスクや僻地の分屯所にでもやればいいのだから。
「もう剣はやめよう。戦いを空想するなんて無意味だ」氷上がそう決心した時だった。
「地球から来た兵隊あがりのヤバい奴がいる」
平治が現役陸戦隊員を叩きのめした噂に、氷上は心動かされた。
そして、平治が従事するスラム街の作戦に志願した。
氷上の予想はあたった。
まさか、ナタでの切り合いまでできるとは思わなかった。
そして、実戦を想定してきた自分の考えは間違いではなかった。
俺は本当の剣士になれるかもしれない。
銃器レンジャー?クソくらえ。
俺は剣が好きなんだ。
氷上はそう思ったのだった。
血の滴りはエレベーターへと繋がり、エレベーター内部でも広がっていた。
氷上は追うかどうか迷ったが、まだ沼田の姿は見つけていない。
エレベーターへ乗り込んだ。
血の付いた指で押したのだろう。
地下1階へのボタンが汚れていた。
氷上もボタンを押す。
地下に本拠地があるのだろうか。
ブリーフィングによると、地下エレベーターも廊下に接している。
狭い廊下に過激派の本拠地はないだろう。
出入口のない地下を根城にしているなら、もともと過激派の連中が出入りしていた可能性は高い。
氷上は警戒して念のため拳銃を抜き、弾丸を確認した。
そしてはっとした。
うっかりとしていた。
先ほどの沼田との乱戦で、サブマシンガンを置いてきたのだった。
さすがに氷上は自分に呆れた。
頭に血が上りすぎた。
しかし、やつらも小麦粉で小細工することもできないだろう。
地下は製造工場ではないはずだ。
エレベーターが地下に到着する。
氷上は念のため、エレベーターの狭い壁に手足を突っ張るようにして天井付近へ上った。
出入口に敵がいるとも限らない。
チーンとベル音がして、エレベーターのドアがスライドする。
天井付近から眺める。
出入口に直近に立っている敵や、社員はまったくいない。
氷上は安心して、天井付近から降りる。
降りて気づいた。
入口から約2m弱離れたところに、ツイードスーツ姿ののっぽが立っていた。
その顔は電子ヘルメットをかぶり、笑顔の顔文字を表示している。
「やあ、機動部隊君」スピーカーを介した声だ。
氷上が顔を引きつらせ、即座に拳銃を抜く。
2m距離がある。
警告には十分だ。
男に向ける瞬間だった。
なぜか、強い力で拳銃がねじり取られた。
おそろしい力だった。
そして、とっさの動作を取った氷上の虚を突いたタイミングだった。
剣術家である氷上の手から、銃が奪われたのだ。恐ろしき手腕。
「ふむ、君。剣術家だろ」男が言う「さっきの見事な手練を見せてほしいもんだがな」
男はそういうと、弾奏を取り出し、遊底を動かして残った弾丸を排莢させた。
そして、弾のない氷上の銃を内ポケットへしまった。
氷上は訳が分からなかった。
相手とは2m弱距離が離れている。
なぜ男の手に自分の銃があるのだろう。
いつ奪ったのか。
相手は全く動いていないはずだ。
「この先には行かせない」男が言った。「ちとマズいんでね」
しかし、後を追ってきた血痕は、男のいる先に続いている。
氷上は、深呼吸して警棒を取り出した。
警棒はスイッチを押されて刀の形状に伸びる。
「どけ。その先に職務執行妨害の被疑者がいる。拳銃を奪ったあんたもだが」
「私はそれで撃ったりしなかった」男が笑う「紳士だろう?礼儀は弁えているんでね」
「どけ!さもないと…」氷上が進む。
「下がるんだ…暴力装置くん」男が言う「それ以上近づくと、私は君を痛めつけなきゃならない」
氷上は一度止まった。
こいつは強いのか…?
だが、剣を抜いた俺を止めるのは容易ではない。
氷上にはナタの件から自信がみなぎっていた。
「ふざけたことを言う…」
氷上は歩き出す。
その瞬間だった。
男の拳が、氷上の顔面にめり込んだ。
氷上は呼吸が途切れ、激しいめまいと共に、体の力が抜けた。
直ぐに体勢を立て直す。
敵をにらむ。
氷上は驚愕した。
敵の姿はぶれているが、距離感ははっきりわかる。
敵は2mほど先にいる。
拳は愚か、脚すら届かないはず…
「あら、機動部隊の精鋭剣士ですら…見切れないのか」
男の電子ヘルメットがきょとんとした絵文字を表示する。
氷上は歯を食いしばり、剣を振り上げ、突進する。
電子ヘルメットは不敵に笑った。「種を見破ってごらん!」
その瞬間分かった。
敵の腕は伸びているのだ!
敵の腕が伸びる、その事実を把握した時、さらにもう一発こめかみに食らい、視界が激しくぶれた。
凄まじい速さ!
膝に力が入らない。氷上はよろける。
視界はぶれ、頭は揺れ、脚はふらつく…
その立てない氷上の顔面に、さらにもう一撃強烈なパンチが見舞われた。
氷上は気を失い、後方へ吹っ飛ぶように倒れた。
刀はカラカラと音を立てて、廊下に転がる。
「わかったかい?こういうことさ」
殺戮教授芳田カールは、電子ヘルメットで笑顔を見せた。
氷上の鼻血がこびりついた拳を持つ腕は、シュルシュルと元の長さに戻っていった。
氷上は、氷上が片腕を切り落としたテロリスト沼田の血痕をたどりながら、根須からかけられた言葉を反芻していた。
たしかにそうかもしれない。
沼田から向けられ、紙一重で躱した殺意
沼田の腕をナタで切り落としたあの瞬間
ギリギリの生死をかけた攻防と緊張感
確かに氷上は戦いの魅力に取りつかれていた。
氷上は根須の忠告ではっと正気に戻った。
正気に戻ったというのもおかしな話、警察官に戻ったのだ。
氷上の父も警官だった。
父は剣術が強く、氷上も幼いころから、剣の道に没頭した。
ただ、氷上は他の剣士たちと違った。
氷上は、電気信号のポイント制スポーツ「撃剣」で勝ち負けを決める事に子どもの頃から疑問に抱いていた。
氷上がどうしても喧嘩で勝てなかった道場生が、恐ろしく競技では弱かったからである。
時折、その者に勝負を挑んでは破れた。
「なんで俺より強いんだよ」あざだらけになり、河川敷で大の字に寝転ぶ。
息を切らしたその道場生は言う「いいじゃないか。君は競技じゃ強いんだ」
気のいいそいつは、いつもそう言って氷上をフォローする。
しかし、氷上のはらわたは、その言葉を掛けられるたびに、煮えくり返っていたのである。
そんな経緯からスポーツ競技としての剣技ではなく「現実に戦ったら」常にその命題を抱えていた。
荒っぽい喧嘩沙汰などを氷上は繰り返した。
それは「戦ってみよう」という知的好奇心ならぬ、武的好奇心からだった。
だが、氷上が生きる道に武の道はなかった。
スポーツ撃剣でそこそこの経歴を修め、剣士コミュニティの賞賛と人脈、父の薦めもあり推薦で警官となったのだ。
「どんな事態も、機動部隊は対処する」
そのモットーの下繰り返される訓練。
しかし、ほぼ半数は競技撃剣の訓練…
犯罪やテロと戦うはずの機動部隊は、延々と衛星大会や自治エリア大会で入賞するための撃剣練習を繰り返していた。
入賞すれば、警察部や警備部は手放しで喜び、幹部連はホクホク顔となる。
いかつい顔をした機動部隊幹部連も、必死に入賞を目指し、おそらく竹刀すら握ったことのないであろう警察部庁お歴々のために奔走するのである。
氷上が銃撃戦や捜索など、実戦部隊に投入されることを本部は殊更嫌がった。
大会で実績を残せる金の卵を、みすみす壊したくないからである。
そんな汚れ仕事は、スキルを持たざる一般隊員に任せるべしと幹部連は考えていた。
負傷したら外勤課のデスクや僻地の分屯所にでもやればいいのだから。
「もう剣はやめよう。戦いを空想するなんて無意味だ」氷上がそう決心した時だった。
「地球から来た兵隊あがりのヤバい奴がいる」
平治が現役陸戦隊員を叩きのめした噂に、氷上は心動かされた。
そして、平治が従事するスラム街の作戦に志願した。
氷上の予想はあたった。
まさか、ナタでの切り合いまでできるとは思わなかった。
そして、実戦を想定してきた自分の考えは間違いではなかった。
俺は本当の剣士になれるかもしれない。
銃器レンジャー?クソくらえ。
俺は剣が好きなんだ。
氷上はそう思ったのだった。
血の滴りはエレベーターへと繋がり、エレベーター内部でも広がっていた。
氷上は追うかどうか迷ったが、まだ沼田の姿は見つけていない。
エレベーターへ乗り込んだ。
血の付いた指で押したのだろう。
地下1階へのボタンが汚れていた。
氷上もボタンを押す。
地下に本拠地があるのだろうか。
ブリーフィングによると、地下エレベーターも廊下に接している。
狭い廊下に過激派の本拠地はないだろう。
出入口のない地下を根城にしているなら、もともと過激派の連中が出入りしていた可能性は高い。
氷上は警戒して念のため拳銃を抜き、弾丸を確認した。
そしてはっとした。
うっかりとしていた。
先ほどの沼田との乱戦で、サブマシンガンを置いてきたのだった。
さすがに氷上は自分に呆れた。
頭に血が上りすぎた。
しかし、やつらも小麦粉で小細工することもできないだろう。
地下は製造工場ではないはずだ。
エレベーターが地下に到着する。
氷上は念のため、エレベーターの狭い壁に手足を突っ張るようにして天井付近へ上った。
出入口に敵がいるとも限らない。
チーンとベル音がして、エレベーターのドアがスライドする。
天井付近から眺める。
出入口に直近に立っている敵や、社員はまったくいない。
氷上は安心して、天井付近から降りる。
降りて気づいた。
入口から約2m弱離れたところに、ツイードスーツ姿ののっぽが立っていた。
その顔は電子ヘルメットをかぶり、笑顔の顔文字を表示している。
「やあ、機動部隊君」スピーカーを介した声だ。
氷上が顔を引きつらせ、即座に拳銃を抜く。
2m距離がある。
警告には十分だ。
男に向ける瞬間だった。
なぜか、強い力で拳銃がねじり取られた。
おそろしい力だった。
そして、とっさの動作を取った氷上の虚を突いたタイミングだった。
剣術家である氷上の手から、銃が奪われたのだ。恐ろしき手腕。
「ふむ、君。剣術家だろ」男が言う「さっきの見事な手練を見せてほしいもんだがな」
男はそういうと、弾奏を取り出し、遊底を動かして残った弾丸を排莢させた。
そして、弾のない氷上の銃を内ポケットへしまった。
氷上は訳が分からなかった。
相手とは2m弱距離が離れている。
なぜ男の手に自分の銃があるのだろう。
いつ奪ったのか。
相手は全く動いていないはずだ。
「この先には行かせない」男が言った。「ちとマズいんでね」
しかし、後を追ってきた血痕は、男のいる先に続いている。
氷上は、深呼吸して警棒を取り出した。
警棒はスイッチを押されて刀の形状に伸びる。
「どけ。その先に職務執行妨害の被疑者がいる。拳銃を奪ったあんたもだが」
「私はそれで撃ったりしなかった」男が笑う「紳士だろう?礼儀は弁えているんでね」
「どけ!さもないと…」氷上が進む。
「下がるんだ…暴力装置くん」男が言う「それ以上近づくと、私は君を痛めつけなきゃならない」
氷上は一度止まった。
こいつは強いのか…?
だが、剣を抜いた俺を止めるのは容易ではない。
氷上にはナタの件から自信がみなぎっていた。
「ふざけたことを言う…」
氷上は歩き出す。
その瞬間だった。
男の拳が、氷上の顔面にめり込んだ。
氷上は呼吸が途切れ、激しいめまいと共に、体の力が抜けた。
直ぐに体勢を立て直す。
敵をにらむ。
氷上は驚愕した。
敵の姿はぶれているが、距離感ははっきりわかる。
敵は2mほど先にいる。
拳は愚か、脚すら届かないはず…
「あら、機動部隊の精鋭剣士ですら…見切れないのか」
男の電子ヘルメットがきょとんとした絵文字を表示する。
氷上は歯を食いしばり、剣を振り上げ、突進する。
電子ヘルメットは不敵に笑った。「種を見破ってごらん!」
その瞬間分かった。
敵の腕は伸びているのだ!
敵の腕が伸びる、その事実を把握した時、さらにもう一発こめかみに食らい、視界が激しくぶれた。
凄まじい速さ!
膝に力が入らない。氷上はよろける。
視界はぶれ、頭は揺れ、脚はふらつく…
その立てない氷上の顔面に、さらにもう一撃強烈なパンチが見舞われた。
氷上は気を失い、後方へ吹っ飛ぶように倒れた。
刀はカラカラと音を立てて、廊下に転がる。
「わかったかい?こういうことさ」
殺戮教授芳田カールは、電子ヘルメットで笑顔を見せた。
氷上の鼻血がこびりついた拳を持つ腕は、シュルシュルと元の長さに戻っていった。
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