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後編
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3
美食会に通いつめ、僕は三キロほど太った。
里くんも僕と毎日のように通ったのでかなり太ったようだ。
スーツのズボン穴がどんどん広がっていく。
そんな時、僕の仕事が繁忙期となった。
仕事が忙しく、休憩返上や残業は当たり前。
里くんは違う部署なので、毎日通い続けているようだ。
なんで僕だけ食べに行けないのだろう。
部署違いなんで仕方がないが、毎日通う里くんが憎くなった。
そして、僕はこんな時でもお弁当で食べられるように、自分で作りたいと考えるようになった。
料理は職人芸であるが、同時に科学だ。
味や食材、茹で加減、味付けの塩梅…陳さんの仕事を無給で手伝い、学べばきっと作れるようになるだろう。
2か月ほど経って、ようやく繁忙期が終わった。
僕は里くんを誘って美食会に行こうと思った。
終業後、里くんと再会し、僕は驚いた。
彼はしばらく見ない間に、同一人物とは思えないほど丸々と太っていたのだ。
「ごめんね。こんな調子でさ‥医者に止められてるんだ。」と里くん「内蔵にも悪い影響が出てて、脂肪だらけなんだとさ。これじゃあ社長と同じだよね」
里くんが来れないということで、僕は一人で行くことにした。
4
美食会に着くと、陳さん一人だった。
陳さんは僕との再会を喜んでくれ、さらに、里くんの健康が心配だと言った。
僕は挨拶もそこそこに、陳さんの料理を堪能した。
気を失うのではないかというほど、甘美な食事だった。
そして、食事を終えてから陳さんに僕の考えたことを話した。
つまり、弁当で食べたいので、無給で手伝うから教えてほしい。と。
陳さんはその細い目で僕をまじまじと見つめ、それから、なぜか店じまいを始めた。
出入口のカギをしめ、厨房の明かり以外は消した。
僕は、怖くなった。どうしたのだ、突然。
陳さんはいった。
「あなたなら、教えられると思ったよ。うれしいね。」
僕はあっけに取られている。
「こちらへ来て…」陳さんは僕を厨房の奥へ案内した。
そして、小さな店には似つかわしくない大型の冷凍室があった。
陳さんは冷凍室の扉を開ける。
僕は慄然とした。
庫内では、多数の冷凍肉がフックに吊り下げられている。
まだ、内蔵だけ取り出した状態で、切り分けられていないものだ。
だが、肉がおかしい。
どう見ても、肉の先端から生えている手足は人間のものだったのだ。
「陳さん…これって…」
「そうよ」陳さんは、庫内の箱を開け、こちらに見せた。
人間の頭部だった。まだ頭髪も残り、眠ったような表情をしている。
僕は悲鳴をあげた。
気を失いそうだった。
「こんなこと許されない」僕は言った。
「こんなものを出していたなんて!」
「あなた言ったよ。これ以上の美食はないと」と陳さん。
「私は、大陸生まれよ。大陸には昔、カニバリズムがあったけど、かといってこの日本もないわけじゃない。飢餓や飢饉でもあった、敵兵の肉や肝を食うという話もあったのよ」
「今は飢餓でも戦争でもないよ!人肉を食べるなんて決して許されない」
「『骨噛み』は分かるネ?死んだ人の骨を噛んで、魂をつなぐのよ。そして、美容食品のプラセンタ…あれもある意味人肉よ。宗教的な意味もあれば、科学的には薬用成分だってある…魂や成分を役立てるため。美食会も一緒よ」
「いや、ちがう。禁忌なんだ…」僕が言う。
「禁忌なんて、人間が勝手に作ったものよ。ホントに禁忌なんてあるなら、そもそも食べられるようにできてないネ。あなた、もし、このこと警察にばらす。ワタシ逮捕される。美食会の食事、永久に食べられないよ」
「…」
僕は言葉が出なかった。
美食を楽しむことこそが僕の人生意義だ。
それがもし、永久に失われるとしたら?
「私も初めて先代から教えられた時、ショックね。でも、食べられないのが耐えられなかった。出来るだけ、この美味しい食事を食べたい。それが私の人生の目的よ…だから継いだね」
「先代は…」僕が言った。
「先代はお年寄りだから食べなかったよ。」陳さんが笑った。「もう、胃が悪くなって料理を食べられなくなったから、自分で人生やめちゃったネ。先代」
「どうして…僕を」
「あなたは、自分で作ってみたいという顔してた。ワタシそうだったから分かるね。…でも里さんは違うね。社長さんと同じよ。ただ食べたい。食べ続けたい。それだけ」
僕は黙っていた。
冷凍された死体を前に、僕は恐怖と混乱で立ち尽くしていた。
「明後日、里さんがフルコース食べに来るね」陳さんが少し悲しそうに言った。「飛び切り美味しいものごちそうよ。最後だから」
僕は驚愕し、震えた。
これは現実なのだろうか。
僕の同僚の里くん…
「里さん言ったね。ここは『美食の終着駅』なのヨ」
陳さんは大きな中華包丁を研ぎ始めた。
そして、その中華包丁を持って、僕に近づいてきた。
僕は身構えた。
だが、陳さんは僕に渡した。
「捌き方教えるよ。もし、人を食べるの許せない。それなら、後ろからワタシの首切るヨロシ」
僕は中華包丁を持った。
そして、肉や、箱に詰められた頭部を見た。
僕の胃は陳さんの料理で膨れている。
それなのに、吐き気も起きない。
僕は、陳さんが固まり肉を手際よく捌いていくのを見た。
吐き気どころか…僕の口は生唾であふれ始めていた。
「あなた、ワタシと一緒。美食なくして、人生なし。美味しいものを食べるのが人生の目的。そうでしょ?」
僕は答えられなかった。
同意すれば、僕は完全に一線を越えてしまうのだから。
いや、時すでに遅し。
僕は、もう美食会の食事なしでは生きていけない。
僕は陳さんの横に並んだ。
「教えて。捌き方」僕の口はそう言った。
「それこそ美食会の意義よ」陳さんは細い目をさらに細くしてほほ笑んだ。
ああ、僕を美食会に誘ってくれた里くん…
丸々と肥え太り、肝臓もフォアグラのようになったのではないだろうか。
その筋肉は、豊かなサシが入っているのだろうか。
ああ、里くん、君には感謝してもしきれない。
君が僕をこの素晴らしい世界に招き入れてくれた。
明後日、僕も陳さんを手伝って、君に素晴らしいフルコースを振る舞おうと思う。
【おわり】
美食会に通いつめ、僕は三キロほど太った。
里くんも僕と毎日のように通ったのでかなり太ったようだ。
スーツのズボン穴がどんどん広がっていく。
そんな時、僕の仕事が繁忙期となった。
仕事が忙しく、休憩返上や残業は当たり前。
里くんは違う部署なので、毎日通い続けているようだ。
なんで僕だけ食べに行けないのだろう。
部署違いなんで仕方がないが、毎日通う里くんが憎くなった。
そして、僕はこんな時でもお弁当で食べられるように、自分で作りたいと考えるようになった。
料理は職人芸であるが、同時に科学だ。
味や食材、茹で加減、味付けの塩梅…陳さんの仕事を無給で手伝い、学べばきっと作れるようになるだろう。
2か月ほど経って、ようやく繁忙期が終わった。
僕は里くんを誘って美食会に行こうと思った。
終業後、里くんと再会し、僕は驚いた。
彼はしばらく見ない間に、同一人物とは思えないほど丸々と太っていたのだ。
「ごめんね。こんな調子でさ‥医者に止められてるんだ。」と里くん「内蔵にも悪い影響が出てて、脂肪だらけなんだとさ。これじゃあ社長と同じだよね」
里くんが来れないということで、僕は一人で行くことにした。
4
美食会に着くと、陳さん一人だった。
陳さんは僕との再会を喜んでくれ、さらに、里くんの健康が心配だと言った。
僕は挨拶もそこそこに、陳さんの料理を堪能した。
気を失うのではないかというほど、甘美な食事だった。
そして、食事を終えてから陳さんに僕の考えたことを話した。
つまり、弁当で食べたいので、無給で手伝うから教えてほしい。と。
陳さんはその細い目で僕をまじまじと見つめ、それから、なぜか店じまいを始めた。
出入口のカギをしめ、厨房の明かり以外は消した。
僕は、怖くなった。どうしたのだ、突然。
陳さんはいった。
「あなたなら、教えられると思ったよ。うれしいね。」
僕はあっけに取られている。
「こちらへ来て…」陳さんは僕を厨房の奥へ案内した。
そして、小さな店には似つかわしくない大型の冷凍室があった。
陳さんは冷凍室の扉を開ける。
僕は慄然とした。
庫内では、多数の冷凍肉がフックに吊り下げられている。
まだ、内蔵だけ取り出した状態で、切り分けられていないものだ。
だが、肉がおかしい。
どう見ても、肉の先端から生えている手足は人間のものだったのだ。
「陳さん…これって…」
「そうよ」陳さんは、庫内の箱を開け、こちらに見せた。
人間の頭部だった。まだ頭髪も残り、眠ったような表情をしている。
僕は悲鳴をあげた。
気を失いそうだった。
「こんなこと許されない」僕は言った。
「こんなものを出していたなんて!」
「あなた言ったよ。これ以上の美食はないと」と陳さん。
「私は、大陸生まれよ。大陸には昔、カニバリズムがあったけど、かといってこの日本もないわけじゃない。飢餓や飢饉でもあった、敵兵の肉や肝を食うという話もあったのよ」
「今は飢餓でも戦争でもないよ!人肉を食べるなんて決して許されない」
「『骨噛み』は分かるネ?死んだ人の骨を噛んで、魂をつなぐのよ。そして、美容食品のプラセンタ…あれもある意味人肉よ。宗教的な意味もあれば、科学的には薬用成分だってある…魂や成分を役立てるため。美食会も一緒よ」
「いや、ちがう。禁忌なんだ…」僕が言う。
「禁忌なんて、人間が勝手に作ったものよ。ホントに禁忌なんてあるなら、そもそも食べられるようにできてないネ。あなた、もし、このこと警察にばらす。ワタシ逮捕される。美食会の食事、永久に食べられないよ」
「…」
僕は言葉が出なかった。
美食を楽しむことこそが僕の人生意義だ。
それがもし、永久に失われるとしたら?
「私も初めて先代から教えられた時、ショックね。でも、食べられないのが耐えられなかった。出来るだけ、この美味しい食事を食べたい。それが私の人生の目的よ…だから継いだね」
「先代は…」僕が言った。
「先代はお年寄りだから食べなかったよ。」陳さんが笑った。「もう、胃が悪くなって料理を食べられなくなったから、自分で人生やめちゃったネ。先代」
「どうして…僕を」
「あなたは、自分で作ってみたいという顔してた。ワタシそうだったから分かるね。…でも里さんは違うね。社長さんと同じよ。ただ食べたい。食べ続けたい。それだけ」
僕は黙っていた。
冷凍された死体を前に、僕は恐怖と混乱で立ち尽くしていた。
「明後日、里さんがフルコース食べに来るね」陳さんが少し悲しそうに言った。「飛び切り美味しいものごちそうよ。最後だから」
僕は驚愕し、震えた。
これは現実なのだろうか。
僕の同僚の里くん…
「里さん言ったね。ここは『美食の終着駅』なのヨ」
陳さんは大きな中華包丁を研ぎ始めた。
そして、その中華包丁を持って、僕に近づいてきた。
僕は身構えた。
だが、陳さんは僕に渡した。
「捌き方教えるよ。もし、人を食べるの許せない。それなら、後ろからワタシの首切るヨロシ」
僕は中華包丁を持った。
そして、肉や、箱に詰められた頭部を見た。
僕の胃は陳さんの料理で膨れている。
それなのに、吐き気も起きない。
僕は、陳さんが固まり肉を手際よく捌いていくのを見た。
吐き気どころか…僕の口は生唾であふれ始めていた。
「あなた、ワタシと一緒。美食なくして、人生なし。美味しいものを食べるのが人生の目的。そうでしょ?」
僕は答えられなかった。
同意すれば、僕は完全に一線を越えてしまうのだから。
いや、時すでに遅し。
僕は、もう美食会の食事なしでは生きていけない。
僕は陳さんの横に並んだ。
「教えて。捌き方」僕の口はそう言った。
「それこそ美食会の意義よ」陳さんは細い目をさらに細くしてほほ笑んだ。
ああ、僕を美食会に誘ってくれた里くん…
丸々と肥え太り、肝臓もフォアグラのようになったのではないだろうか。
その筋肉は、豊かなサシが入っているのだろうか。
ああ、里くん、君には感謝してもしきれない。
君が僕をこの素晴らしい世界に招き入れてくれた。
明後日、僕も陳さんを手伝って、君に素晴らしいフルコースを振る舞おうと思う。
【おわり】
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