やまびこの山

色白ゆうじろう

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第一話

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私は作家になってから空気の良い朴訥とした田舎を求め、中国地方のY県に移住した。
もう移住して十年ほどになる。

この県は、標高600mを下回る里山がたくさんある。

健康増進で里山ハイキングに行く人も多い。

かくいう私も、ついに健康診断で医師から

「体を動かしなさい。さもなければ、あなたが遅い結婚をするより前に、死神が棺の寸法を測りに来るでしょうよ。その大きなおなかを」

と警告された。

そこで私は、薄暗い書斎を出て、陽の光を浴びながら里山を登っているのだった。

標高は600mを下回るとはいえ、山登りはつらい。

私はタバコで汚した肺に清浄なる山の酸素を吸い込みながら、ぜいぜい言いつつ山頂へ到着した。

まずは、第一の山…近所の山である「鏡山」だ。

この山は割となだらかでハイキングはできるし、眺めは良いと個人の山歩きサイトに書いてあったのである。

私はその情報を鵜呑みにしてきた。

山歩きになれた人間には楽な登山だったろうが、長年「運動」というモノから離れていた私にとっては、なかなかの苦行だった。


私は周囲を見渡した。

山の雑木の向こうに、田園風景と小さな町が広がる。
ミニチュアよりも小さな私の住む町が見える。

田園を越えたら青空と緑の山地が接している。

いい景色だ。
美しい。

私のような怪奇作家のおどろおどろしい脳みそにも、すがすがしい夏風が清涼感を運んでくれる。

ニコチンの充満した肺は洗浄されたような気がした。

私は思わず「やっほー」と叫びたくなった。

やまびこなんて子供時代以来だ。

私は深く息を吸い込み、思い切り大きい声で叫ぼうとした。

「やっ……」

「やめろ!!」

突然、背後から怒鳴られた。

驚いて振り返ると、私が登ったときには見かけなかった老人が立っていた。

登山者風の恰好をしているが、服はボロボロで、使い古したザックを担いでいる。
黄土色の服を着て日焼けした真っ黒な顔をしている。

登山者と言うよりは、流れの労務者を思わせるような出で立ちだ。

老人はしわの刻まれた顔を険しくしていった。

「ここでやまびこをしたらいかん」

私は大声を出そうとしたことを咎められたのかと恥ずかしくなった。

「すいません、つい、すがすがしくて」

老人は険しい顔を少し緩めて言った。

「やまびこをするなら、尾根を通って隣の山へ行くといい。ダツ山へな。ここじゃだめだ」

この「鏡山」でやまびこをするなと言う事らしい。
おかしなこともあるものだ。
私は山頂で妙な老人に絡まれ始めているのだろうか。

私は老人を不審に思い、聞いてみた。
「どうしてダメなんですか」

老人は再度、眉間にしわを寄せ険しい顔になると言った。

「この山でやまびこをすると、あんた死ぬぞ」
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