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出会いと別れ編

ライバル?? 2

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 置かれた手に、舞がさらに手を重ね、ムッとした様な表情を浮かべる。

「そうよ。頑張ったのに……また今日熱が出て……」

 しゅんとした様子の舞に、恭平が今度は反対の掌を彼女の頬に当てる。

(なんか……モヤモヤする……)

 雛子はそれ以上見ていたくなくて、車椅子の後ろに回り込む。

「さ、ではお部屋に案内しますね!」

 そしていつもより少しだけ早足で、車椅子を押す手に力を込める。

 病棟に向かうまでの間も、二人は手を繋いだり、恭平が舞の髪色を褒めたり……。まるで恋人同士のような振る舞いに、雛子は車椅子を押す役を恭平に頼めばよかったと今更ながら後悔する。

 恭平は道中ずっと「指細いよね」やら「今回のネイルも可愛いね」などと何かと理由を作っては舞の手に触れている。

(うわー、桜井さんめっちゃチヤホヤしてる……。もしかしてこういう人がタイプなのかな? ていうか手フェチ?  それとも付き合ってる??)

 邪推してみるも、それが正解だとは何故だか認めたくない。何となく落ち着かない雛子だったが、自分が落ち着かない理由もよく分からない。






「はい、今回の入院はこの部屋ね。指示確認してくるから、バイタル測っといて」

 思考の海に浸っている間に、いつの間にか病棟にたどり着いていた。準備していた個室に舞を案内しベッドに移ってもらったあと、雛子を残し恭平は一旦退室する。
 
「あ、はい、承知しました。では篠原さん、先にお熱測りますね」

 雛子が差し出した体温計を受け取りながら、舞は小首を傾げて訊ねる。

「あなたは、恭平の直属の後輩なのね。三月に入院した時、後輩指導に付く事を聞いたの」

 舞の問いに、雛子は少しだけはにかみながら肯定する。恭平のプリセプティになれた事は、看護師として最高にラッキーな出来事の一つだ。

「はい、そうなんです! プリセプターって言って、要は師弟関係のような」

「……そんな事聞いてねぇよ」

 はい?

 という疑問符は、言葉に出来なかった。

「あんたみたいなブスでとろくさそうな子の指導なんて可哀想。っていうか、私の恭平に近付き過ぎ」

 さっきまでの可憐な印象とは一変、舞は溜息を吐きながら、気怠そうに肩にかかった髪をかき上げた。

「はぁ……ったくせっかくベストタイミングで髪もネイルも仕上げてきたのに、あんた本当に目障りね」

「……はぁ」

「はぁ、じゃねーわよ。人の話聞いてんの? 邪魔って言ってんのよ。検温だっていつもなら恭平にして貰えるのに」

 突然の変わり身に思考が追い付かず、雛子は間抜けな相槌しか打つ事が出来ない。

「あーあ。本当は今日マツエクも付けに行く予定だったのに、熱出すのあと一日遅ければなぁ~」

 膝に置かれた荷物の中からコンパクトを取り出し、角度を変えて何度も覗き込みながら舞が残念そうに唇を尖らせる。

 それからもグズだの寸胴だのと罵声を浴びせられながら雛子がバイタルを図り終えた頃、ドアがノックされ恭平がひょっこり顔を出した。

「あっ、恭平~! 遅いよぉ、もぅ~」

 途端に舞から、甘ったるい声が上がる。ここまで露骨な態度は珍しいが、恭平ファンの女性患者は概ねこんな様子だ。雛子の身体からがくっと力が抜ける。

「ごめん、はいこれ」

 恭平の手には、追加のタオルケットが抱えられていた。恭平はそれを広げ、座っている舞の膝にそっと掛ける。舞はきょとんとした顔で、掛けられたタオルケットと恭平を見比べた。

「恭平どうして私が寒いって分かったの? 私いつも、入院したらすぐに氷枕をリクエストするのに」

 雛子も同じ疑問を浮かべていた。高熱で入院する患者には、大抵ルーティンでクーリングを準備している。

「さっき手に触れた時冷たかった。末梢が冷たい時は、循環があまり良くないから無理に冷やさなくて良い」

(なるほど)

 事も無げに言う恭平に雛子は心の中で納得する。一方舞の方は、瞳をハートにして恭平の言葉に頷いていた。

「それより……」

 恭平は雛子がカルテに入力したバイタルを見つめ、溜息を吐きながら舞の額に手を置いた。

「四十度か……今回も高ぇな」

(あ……また……)

 雛子の中に、再びモヤモヤとした気持ちが湧き上がる。

「熱に浮かされるその目を見ているとドキドキする」

(……)

 至極真面目な顔で宣う恭平に、雛子は既視感を覚える。

「横になって……目を閉じてしっかり休んで」

(なんか……前にもこんなシーンを見たような……)

「恭平~。目なんか閉じさせてどうする気~?」

 何かを期待して素直に横になり目を閉じる舞を尻目に、恭平は音もなく病室のドアをスライドさせる。

 あとは任せた。

 そんな言葉を、声に出さず唱えながら。

(あー……田中のおばあちゃん元気かなぁ……)

 この後の展開が容易に予測され、雛子は束の間の現実逃避を試みる。

「恭平~まだ~? ……っていないじゃない! 恭平は!?」

 思ったよりも早く現実に引き戻された。身体をゆさゆさと揺さぶられ、高熱の割に元気だなぁなどとぼんやり考える。

「ちょっと! あんたなんてどーでも良いのよ! 恭平探しに行ってきて!」

「は、はい~……」

 理由はなんであれ、とにかくこの部屋から出られるなら何でも良い。追い出してくれて助かったと思いつつ、雛子はすみやかに退室する。
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