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第7話 

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 レオンは宣言通り毎朝やってきた。ミルクたっぷりのコーヒーを出して適当に相手をし、彼が帰るとお客さんが来るまで猫たちとまったり読書をして過ごす。
 読んでいるのはレオンがおすすめだと言って置いていった本だ。切ない恋物語も、ハラハラするファンタジーも面白くてハマってしまった。意外と本の趣味は合うかもしれない。明日はこの続きを借りよう。
 なんだかんだ幸せな日々。森の静かな空気の中で学園生活と婚約解消でぐちゃぐちゃになった僕の心は少しずつ癒えている気がする。
 そんな中、閉店間際のお店に現れたお客さんがいる。ピンクの髪にピンクの瞳がトレンドマークの男爵令息セリス=ラディエ。僕の元恋敵で、世界一嫌いな人間だ。

(レオンもそうだけど、こいつまで。一体何の用?)

「聞きましたぁ。ルジア様、平民になったんですね! こ~んな辺鄙なところにお店をつくるなんて」
 
 頭おかしいんじゃないですか? という言葉は出さずに飲み込んだみたいだけど、しっかり顔に出ている。

「レオン王子の新しい婚約者には君がなるの? あ、もしかして、もうなったの?」

 それが聞きたくて迎え入れた。ほんとなら嫌いな人間は立ち入り禁止の空間だけど、ちょっとそこは気になったから。
 彼は相変わらずムカつく顔でふっと笑った。

「本当に、あなたはバカですね~。ここまできても王子の気持ちをひとつも理解していないなんて」
「うるさいな。馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ」
 
 やっぱり嫌なやつだ。こんなの店に入れなきゃよかった。

「最初からレオン王子はボクのことなんて眼中にないのに……」
「ん? なんて?」

 尻すぼみになった声は聞こえなかった。

「ボクと王子が婚約することなんてありえません。きっぱり振られました。ルジア様がいなければチャンスがあるかもしれないって思ったけど、全然ダメでした」
「ふ~ん、レオンと婚約……え? してないの?」
 
 セリスはこのゲームの主人公だ。媚びたかんじの性格は前世でプレイしてた時からあまり好きじゃないけど、見た目は天使みたいに愛らしい。
 どんな男だって虜になるに決まってる。きっとレオンだって。そう思っていたのに。

「ルジア様は本当に笑えるくらいゲームの悪役令息そのまんまで、いいかんじに暴れてくれて、途中まではボクもイケるって思ってたんですけど。あの王子のルジア様への恐ろしいまでの執着と溺愛具合が酷過ぎて、もうどうにもなりませんでした。お手上げ。降参です。むしろ怖いから一生レオン王子には近づきたくないくらいです」

「あの、ごめん。早口すぎて聞き取れなかったから、もう一回言って?」

 ちょうど彼が喋っている時に、みるくがおやつをねだって鳴き始めたからよく聞こえなかった。もう一度と頼んだけど、彼はもう話す気がないようだ。それ以上聞くのはやめて、ふかふかのソファを彼に勧める。セリスは以前よりやつれていて、とてつもなく疲れてみえた。

「レオンと何かあったのかな? よくわからないけど、大変だったみたいだね」
「はぁ。そうなんですよ。ルジア様にそれだけ理解していただけたらもう十分です。甘いものが食べたくて来たんです。何かないですか?」

 話を聞いたらさっさと追い出そうと思っていたけど、少し涙声の彼をこのまま追い出すのも可哀想な気がする。
 振られる悲しさは、僕にもわかる。仕方がない、失恋仲間を労ってやるか。
 僕はケーキの在庫を確認して彼に提案した。

「えっと、もうほとんど売り切れちゃってるんだけど、いちごのショートケーキならあるよ」
「食べます。ワンホールください」
「え?」
「今日はやけ食いしたい気分なんです」
「いいけど……」

 こんなに華奢なのに、大丈夫だろうか。食べすぎて胸焼けをおこさないか少し心配で、消化に良いハーブティーを用意する。

「これ、ルジア様が作ったんですか? おいしい。バカなだけかと思っていたら、こんな才能を隠し持っていたなんて! っていうかルジア様、ゲームよりだいぶお優しいんですね。鬱陶しいくらい精霊に愛されてるし。これじゃあボクが選ばれなくても仕方ないな……」
 
 ぼそぼそ何か言いながらケーキを食べる彼。その横では、みるくの食べているおやつを羨ましがった猫たちが、「僕も」「私も」と言うように、にゃぁにゃぁ鳴いている。彼らのおやつを用意するため、僕はキッチンへと向かった。 
 数十分後、僕の心配は全く不要だったらしく、セリスはぺろっとケーキを平らげ、お茶を三杯おかわりし、満足した様子で帰っていった。

『ルジア様、お二人がどうして婚約解消したのか知りませんが、その指輪が王子の気持ちです。本当はルジア様が僕らの関係を勘違いしたままだと、この国がやばそうだから来たんです。魔物ならボクの聖魔法で消せますけど、人間相手だとどうにもならないので。ややこしくした自分が言うのもなんですけど、王子のことを信じてあげてくださいね』

 そう言い残して。
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