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2巻
2-2
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「いいの? 行きたい!」
僕がうきうきで答えたら「ベルト。俺も行っていいか」「あ、できたら私も」と、横からクライスとロイルが会話に入ってきた。
「もちろんです。お二人もお呼びするつもりでした」
ベルトはにっこりスマイルですかさずそう答える。え、それって本当? あまりにもできすぎた話の流れについ疑ってしまう僕の横で、日程や時間の取り決め、護衛の段取りなど、彼らの会話は進んでいった。臨機応変、スマートに受け答えするところはさすが商人の息子だ。
(ベルトの家ってどんなだろう。彼は超有名な商会の息子だというし、めちゃくちゃ大きい家なのかな? 楽しみ!!)
友達の家にお呼ばれ……という一大イベントのことを考えニヤニヤしていると、後ろからアニメの美少女キャラみたいな声で呼びかけられた。
「キルナ様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
ふぇ? こんな可愛い声の知り合いいたっけ?
「あ、リリー!」
振り返るとそこには、ほんとに美少女と見紛うほどキュートなリリーがいた。
「急に王子に運ばれていったから、僕心配で心配で……」
オレンジ巻毛の小動物系男子は相変わらず可愛らしい。きゅるんとした大きな目で見つめられると、なんだか彼に恋しちゃいそうな気分になる。
でも今の僕にはわかる。これ社交辞令だ。ふふ、なんとなく違いがわかってきた。
「これどうぞ。お二人が早退された後、剣術の授業で習ったことを纏めたノートです。クライス王子の分とキルナ様のも作りました。よかったら使ってください!」
「僕の分まであるの?」
可愛いだけじゃなくて気遣いもできるなんて、こんなのみんな彼のことを好きになっちゃうよ。さすが師匠! このあざとさは見習わなくっちゃ……メモメモ。
「ありがと、リリー」
僕は彼の手から自分の分のノートを受け取った。ペラペラと捲ると、前回同様やっぱり綺麗な字で見やすく纏まっている。クライスへのノートが本命だとわかっていても、わざわざ作ってくれたのだと思うとうれしい。
一方隣では、クライスが自分に差し出されたノートをリリーに突き返していた。
「俺の分は必要ない。授業の内容はもう理解している」
リリーがせっかく作ってくれたのに受け取らないなんて失礼でしょ。僕はクライスの態度はいただけないと思ったのだけど、リリーはというと目がハートになっていて、「さすがクライス王子! 授業に出なくてもできちゃうなんて、素敵すぎます」と呟いていた。
「さて、時間もないし、そろそろ行くぞ」
一時間目の実習は飼育棟でやるらしい。飼育棟はこの校舎から少し離れたところにあるから、そろそろ移動しなきゃいけない……のはわかっているけど、その前に。
「ん~もう! いい加減に手を放してってばぁ!」
この甘えん坊の王子様をどうにかする方法を誰か、教えて!
(可愛いっ! なにこれなにこれ、全部可愛い!)
バスケットの蓋の隙間から小さくてふわふわした生き物が顔を覗かせている。
今日は初めての魔法生物学の実習授業。
授業を担当するのは、おじいちゃん先生のスピカ先生だ。先生は魔法生物が大好きで、プライベートでも小型から大型まであらゆる種類の魔法生物を飼っているのだって。
「ほい、それじゃぁのう、このばーすけっとぅの中を見てみぃ。とってもきゅーとじゃろ? これが魔法生物じゃ。この子たちは今まで教科書で学んできた通り、魔力を餌に生活しておる。まずは餌をあげて仲よくならんと始まらん。ここにいるのは体が小さい子ばかりじゃからの、餌にする魔力の量は小さじ一杯ほどでよろしい。集めた魔力を指先に載せてあげてみぃ。嫌がるようなら無理せずその子のペースに合わせてゆっくりと、じゃ。さあ君たち、好きなところへ行ってらっしゃい~」
スピカ先生がバスケットの蓋を取ると、魔法生物がふわふわと飛び出していった。
へえ、この子たち飛べるんだ! すごーい、と僕が感心していると。
もこ、ふわ、もこもこふわふわ。もこもこもこふわっふわ。もこもこもこもこふわふわふわふわ。もこもこもこもこもこもこもこ!
(って!? なになに!? なんでみんなこっちに来るのぉ!?)
あっという間に僕はふわもこの魔法生物たちに囲まれ、埋もれてしまった。
「おやおや。みんなキルナくんのところに行ってしもうたか。よほど君の魔力はおいしいのじゃろうな。この子たちは嗅覚が優れているから質のよい魔力を嗅ぎ分けられるのじゃ。じゃが、これでは他の生徒の訓練にならんのう。ほほほ、じゃあキルナくんはこの子に餌をあげて、ほい。他の子たちは違うところに散って散って~」
そう言ってスピカ先生は僕に一匹だけ選ぶと、他のふわもこたちを違う生徒たちに振り分けてくれた。足元では黒くて小さな生き物が、つぶらな瞳でこちらを見上げている。
これは黒い、猫?
「黒猫だぁ。かわいっ!」
しゃがみ込んで子猫をよしよししていたら、「その魔法生物はムベルだ。猫じゃない」と横からクライスが教えてくれた。
(むぅ、どこからどう見ても猫なんだけどな)
動物園のふれあい広場にいた猫とどう違うのかわからない。いや、今は同じような見た目でも、これからとんでもなく大きくなるとか? それとも猫とは違う鳴き方をしたりして?
色々と疑問は湧いてくるけれど、とりあえず今は置いておくことにする。それよりも早く餌をあげてこの子と仲よくなりたい!
(……集中、……集中)
前回の魔法基礎学の時みたいに、妖精が飲んじゃわないよう十分注意しながら魔力の水を集める。妖精たちの視線をひしひしと感じるものの、僕が警戒しているからか、みんな飲むのを我慢しているみたい。
(えらいな、やればできる子たちだったのか)
心の中で彼らを褒めている間に、人差し指に小さじ一の魔力の水が溜まった。
「よし、できた。これを飲ませてあげるといいんだね」
「にゃぁ」
って、やっぱり猫!! にゃぁって鳴いたよこの子。口元に雫が載った指を持っていくと、鼻をくんくんさせた後、おいしそうにぺろぺろと舐め出した。
「可愛すぎ! ん、でもくすぐったい」
「さて、みんな餌をあげることができたじゃろうか? そうしたら、彼らになんでもいいから初級魔法を使うように言ってみるのじゃ」
(ふむふむ。あれ? でも猫……じゃなくてムベルに言葉って通じるのかしら)
わからないけど他に伝える方法も思いつかないので、とにかくやってみることにする。
「えと、じゃあ……水のお花を作ってみて」
僕がお願いすると、ぽんっと目の前に水の花が浮かんだ。
金平糖に似た小さな花。
「お、キルナくんは、もうできたのかい? 上手じゃのう。君はどうやら魔法生物を使役する才能があるらしい。頑張って勉強するのじゃぞ。ほっほっほ」
朗らかに笑いながら去っていくスピカ先生の後ろ姿を、信じられない思いで見送る。
(……え? もしかして……僕今褒められた!?)
これまで何をやってもどん底の悪役ステータス。うまくいくことなんて滅多になかったのに。
「すごいじゃないか」
あまりのうれしさに思わず涙ぐんでいると、隣にいたクライスもわしゃわしゃと僕の頭を撫でて褒めてくれた。頭の上でお昼寝していた妖精が、クライスの手の動きに合わせてコロコロと転がっている。
「いってぇ! こいつ噛みつきやがった!」
「熱っ! こっちに火魔法向けるな!」
ようやく興奮が収まってきたところで周りに目を向けてみると、なんだか教室内がえらく騒がしい。
難なく課題をクリアしたクライスとその学友たちが自主練習に取り組んでいる一方で、その他のクラスメイトたちは魔法生物に逃げられたり、威嚇されて噛みつかれたり、自分に向けて火を吐かれたりと結構苦戦しているようだ。
「最初はできんでもよろしい。生き物相手じゃからの、ゆっくり慣らしていくしかないのじゃ」
みんなが魔法生物に手を焼いてひぃひぃ言っているのを、マイペースなスピカ先生は楽しげに笑いながら見回っている。
(よぉし。せっかく褒められたのだし、もう一度やってみよ。もっともっとこの子と仲よくなりたいし)
僕は目を瞑って再び体内の魔力を指先に集中させた。ひんやりとした感覚が指先に向かって集まっていき、ここだ! と思ったタイミングで目を開ける。
するとそこには──
「おいし~もっとちょうだい」
「ぼくもぼくも~」
わらわらと雫に群がる妖精たちの姿があった。時間をかけて集めた魔力の水がみるみるうちに減っていく……
「あ、ちょ、ちょっと! 飲んじゃダメだよ。これはムベルにあげるやつなんだってばぁ!」
「にゃぁにゃぁ」
ムベルはオロオロする僕を見て、また可愛らしく鳴いた。もっと餌が欲しいのかもしれない。
「ごめんね。もう魔力の水、なくなっちゃったの」
触り心地のいいムベルの頭を撫でながら、次は最後まで油断しないように気をつけようと心に誓った。
補習も全て終わり、僕は一人でパレットタウンに来ていた。ルーナの花を刺繍するにはやっぱり黒は欠かせないから、金の糸を買ったのと同じ手芸店で黒い糸も買いたいと思って。
珍しい商品に引き寄せられそうになるのを我慢しながら進んでいくと、なんとか迷わずそのお店に辿り着くことができた。
「おじさん、この黒の刺繍糸一束ちょうだい」
「お、昨日の坊やか。いいね、君は本当にいい糸を選ぶ。黒は特に質の良し悪しで色合いに差が出るからな」
「ふふ、そう? 僕ちゃんと選べてる?」
「ああ、昨日選んだ金糸といい今日の黒糸といい、坊やが選んだ糸は最高品質のものばかりだ。なかなかセンスがあるぞ」
買い物上手だと褒められて悪い気はしない。このおじさん実はすごい商売上手かも。ちょっといい気分になりつつ、葉っぱ用の緑の糸も選んで一緒に包んでもらった。
「その糸で何を刺繍するんだ?」
「お花。ハンカチに刺繍して、大切な人にあげたいの」
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
「うん。うまくできたらいいのだけど」
(今度は渡せるかな?)
十年前、クライスに渡せずに終わったハンカチには、王家の紋章を刺繍した。
作っている間、八歳になったクライスって何が好きなのかなぁとか、背はどれくらいになっているのかなぁとか、ずうっとクライスのことを考えていたのだっけ。懐かしい。
太陽と月をモチーフにした王家の紋章は結構難しくて、間違えたところを何度もやり直しながら少しずつ刺した。でも当時の僕は、彼に何かをプレゼントするにはあまりにも彼のことを知らなさすぎて。できたハンカチは勇気が出なくて渡せなかった。
あの頃はいくら待っても手紙の返事すら来なかったから、彼に嫌われているのかと思って余計にだめだった。
後でわかったことだけど、クライスはきちんと返事を出してくれていたみたい。僕からの手紙が来なくなった後も、何度も手紙を書いて送ってくれていたのだって。
ただその手紙は僕のところには一通も届かなかった。なぜなら……
―─お母様が全て燃やしてしまったから。
なんで彼女がそんなことをしたのかなんてわからないけれど、僕を殺したいほど憎んでいたのだから、それくらいはして当たり前なのかもしれない。
お母様が捕まり調べが進むと、別邸への予算も彼女が回さないようにしていたことがわかった。
そういえば、なんとなくだけど、質素な生活になってきている? と思ったことはあった。うちの使用人たちが少ない予算でもうまいことやりくりしてくれていたから、それほど気にはならなかったけど。
その話をお父様から聞いた時、そう、毒入りの紅茶を飲んだ僕をクライスがつきっきりで看病してくれていた時、一緒に話を聞いたクライスはものすごく怒っていた。なんて母親なんだって。
僕もそう思う。酷い母親かもしれない、と。
でも、彼女にそんなことをさせたのは自分のせいだとも思う。
きっと彼女にはそうしなければならない理由があったのだ。もっと怒れとクライスは言うけれど、僕はそんな気になれなかった。
だって僕が普通の子どもだったらお母様はああはならなかった。そうでしょ?
ユジンを愛するお母様の姿は本来あるべき姿なのだと思った。
僕が普通じゃないから悪い。
誰だって自分の子が得体の知れない闇属性の魔力なしの落ち零れだったら、びっくりしちゃうに違いない。こんな子を愛せるわけないって考えてしまうのも無理はない。
だから僕にお母様を怒る筋合いはないんじゃないかって思うの。
そう言うと、クライスはもっともっと怒った。そんなはずない、お前が悪いはずがないと言ってくれた。彼は僕の本当の姿、黒い髪に金の瞳なんていう気持ちの悪い姿を見ても、嫌いだと言わずに一緒にいてくれる。
―─とても大切な人。だから絶対に幸せになってもらいたい。それがたとえ一緒にはいられない未来だとしても……
僕は糸を買って、その後、絹のハンカチを一枚購入した。どこにでも持っていけるように、色は白。刺繍の道具は公爵家で使っていたものがある。あとはルーナの花をこのハンカチに縫い込むだけ。
(よかった。いいものが買えた)
僕はハンカチと糸を手にルンルン気分で寮へと急いだ。
寮の門の前でカードキーを翳すと、門の外から中に転移する。毎回、「おおっ」と感動するところなのだけど、今回はそれどころじゃなかった。
(……見てはいけないものを見てしまった?)
僕はもう一度カードキーを翳して門の中から外に出た。
どきん、どきんって心臓が跳ねている。
頭の中を整理しよう。
門の内側には寮がある。豪華なお城みたいな寮だ。
その入り口付近で仲よくお話をしている二人組を見た。いや、違うな。小柄な一人は相手の首に手を回し、もう一人、背の高い方はその腰を抱いていた。
まるで恋人同士みたいに、二人はとても近くで見つめ合っていた。唇が今にもくっつきそうな、いや、くっついていた? ん~思い出せない。大事なところなのに、夕日が眩しくてよく見えなかった。
(……あの二人はキスしていた?)
小さい方はノエル、大きい方はクライスだった。
どうしたらいいのだろう。僕は……本当にキスしていたとしたら、どうするのが正しい? 怒る? 僕の婚約者に何するのって?
でもクライスからキスしたのかもしれない。ならばこれはクライスに怒るべき? 僕という婚約者がありながらって?
門の前に突っ立ったまま自問自答を繰り返すうちに、一つの答えに辿り着いた。
あ、そうか……もしかしたらこれはお母様のことと一緒なのかもしれない。
結局のところ僕が悪い。
僕には彼らに何かを言う権利なんてない。
そもそも彼と僕は結婚しない。本当の意味での婚約者ではないのだから。
(よし、知らないふりをしよ)
僕は今後の方針を決めた。それから深呼吸すると、ちょっとだけ気が楽になった。
大丈夫、大丈夫。僕が知っていることは僕しか知らない。誰にもバレてない。
―─だから大丈夫だ。
そうして一時間ほど経ってから僕は部屋に戻った。
「ただいま……クライス」
「ああ、キルナおかえり」
彼の笑顔はいつも通りなのに、僕はその顔を見るのが辛くて、さっさと部屋のお風呂に入って寝ることにした。顔まですっぽりと布団を被ったし、ポケットにはちゃんと砂時計があるから大丈夫だ。
「キルナ? 夜ご飯はいいのか?」
クライスの声は聞こえていたけれど、僕は返事をしなかった。変な声が出そうだったし、少しだけ目が熱くなって、布団を濡らしてしまっていたから。
もう寝ているってことにしておこう。僕はぎゅっと目を瞑った。
明日になったらこんなことは忘れている。なんてことない話だ。ノエルはクライスの婚約者の地位を狙っているとお父様も仰っていた。これからこんな出来事は、いくらでもあるのかもしれない。
もっと強くなりたい。
こんなことで泣かなくても済むように。
平気だって笑えるように──
願いが叶ったのか、起きると意外と平気だった。昨日のことはもう忘れた。朝食だっていつも通りクライスと向き合って食べている。
「ねぇ、ポポの実を……あ、やっぱりいいや」
でも彼のポポの実を、今日はあんまり欲しいと思わなかった。
「ん? なんだ、いらないのか?」
クライスは不思議そうにしている。イケメンは不思議そうにしてもイケメンだからムカつくよ。もういっそのこと彼がイケメンじゃなかったらよかったのに。そしたら彼は僕だけのものに……
(って、あれ? 僕今変なこと考えた? はぁ、だめかも。やっぱりまだ立ち直ってはいないみたい)
「あのさ、今日は友達の部屋に寄ってくるから、帰りはちょっと遅くなる」
ただクライスから離れたくて、僕は適当なことを言った。どうしても僕には考える時間が必要だから許してほしい。
「友達って、誰だ?」
訝しげな顔をしているクライス。もしかして、こいつ友達なんていないくせに何言ってんだって思ってる?
(ぐっ、その通りだ、どうしよ)
「えと、ん~……あの子」
「あの子?」
「えと、リ、リリーのところ!!」
僕はとっさに師匠の名前を出していた。師匠は友達、ではないかもしれないのだけど……
「あいつとそんなに仲よかったか? まぁ、わかった。遅くなる前に帰れよ」
ということで補習が終わった後、僕は宣言通りリリーの部屋に向かうことにした。急な訪問ではあるけれど、休み時間に行く約束はしておいたから下準備はばっちりだ。
『は? なんで僕の部屋に?』
校舎裏に呼び出して話を持ちかけた時、リリーは首を傾げていた。当然だろう。なんの前触れもなく『遊びに行ってもいい?』なんて、大して仲よくもない僕が言い出したのだから。
『ご、ごめん。色々事情があって。今日の放課後、補習の後に遊びに行かせてくれないかな?』
『……わかりました。でも少し散らかってますよ』
『ごめんね、無理言って』
迷惑そうにだけど、オッケーしてくれたリリーにはほんと感謝だ。よし、感謝の印にちょっと寄り道してお買い物をしていこう。
小麦粉、お砂糖、バターに卵とカラフルなキャンディー。パレットタウンには、意外と前世でもあった食材も多く売っていて、クッキーの材料はすぐに揃えることができた。
公爵家にもこれらの食材はあったから、何度かクッキーを作ったことがある。ベンスもおいしいと言ってくれたから味は間違いないはずだ。
リリーのところのキッチンを使わせてもらって、焼き立てをごちそうしよう。
こうして買い物を済ませた僕は、そのまま食材片手にリリーの部屋に行ったのだけど……こんなところでクッキーなんて作ることはできないとすぐにわかった。とりあえず買ってきた食材は、なんとか場所を確保して袋ごと冷蔵庫に入れ、ぐるっと部屋を見回す。
(うわぁ、すっごい散らかってる!)
今世では何もしなくてもルゥたちがピカピカに塵一つ残さず磨いてくれていたし、前世では僕の体調のこともあって、お母さんはかなり衛生管理に気を遣ってくれていた。
僕自身掃除は好きだから、寮の部屋もできる限り清潔にしている。ちなみにクライスも綺麗好きなようで、散らかしているところは見たことがない。
だからちょっとびっくりしている。
「足の踏み場もない! こんなの初めて見た!」
「いや、メガネ、じゃなくてキルナ様。そんな感動されても……」
「ね。これ掃除していいかしら」
僕の目は今キラキラ輝いていると思う。だってこんなやりがいのある部屋そうそうないでしょ。床が見えないんだよ!? 床が!
「クリーンの魔法を使っているから、埃とかは大丈夫だと思うのですが……あちこち置いたものは魔法じゃどうにもならなくて……」
同室のベルトが横からぼそぼそと言い訳らしきことを呟いているけど、埃どころかカビとか怪しい虫の死骸とかまでいっぱい出てくる。
不衛生! これぞ男子寮って感じだ。
「リリーとベルトって同じ部屋なんだね。知らなかった」
「僕はこんなうるさいのと相部屋なんて嫌、なんですけどね。あれこれ興味を持っては買ってくるから、部屋も散らかり放題でほんと最低、なんです」
リリーがはぁっとわざとらしくため息を吐くと、ベルトが何を言う、とリリーを睨みつけた。
「俺様と同じ部屋なんて素敵すぎるだろ。こんな猫っ被りで口の悪いやつと一緒になった俺様の方が可哀想だ。大体なんだ、外見ばっかり綺麗にして。部屋だってもう少し綺麗にしたらどうなんだ?」
「は? 僕に言う前に自分が……」
二人がギャーギャーと言い合いを始めたので、その間に掃除に取りかかる。べルトは一人称が俺様なのか……ふふ、面白い。
まずはゴミ袋に明らかにゴミってものを入れていくと、それだけで四十五リットル袋が八つもいっぱいになってしまった。冷蔵庫の中の食材はほぼ賞味期限切れで、もう何かわからないくらいドロドロになっているものもあり、勿体ないけど捨てることにした。
次は散らばっている本や教科書をリリーの分とベルトの分に分けて積み上げていく。
(おおっ、同じくらいあるね。僕の腰くらいまである。二人とも、もしかして読書家?)
あ、でもリリーのはほとんどファッション雑誌だ。ベルトのは……経済雑誌と外国語の本!? さすが大商会の子は違うな。
それから、うーん。この大量の服はどうしたものか。ほとんどリリーのみたいだね。サイズが小さめだし、キラキラした派手なものが多いからすぐにわかる。
「ねぇ、この服って全部いるの?」
「いる。全部着るから置いといてよ、じゃなかった。置いといてください」
取ってつけたような敬語を話すリリーに僕は言う。
「ね、だから敬語じゃなくていいって。お願い、この部屋にいる間だけでも敬語なしでしゃべって。名前もキルナと呼んで。ベルトも」
この世界は身分がはっきりと分かれているから、クライス以外の生徒はみんな僕に対して敬語を使う。でも同級生とは敬語なしでしゃべりたい。なんだかちょっと遠くにいるように感じちゃうから。
「はぁ、まあいいけど。絶対内緒にしといてよ」
女王様みたいに高圧的なリリーのしゃべり方にきょとんとする僕。へぇ~なんか意外だ。もっと可愛らしくしゃべるのかと思ったのに。
「うるさいメガネ」
「あ、ごめん声に出てた?」
(っていうかメガネって僕のあだ名かな? この部屋には眼鏡をかけてる人が二人いるから少しわかりにくいけど)
あだ名で呼ぶって友達っぽくていいな、と密かに喜んでいると、続けてベルトも「わかった。部屋にいる時は敬語抜きで話すよ」と約束してくれた。
「んじゃ、よく着るやつと、そうじゃないやつに分けて」
部屋中に散らばっている衣服を一箇所に集めてリリーに選別作業をしてもらった。こればっかりは本人じゃないとわからないから。
そしてプラモデル? とか何かの種とか個性的な絵とか……正直僕には全部ガラクタに見えるものたちは、ほとんどベルトのものだというからベルトに選別してもらうことになった。
よく使うものを手前の取り出しやすいところに収納して、あまり使わないものは奥にしまうと、いい感じに収まって見た目もスッキリした。
(よし。これで大分進んだ。あとはキッチンのものを片づけて……)
これが一番大変だった。
この二人は自炊するらしく、キッチンをよく使うみたい。調理器具もたくさんあってかなり充実している。だけど出したら出しっぱなし、汚れても放置。引き出しの中には食材も調理器具もキッチンに関係のない雑貨も、なんでもかんでも放り込まれている。
(あ、これ今日中には無理かも)
僕はクッキー作りのために持ってきた食材を、自室に持って帰ることにした。自分の部屋のキッチンで作ってから明日持ってこよう。
時計を見るともう十八時になっていた。これから帰って部屋のお風呂に入ってさっさとご飯を食べて寝たら、クライスとあまり顔を合わせなくて済みそうだ。
「明日も来ていいかな?」
「もちろん歓迎する! あんなにごちゃごちゃだった部屋が、こんな短時間でここまでスッキリするなんて思わなかった。一番うれしかったのは俺様の大好きなコレクションと絵を綺麗に飾ってくれたことだよ! うちの使用人にもガラクタ扱いされたのに、キルナは本当にいいやつだ」
「そ? 喜んでもらえてよかった」
「明日はキッチンを片づけてくれるんでしょ? 絶対来てよ。ここまでやっておいて逃げたら許さないからね」
リリーったらツンデレという感じで可愛い。さすが師匠。ツンデレまでマスターしているなんて、これも見習わなくっちゃ……メモメモ。
二人にお見送りされて、僕はなんとなく元気になって部屋に戻った。
夕食にはクライスとグラタンを食べた。なんだか彼に元気がないように見えて少し気になったけれど、僕は何も言わなかった。
ちょっとは元気になったと言っても、クライスに分けてあげるほど僕の元気は余っていない。泣かずに椅子に座っているだけで精いっぱいだった。
『僕が補習に行っている間、ノエルと一緒に魔法訓練所にいたんでしょ。楽しかった? そこで何をしていたの?』
と、嫌味なことを言わないように、ひたすらもぐもぐとマカロニを噛んでいた。
ノエルとクライスのことを考えようとすると自分がすごく嫌なやつになる。この気持ちは一体なんなのだろう。胸の奥がもやもやする。
「今日は遅くなったしシャワーで済ませるね」
僕はお風呂に入って歯磨きをして布団に潜って眠った。夢も何も見たくないと思った。
今朝は早起きしてクッキーを焼いた。
ちょうどクライスはランニングに出ているようでいなかった。まだ五時なのにもう起きているなんてすごい。ふぁ、僕はまだちょっと眠たい……
作ったのは『宝石クッキー』。星やハートの形に型抜きした生地の真ん中をさらに小さい型でくり抜き、そこに溶かしたキャンディーを流し入れて十五分ほど焼いたらでき上がり! の、お手軽だけど、見た目が宝石みたいにキラキラしていて美しいクッキーだ。
(うん、さくさくしてておいしっ、これなら喜んでもらえそう)
試しに一つ食べてみると、甘さ控えめで上品な味に仕上がっている。
するとそこに、クライスが戻ってきた。
「なんだ? いい香りがするな」
「あ、おかえりクライス。今ね、クッキーを焼いていたの」
「え、キルナが?」
「うん。クッキー作りはちょっと得意だから」
作り方は前世でお母さんに習った。市販のものは添加物が入っているとかなんとかで体によくないから、甘いものが食べたいなら手作りのものを少しだけ食べなさいって。
自分が食べる分は一つか二つであとは全部優斗にあげていたけれど、おいしく食べるのも食べてもらうのもうれしくて、いろんなクッキーが作れるようになった。料理上手なお母さんは、お菓子作りも上手だった。
「へぇ、すごいな。一つ味見していいか?」
(ふぇ、クライスが食べるの?)
え、と。大丈夫かな? 自信作だし。でもでも、クライスは王宮で一流の菓子職人が作ったお菓子ばっかり食べていたから舌が肥えているんじゃ? 僕の作ったクッキーなんて口に合わないんじゃ? 昔王宮のお茶会で彼が食べさせてくれたロイヤルクッキーも、サクサク食感な上、フルーティーな香りがしてびっくりするくらいおいしかったし……
考え出すと、とても彼に食べさせていい出来ではないように思えてきた。
やっぱり無理。
──彼に嫌われたくない。
「ん、だめ。これは友達に作ったクッキーだから」
そう言って僕は作ったクッキーが冷めていることを確認し、透明の袋と黄色のリボンでラッピングして紙袋に詰めた。
調理器具を洗って元の位置に戻すと、いつもの二倍ぐらいのスピードで制服を着たり髪を梳かしたりして、わざと忙しなく朝の準備を始める。
クライスが残念そうにしているのが視界の端に見えていたけど、どうしても食べてもらう勇気が出なかった。
もし今日リリーやベルトがおいしいって言ってくれたらクライスにも作ってみようかな。
その時は材料にもすっごいこだわって、一流の菓子職人にも負けないようなクッキーを作って、そうしたら──
(おいしいって言ってくれるかな? 僕のことをちょっとは好きになってくれる?)
あまりにもバカな想像をしている自分に気づき、ぶるぶると首を振る。
何考えてるんだろ。無理だよそんなの。プロの作るクッキーよりおいしいものなんて素人の僕に作れっこない。
ましてや僕が作ったクッキーをクライスがそんなに本気で欲しがるとも思えない。
さっきはたまたまそこにクッキーがあったから食べたいと言っただけ。ランニングで疲れていて糖分が欲しかったから。
それか、社交辞令という言葉が頭に浮かんだ。
(危なかった。また間違えるところだった)
僕がうきうきで答えたら「ベルト。俺も行っていいか」「あ、できたら私も」と、横からクライスとロイルが会話に入ってきた。
「もちろんです。お二人もお呼びするつもりでした」
ベルトはにっこりスマイルですかさずそう答える。え、それって本当? あまりにもできすぎた話の流れについ疑ってしまう僕の横で、日程や時間の取り決め、護衛の段取りなど、彼らの会話は進んでいった。臨機応変、スマートに受け答えするところはさすが商人の息子だ。
(ベルトの家ってどんなだろう。彼は超有名な商会の息子だというし、めちゃくちゃ大きい家なのかな? 楽しみ!!)
友達の家にお呼ばれ……という一大イベントのことを考えニヤニヤしていると、後ろからアニメの美少女キャラみたいな声で呼びかけられた。
「キルナ様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
ふぇ? こんな可愛い声の知り合いいたっけ?
「あ、リリー!」
振り返るとそこには、ほんとに美少女と見紛うほどキュートなリリーがいた。
「急に王子に運ばれていったから、僕心配で心配で……」
オレンジ巻毛の小動物系男子は相変わらず可愛らしい。きゅるんとした大きな目で見つめられると、なんだか彼に恋しちゃいそうな気分になる。
でも今の僕にはわかる。これ社交辞令だ。ふふ、なんとなく違いがわかってきた。
「これどうぞ。お二人が早退された後、剣術の授業で習ったことを纏めたノートです。クライス王子の分とキルナ様のも作りました。よかったら使ってください!」
「僕の分まであるの?」
可愛いだけじゃなくて気遣いもできるなんて、こんなのみんな彼のことを好きになっちゃうよ。さすが師匠! このあざとさは見習わなくっちゃ……メモメモ。
「ありがと、リリー」
僕は彼の手から自分の分のノートを受け取った。ペラペラと捲ると、前回同様やっぱり綺麗な字で見やすく纏まっている。クライスへのノートが本命だとわかっていても、わざわざ作ってくれたのだと思うとうれしい。
一方隣では、クライスが自分に差し出されたノートをリリーに突き返していた。
「俺の分は必要ない。授業の内容はもう理解している」
リリーがせっかく作ってくれたのに受け取らないなんて失礼でしょ。僕はクライスの態度はいただけないと思ったのだけど、リリーはというと目がハートになっていて、「さすがクライス王子! 授業に出なくてもできちゃうなんて、素敵すぎます」と呟いていた。
「さて、時間もないし、そろそろ行くぞ」
一時間目の実習は飼育棟でやるらしい。飼育棟はこの校舎から少し離れたところにあるから、そろそろ移動しなきゃいけない……のはわかっているけど、その前に。
「ん~もう! いい加減に手を放してってばぁ!」
この甘えん坊の王子様をどうにかする方法を誰か、教えて!
(可愛いっ! なにこれなにこれ、全部可愛い!)
バスケットの蓋の隙間から小さくてふわふわした生き物が顔を覗かせている。
今日は初めての魔法生物学の実習授業。
授業を担当するのは、おじいちゃん先生のスピカ先生だ。先生は魔法生物が大好きで、プライベートでも小型から大型まであらゆる種類の魔法生物を飼っているのだって。
「ほい、それじゃぁのう、このばーすけっとぅの中を見てみぃ。とってもきゅーとじゃろ? これが魔法生物じゃ。この子たちは今まで教科書で学んできた通り、魔力を餌に生活しておる。まずは餌をあげて仲よくならんと始まらん。ここにいるのは体が小さい子ばかりじゃからの、餌にする魔力の量は小さじ一杯ほどでよろしい。集めた魔力を指先に載せてあげてみぃ。嫌がるようなら無理せずその子のペースに合わせてゆっくりと、じゃ。さあ君たち、好きなところへ行ってらっしゃい~」
スピカ先生がバスケットの蓋を取ると、魔法生物がふわふわと飛び出していった。
へえ、この子たち飛べるんだ! すごーい、と僕が感心していると。
もこ、ふわ、もこもこふわふわ。もこもこもこふわっふわ。もこもこもこもこふわふわふわふわ。もこもこもこもこもこもこもこ!
(って!? なになに!? なんでみんなこっちに来るのぉ!?)
あっという間に僕はふわもこの魔法生物たちに囲まれ、埋もれてしまった。
「おやおや。みんなキルナくんのところに行ってしもうたか。よほど君の魔力はおいしいのじゃろうな。この子たちは嗅覚が優れているから質のよい魔力を嗅ぎ分けられるのじゃ。じゃが、これでは他の生徒の訓練にならんのう。ほほほ、じゃあキルナくんはこの子に餌をあげて、ほい。他の子たちは違うところに散って散って~」
そう言ってスピカ先生は僕に一匹だけ選ぶと、他のふわもこたちを違う生徒たちに振り分けてくれた。足元では黒くて小さな生き物が、つぶらな瞳でこちらを見上げている。
これは黒い、猫?
「黒猫だぁ。かわいっ!」
しゃがみ込んで子猫をよしよししていたら、「その魔法生物はムベルだ。猫じゃない」と横からクライスが教えてくれた。
(むぅ、どこからどう見ても猫なんだけどな)
動物園のふれあい広場にいた猫とどう違うのかわからない。いや、今は同じような見た目でも、これからとんでもなく大きくなるとか? それとも猫とは違う鳴き方をしたりして?
色々と疑問は湧いてくるけれど、とりあえず今は置いておくことにする。それよりも早く餌をあげてこの子と仲よくなりたい!
(……集中、……集中)
前回の魔法基礎学の時みたいに、妖精が飲んじゃわないよう十分注意しながら魔力の水を集める。妖精たちの視線をひしひしと感じるものの、僕が警戒しているからか、みんな飲むのを我慢しているみたい。
(えらいな、やればできる子たちだったのか)
心の中で彼らを褒めている間に、人差し指に小さじ一の魔力の水が溜まった。
「よし、できた。これを飲ませてあげるといいんだね」
「にゃぁ」
って、やっぱり猫!! にゃぁって鳴いたよこの子。口元に雫が載った指を持っていくと、鼻をくんくんさせた後、おいしそうにぺろぺろと舐め出した。
「可愛すぎ! ん、でもくすぐったい」
「さて、みんな餌をあげることができたじゃろうか? そうしたら、彼らになんでもいいから初級魔法を使うように言ってみるのじゃ」
(ふむふむ。あれ? でも猫……じゃなくてムベルに言葉って通じるのかしら)
わからないけど他に伝える方法も思いつかないので、とにかくやってみることにする。
「えと、じゃあ……水のお花を作ってみて」
僕がお願いすると、ぽんっと目の前に水の花が浮かんだ。
金平糖に似た小さな花。
「お、キルナくんは、もうできたのかい? 上手じゃのう。君はどうやら魔法生物を使役する才能があるらしい。頑張って勉強するのじゃぞ。ほっほっほ」
朗らかに笑いながら去っていくスピカ先生の後ろ姿を、信じられない思いで見送る。
(……え? もしかして……僕今褒められた!?)
これまで何をやってもどん底の悪役ステータス。うまくいくことなんて滅多になかったのに。
「すごいじゃないか」
あまりのうれしさに思わず涙ぐんでいると、隣にいたクライスもわしゃわしゃと僕の頭を撫でて褒めてくれた。頭の上でお昼寝していた妖精が、クライスの手の動きに合わせてコロコロと転がっている。
「いってぇ! こいつ噛みつきやがった!」
「熱っ! こっちに火魔法向けるな!」
ようやく興奮が収まってきたところで周りに目を向けてみると、なんだか教室内がえらく騒がしい。
難なく課題をクリアしたクライスとその学友たちが自主練習に取り組んでいる一方で、その他のクラスメイトたちは魔法生物に逃げられたり、威嚇されて噛みつかれたり、自分に向けて火を吐かれたりと結構苦戦しているようだ。
「最初はできんでもよろしい。生き物相手じゃからの、ゆっくり慣らしていくしかないのじゃ」
みんなが魔法生物に手を焼いてひぃひぃ言っているのを、マイペースなスピカ先生は楽しげに笑いながら見回っている。
(よぉし。せっかく褒められたのだし、もう一度やってみよ。もっともっとこの子と仲よくなりたいし)
僕は目を瞑って再び体内の魔力を指先に集中させた。ひんやりとした感覚が指先に向かって集まっていき、ここだ! と思ったタイミングで目を開ける。
するとそこには──
「おいし~もっとちょうだい」
「ぼくもぼくも~」
わらわらと雫に群がる妖精たちの姿があった。時間をかけて集めた魔力の水がみるみるうちに減っていく……
「あ、ちょ、ちょっと! 飲んじゃダメだよ。これはムベルにあげるやつなんだってばぁ!」
「にゃぁにゃぁ」
ムベルはオロオロする僕を見て、また可愛らしく鳴いた。もっと餌が欲しいのかもしれない。
「ごめんね。もう魔力の水、なくなっちゃったの」
触り心地のいいムベルの頭を撫でながら、次は最後まで油断しないように気をつけようと心に誓った。
補習も全て終わり、僕は一人でパレットタウンに来ていた。ルーナの花を刺繍するにはやっぱり黒は欠かせないから、金の糸を買ったのと同じ手芸店で黒い糸も買いたいと思って。
珍しい商品に引き寄せられそうになるのを我慢しながら進んでいくと、なんとか迷わずそのお店に辿り着くことができた。
「おじさん、この黒の刺繍糸一束ちょうだい」
「お、昨日の坊やか。いいね、君は本当にいい糸を選ぶ。黒は特に質の良し悪しで色合いに差が出るからな」
「ふふ、そう? 僕ちゃんと選べてる?」
「ああ、昨日選んだ金糸といい今日の黒糸といい、坊やが選んだ糸は最高品質のものばかりだ。なかなかセンスがあるぞ」
買い物上手だと褒められて悪い気はしない。このおじさん実はすごい商売上手かも。ちょっといい気分になりつつ、葉っぱ用の緑の糸も選んで一緒に包んでもらった。
「その糸で何を刺繍するんだ?」
「お花。ハンカチに刺繍して、大切な人にあげたいの」
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
「うん。うまくできたらいいのだけど」
(今度は渡せるかな?)
十年前、クライスに渡せずに終わったハンカチには、王家の紋章を刺繍した。
作っている間、八歳になったクライスって何が好きなのかなぁとか、背はどれくらいになっているのかなぁとか、ずうっとクライスのことを考えていたのだっけ。懐かしい。
太陽と月をモチーフにした王家の紋章は結構難しくて、間違えたところを何度もやり直しながら少しずつ刺した。でも当時の僕は、彼に何かをプレゼントするにはあまりにも彼のことを知らなさすぎて。できたハンカチは勇気が出なくて渡せなかった。
あの頃はいくら待っても手紙の返事すら来なかったから、彼に嫌われているのかと思って余計にだめだった。
後でわかったことだけど、クライスはきちんと返事を出してくれていたみたい。僕からの手紙が来なくなった後も、何度も手紙を書いて送ってくれていたのだって。
ただその手紙は僕のところには一通も届かなかった。なぜなら……
―─お母様が全て燃やしてしまったから。
なんで彼女がそんなことをしたのかなんてわからないけれど、僕を殺したいほど憎んでいたのだから、それくらいはして当たり前なのかもしれない。
お母様が捕まり調べが進むと、別邸への予算も彼女が回さないようにしていたことがわかった。
そういえば、なんとなくだけど、質素な生活になってきている? と思ったことはあった。うちの使用人たちが少ない予算でもうまいことやりくりしてくれていたから、それほど気にはならなかったけど。
その話をお父様から聞いた時、そう、毒入りの紅茶を飲んだ僕をクライスがつきっきりで看病してくれていた時、一緒に話を聞いたクライスはものすごく怒っていた。なんて母親なんだって。
僕もそう思う。酷い母親かもしれない、と。
でも、彼女にそんなことをさせたのは自分のせいだとも思う。
きっと彼女にはそうしなければならない理由があったのだ。もっと怒れとクライスは言うけれど、僕はそんな気になれなかった。
だって僕が普通の子どもだったらお母様はああはならなかった。そうでしょ?
ユジンを愛するお母様の姿は本来あるべき姿なのだと思った。
僕が普通じゃないから悪い。
誰だって自分の子が得体の知れない闇属性の魔力なしの落ち零れだったら、びっくりしちゃうに違いない。こんな子を愛せるわけないって考えてしまうのも無理はない。
だから僕にお母様を怒る筋合いはないんじゃないかって思うの。
そう言うと、クライスはもっともっと怒った。そんなはずない、お前が悪いはずがないと言ってくれた。彼は僕の本当の姿、黒い髪に金の瞳なんていう気持ちの悪い姿を見ても、嫌いだと言わずに一緒にいてくれる。
―─とても大切な人。だから絶対に幸せになってもらいたい。それがたとえ一緒にはいられない未来だとしても……
僕は糸を買って、その後、絹のハンカチを一枚購入した。どこにでも持っていけるように、色は白。刺繍の道具は公爵家で使っていたものがある。あとはルーナの花をこのハンカチに縫い込むだけ。
(よかった。いいものが買えた)
僕はハンカチと糸を手にルンルン気分で寮へと急いだ。
寮の門の前でカードキーを翳すと、門の外から中に転移する。毎回、「おおっ」と感動するところなのだけど、今回はそれどころじゃなかった。
(……見てはいけないものを見てしまった?)
僕はもう一度カードキーを翳して門の中から外に出た。
どきん、どきんって心臓が跳ねている。
頭の中を整理しよう。
門の内側には寮がある。豪華なお城みたいな寮だ。
その入り口付近で仲よくお話をしている二人組を見た。いや、違うな。小柄な一人は相手の首に手を回し、もう一人、背の高い方はその腰を抱いていた。
まるで恋人同士みたいに、二人はとても近くで見つめ合っていた。唇が今にもくっつきそうな、いや、くっついていた? ん~思い出せない。大事なところなのに、夕日が眩しくてよく見えなかった。
(……あの二人はキスしていた?)
小さい方はノエル、大きい方はクライスだった。
どうしたらいいのだろう。僕は……本当にキスしていたとしたら、どうするのが正しい? 怒る? 僕の婚約者に何するのって?
でもクライスからキスしたのかもしれない。ならばこれはクライスに怒るべき? 僕という婚約者がありながらって?
門の前に突っ立ったまま自問自答を繰り返すうちに、一つの答えに辿り着いた。
あ、そうか……もしかしたらこれはお母様のことと一緒なのかもしれない。
結局のところ僕が悪い。
僕には彼らに何かを言う権利なんてない。
そもそも彼と僕は結婚しない。本当の意味での婚約者ではないのだから。
(よし、知らないふりをしよ)
僕は今後の方針を決めた。それから深呼吸すると、ちょっとだけ気が楽になった。
大丈夫、大丈夫。僕が知っていることは僕しか知らない。誰にもバレてない。
―─だから大丈夫だ。
そうして一時間ほど経ってから僕は部屋に戻った。
「ただいま……クライス」
「ああ、キルナおかえり」
彼の笑顔はいつも通りなのに、僕はその顔を見るのが辛くて、さっさと部屋のお風呂に入って寝ることにした。顔まですっぽりと布団を被ったし、ポケットにはちゃんと砂時計があるから大丈夫だ。
「キルナ? 夜ご飯はいいのか?」
クライスの声は聞こえていたけれど、僕は返事をしなかった。変な声が出そうだったし、少しだけ目が熱くなって、布団を濡らしてしまっていたから。
もう寝ているってことにしておこう。僕はぎゅっと目を瞑った。
明日になったらこんなことは忘れている。なんてことない話だ。ノエルはクライスの婚約者の地位を狙っているとお父様も仰っていた。これからこんな出来事は、いくらでもあるのかもしれない。
もっと強くなりたい。
こんなことで泣かなくても済むように。
平気だって笑えるように──
願いが叶ったのか、起きると意外と平気だった。昨日のことはもう忘れた。朝食だっていつも通りクライスと向き合って食べている。
「ねぇ、ポポの実を……あ、やっぱりいいや」
でも彼のポポの実を、今日はあんまり欲しいと思わなかった。
「ん? なんだ、いらないのか?」
クライスは不思議そうにしている。イケメンは不思議そうにしてもイケメンだからムカつくよ。もういっそのこと彼がイケメンじゃなかったらよかったのに。そしたら彼は僕だけのものに……
(って、あれ? 僕今変なこと考えた? はぁ、だめかも。やっぱりまだ立ち直ってはいないみたい)
「あのさ、今日は友達の部屋に寄ってくるから、帰りはちょっと遅くなる」
ただクライスから離れたくて、僕は適当なことを言った。どうしても僕には考える時間が必要だから許してほしい。
「友達って、誰だ?」
訝しげな顔をしているクライス。もしかして、こいつ友達なんていないくせに何言ってんだって思ってる?
(ぐっ、その通りだ、どうしよ)
「えと、ん~……あの子」
「あの子?」
「えと、リ、リリーのところ!!」
僕はとっさに師匠の名前を出していた。師匠は友達、ではないかもしれないのだけど……
「あいつとそんなに仲よかったか? まぁ、わかった。遅くなる前に帰れよ」
ということで補習が終わった後、僕は宣言通りリリーの部屋に向かうことにした。急な訪問ではあるけれど、休み時間に行く約束はしておいたから下準備はばっちりだ。
『は? なんで僕の部屋に?』
校舎裏に呼び出して話を持ちかけた時、リリーは首を傾げていた。当然だろう。なんの前触れもなく『遊びに行ってもいい?』なんて、大して仲よくもない僕が言い出したのだから。
『ご、ごめん。色々事情があって。今日の放課後、補習の後に遊びに行かせてくれないかな?』
『……わかりました。でも少し散らかってますよ』
『ごめんね、無理言って』
迷惑そうにだけど、オッケーしてくれたリリーにはほんと感謝だ。よし、感謝の印にちょっと寄り道してお買い物をしていこう。
小麦粉、お砂糖、バターに卵とカラフルなキャンディー。パレットタウンには、意外と前世でもあった食材も多く売っていて、クッキーの材料はすぐに揃えることができた。
公爵家にもこれらの食材はあったから、何度かクッキーを作ったことがある。ベンスもおいしいと言ってくれたから味は間違いないはずだ。
リリーのところのキッチンを使わせてもらって、焼き立てをごちそうしよう。
こうして買い物を済ませた僕は、そのまま食材片手にリリーの部屋に行ったのだけど……こんなところでクッキーなんて作ることはできないとすぐにわかった。とりあえず買ってきた食材は、なんとか場所を確保して袋ごと冷蔵庫に入れ、ぐるっと部屋を見回す。
(うわぁ、すっごい散らかってる!)
今世では何もしなくてもルゥたちがピカピカに塵一つ残さず磨いてくれていたし、前世では僕の体調のこともあって、お母さんはかなり衛生管理に気を遣ってくれていた。
僕自身掃除は好きだから、寮の部屋もできる限り清潔にしている。ちなみにクライスも綺麗好きなようで、散らかしているところは見たことがない。
だからちょっとびっくりしている。
「足の踏み場もない! こんなの初めて見た!」
「いや、メガネ、じゃなくてキルナ様。そんな感動されても……」
「ね。これ掃除していいかしら」
僕の目は今キラキラ輝いていると思う。だってこんなやりがいのある部屋そうそうないでしょ。床が見えないんだよ!? 床が!
「クリーンの魔法を使っているから、埃とかは大丈夫だと思うのですが……あちこち置いたものは魔法じゃどうにもならなくて……」
同室のベルトが横からぼそぼそと言い訳らしきことを呟いているけど、埃どころかカビとか怪しい虫の死骸とかまでいっぱい出てくる。
不衛生! これぞ男子寮って感じだ。
「リリーとベルトって同じ部屋なんだね。知らなかった」
「僕はこんなうるさいのと相部屋なんて嫌、なんですけどね。あれこれ興味を持っては買ってくるから、部屋も散らかり放題でほんと最低、なんです」
リリーがはぁっとわざとらしくため息を吐くと、ベルトが何を言う、とリリーを睨みつけた。
「俺様と同じ部屋なんて素敵すぎるだろ。こんな猫っ被りで口の悪いやつと一緒になった俺様の方が可哀想だ。大体なんだ、外見ばっかり綺麗にして。部屋だってもう少し綺麗にしたらどうなんだ?」
「は? 僕に言う前に自分が……」
二人がギャーギャーと言い合いを始めたので、その間に掃除に取りかかる。べルトは一人称が俺様なのか……ふふ、面白い。
まずはゴミ袋に明らかにゴミってものを入れていくと、それだけで四十五リットル袋が八つもいっぱいになってしまった。冷蔵庫の中の食材はほぼ賞味期限切れで、もう何かわからないくらいドロドロになっているものもあり、勿体ないけど捨てることにした。
次は散らばっている本や教科書をリリーの分とベルトの分に分けて積み上げていく。
(おおっ、同じくらいあるね。僕の腰くらいまである。二人とも、もしかして読書家?)
あ、でもリリーのはほとんどファッション雑誌だ。ベルトのは……経済雑誌と外国語の本!? さすが大商会の子は違うな。
それから、うーん。この大量の服はどうしたものか。ほとんどリリーのみたいだね。サイズが小さめだし、キラキラした派手なものが多いからすぐにわかる。
「ねぇ、この服って全部いるの?」
「いる。全部着るから置いといてよ、じゃなかった。置いといてください」
取ってつけたような敬語を話すリリーに僕は言う。
「ね、だから敬語じゃなくていいって。お願い、この部屋にいる間だけでも敬語なしでしゃべって。名前もキルナと呼んで。ベルトも」
この世界は身分がはっきりと分かれているから、クライス以外の生徒はみんな僕に対して敬語を使う。でも同級生とは敬語なしでしゃべりたい。なんだかちょっと遠くにいるように感じちゃうから。
「はぁ、まあいいけど。絶対内緒にしといてよ」
女王様みたいに高圧的なリリーのしゃべり方にきょとんとする僕。へぇ~なんか意外だ。もっと可愛らしくしゃべるのかと思ったのに。
「うるさいメガネ」
「あ、ごめん声に出てた?」
(っていうかメガネって僕のあだ名かな? この部屋には眼鏡をかけてる人が二人いるから少しわかりにくいけど)
あだ名で呼ぶって友達っぽくていいな、と密かに喜んでいると、続けてベルトも「わかった。部屋にいる時は敬語抜きで話すよ」と約束してくれた。
「んじゃ、よく着るやつと、そうじゃないやつに分けて」
部屋中に散らばっている衣服を一箇所に集めてリリーに選別作業をしてもらった。こればっかりは本人じゃないとわからないから。
そしてプラモデル? とか何かの種とか個性的な絵とか……正直僕には全部ガラクタに見えるものたちは、ほとんどベルトのものだというからベルトに選別してもらうことになった。
よく使うものを手前の取り出しやすいところに収納して、あまり使わないものは奥にしまうと、いい感じに収まって見た目もスッキリした。
(よし。これで大分進んだ。あとはキッチンのものを片づけて……)
これが一番大変だった。
この二人は自炊するらしく、キッチンをよく使うみたい。調理器具もたくさんあってかなり充実している。だけど出したら出しっぱなし、汚れても放置。引き出しの中には食材も調理器具もキッチンに関係のない雑貨も、なんでもかんでも放り込まれている。
(あ、これ今日中には無理かも)
僕はクッキー作りのために持ってきた食材を、自室に持って帰ることにした。自分の部屋のキッチンで作ってから明日持ってこよう。
時計を見るともう十八時になっていた。これから帰って部屋のお風呂に入ってさっさとご飯を食べて寝たら、クライスとあまり顔を合わせなくて済みそうだ。
「明日も来ていいかな?」
「もちろん歓迎する! あんなにごちゃごちゃだった部屋が、こんな短時間でここまでスッキリするなんて思わなかった。一番うれしかったのは俺様の大好きなコレクションと絵を綺麗に飾ってくれたことだよ! うちの使用人にもガラクタ扱いされたのに、キルナは本当にいいやつだ」
「そ? 喜んでもらえてよかった」
「明日はキッチンを片づけてくれるんでしょ? 絶対来てよ。ここまでやっておいて逃げたら許さないからね」
リリーったらツンデレという感じで可愛い。さすが師匠。ツンデレまでマスターしているなんて、これも見習わなくっちゃ……メモメモ。
二人にお見送りされて、僕はなんとなく元気になって部屋に戻った。
夕食にはクライスとグラタンを食べた。なんだか彼に元気がないように見えて少し気になったけれど、僕は何も言わなかった。
ちょっとは元気になったと言っても、クライスに分けてあげるほど僕の元気は余っていない。泣かずに椅子に座っているだけで精いっぱいだった。
『僕が補習に行っている間、ノエルと一緒に魔法訓練所にいたんでしょ。楽しかった? そこで何をしていたの?』
と、嫌味なことを言わないように、ひたすらもぐもぐとマカロニを噛んでいた。
ノエルとクライスのことを考えようとすると自分がすごく嫌なやつになる。この気持ちは一体なんなのだろう。胸の奥がもやもやする。
「今日は遅くなったしシャワーで済ませるね」
僕はお風呂に入って歯磨きをして布団に潜って眠った。夢も何も見たくないと思った。
今朝は早起きしてクッキーを焼いた。
ちょうどクライスはランニングに出ているようでいなかった。まだ五時なのにもう起きているなんてすごい。ふぁ、僕はまだちょっと眠たい……
作ったのは『宝石クッキー』。星やハートの形に型抜きした生地の真ん中をさらに小さい型でくり抜き、そこに溶かしたキャンディーを流し入れて十五分ほど焼いたらでき上がり! の、お手軽だけど、見た目が宝石みたいにキラキラしていて美しいクッキーだ。
(うん、さくさくしてておいしっ、これなら喜んでもらえそう)
試しに一つ食べてみると、甘さ控えめで上品な味に仕上がっている。
するとそこに、クライスが戻ってきた。
「なんだ? いい香りがするな」
「あ、おかえりクライス。今ね、クッキーを焼いていたの」
「え、キルナが?」
「うん。クッキー作りはちょっと得意だから」
作り方は前世でお母さんに習った。市販のものは添加物が入っているとかなんとかで体によくないから、甘いものが食べたいなら手作りのものを少しだけ食べなさいって。
自分が食べる分は一つか二つであとは全部優斗にあげていたけれど、おいしく食べるのも食べてもらうのもうれしくて、いろんなクッキーが作れるようになった。料理上手なお母さんは、お菓子作りも上手だった。
「へぇ、すごいな。一つ味見していいか?」
(ふぇ、クライスが食べるの?)
え、と。大丈夫かな? 自信作だし。でもでも、クライスは王宮で一流の菓子職人が作ったお菓子ばっかり食べていたから舌が肥えているんじゃ? 僕の作ったクッキーなんて口に合わないんじゃ? 昔王宮のお茶会で彼が食べさせてくれたロイヤルクッキーも、サクサク食感な上、フルーティーな香りがしてびっくりするくらいおいしかったし……
考え出すと、とても彼に食べさせていい出来ではないように思えてきた。
やっぱり無理。
──彼に嫌われたくない。
「ん、だめ。これは友達に作ったクッキーだから」
そう言って僕は作ったクッキーが冷めていることを確認し、透明の袋と黄色のリボンでラッピングして紙袋に詰めた。
調理器具を洗って元の位置に戻すと、いつもの二倍ぐらいのスピードで制服を着たり髪を梳かしたりして、わざと忙しなく朝の準備を始める。
クライスが残念そうにしているのが視界の端に見えていたけど、どうしても食べてもらう勇気が出なかった。
もし今日リリーやベルトがおいしいって言ってくれたらクライスにも作ってみようかな。
その時は材料にもすっごいこだわって、一流の菓子職人にも負けないようなクッキーを作って、そうしたら──
(おいしいって言ってくれるかな? 僕のことをちょっとは好きになってくれる?)
あまりにもバカな想像をしている自分に気づき、ぶるぶると首を振る。
何考えてるんだろ。無理だよそんなの。プロの作るクッキーよりおいしいものなんて素人の僕に作れっこない。
ましてや僕が作ったクッキーをクライスがそんなに本気で欲しがるとも思えない。
さっきはたまたまそこにクッキーがあったから食べたいと言っただけ。ランニングで疲れていて糖分が欲しかったから。
それか、社交辞令という言葉が頭に浮かんだ。
(危なかった。また間違えるところだった)
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